ボクはダレカの心を動かせましたか?

 ボクが泣いているうちに、今度は先ほどと比べてゆっくりとしたスピードで、不思議な呼ばれ方でキャラクターたちが再び舞台の方へ呼ばれていく。

 そして……あの、引きずられるような感覚と共に、ボクも否応なしに舞台に引きずり出されていった。


 降り立ったのは、さっきと同じ草原と神殿が混ざったような平らな場所。先ほど、たった一瞬しかいられなかった思い出がよぎり、画面の向こう側にはわからない程度に体が震える。またボクはぬか喜びをするのではないかと身構えたが、が一向に訪れない。ボクはそこから一歩も動くことができなかったけれど、落ち着いてからようやく周りを見渡すことができた。

 目の前に、主人公役のキャラクターがずっと立っていた。彼もまた僕と同じで声を持たないキャラクターだ。その分、表情が豊かで何を考えているのかはとても分かりやすい。その後ろ……画面の向こうに、さっきの男の人プレイヤーが見えている。そして、これもさっきと同じように……はっきりとはわからないけれど、もっと大勢の人たちがこちらを見ている気配だけがした。


―――――もうこれ気づいた時脳汁ほんっとやばくて……エモくないですか?


 男の人が、興奮した様な声色で、ボクを見て話していた。主人公役の彼も、男の人の操作に応じて僕の周りを回る。動いている最中の彼の顔には表情がないけれど、男の人の喜びが伝わってくる。


 ……ああ、そうか。今回、世界が壊れているのは。


(この人は、わざわざボクに会いに来てくれたんだ)


 気が付いた時、心に湧き上がるものがあった。泣いた顔がないので涙はこぼれないし、足も曲がるように作ってもらえていないので膝から崩れ落ちるなんてこともない。悲しいのと同じくらい嬉しいことも表現できないけれど、この人がボクを画面の前に連れ出してくれたことは何となくわかる。


 データの隙間に埋まっていただけだった、誰にも何も伝えられなかったボクにとって、こんな奇跡は願ってもいなかった。セリフが欲しいわけじゃない。美味しい役割をもらって目立ちたいわけでもなかった。


 ただ、プレイヤーにここにいる事を知ってもらう。……ボクの存在意義は、何百回もの孤独の先で、ようやく果たされた。



 しばらくして、主人公役の彼は僕に向き直り、少しずつ近づいてくる。もうその意味を知っているので、先ほどのような悲壮感は伴わない。彼に触れた瞬間に僕は暗転に堕ちていき、またいつ開かれるかわからない牢屋に押し込められることになる。それでも、重くふさぎ込んでいた心は、殻が剥がれ落ちたように軽く晴れやかになっていた。




 ……エンドロールにはいつまでたっても乗れないけれど。あの舞台の話の中に僕の居場所が設けられることもないけれど。


 少しだけ、救われたような気持ちになった。

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