第20話 酒場にて
海の見える波止場に、たくさんのお店が並んでいた。
時間が時間なので、どの店内も真っ暗だが、これからが稼ぎ時な酒場だけは、温かな明かりと楽し気な音楽で溢れている。
中に入って早々、美味しそうな香りと楽し気な声に迎えられた。
ちょうど次の曲に移るところだったらしく、演奏者と思しき男性の声も聞こえる。
「次はこの地の伝統音楽だ。常連の酒飲みと、初めてチェントロネプを訪れるひとたちに捧げる。聴くも踊るも自由だ。楽しんでくれ」
賑やかな室内に届くその声が、妙にくぐもって聞こえたので、気になって目を凝らす。
次の瞬間、私は危うく吹き出しそうになった。
(えぇっ!? なんであのひと達、メガホン持っているの!?)
小さなステージに上がった数名の演奏者が、そろって肩にメガホンをかけている。
声がくぐもって聞こえたのは、どうやらメガホンを使って叫んでいたからのようだ。
「マイクを持っているなんて、ずいぶん本格的ですねぇ。有名な演奏家なのでしょうか」
呆気にとられる私の横で、葉月さんが感心したように言う。
「えっ、マイク? あれ、メガホンですよね?」
「メガ……ホン……?」
尋ねる私に一瞬キョトンとしてから、察しの良い葉月さんは顔を赤らめた。
「あの、もしかして、現世ではあれをマイクと呼ばないのでしょうか」
「はい。たしかにマイクと似たような機能を持ってはいますけど、あれはメガホンで……あっ、でも、常世と現世では勝手が違いますよね! 常世ではマイクって呼ばれているんですね!?」
説明している途中でショックを受けている葉月さんに気づいて、慌てて弁明する。
常世にあるほとんどの物が現世から来ていると聞く。
それなら、情報を伝える過程で真実が歪んでしまうこともあるだろう。
しょんぼりしている葉月さんを一生懸命
振り返った私は、背後に立っていた女性店員に危うくぶつかりそうになって、慌てて一歩後退する。
「席は自由。メニューは各席に置いてあるから、決まったらベルを鳴らして知らせな」
店員はそれだけ言うと、ふくよかな体を踊る客たちの合間に滑り込ませ、速やかに去っていった。
この込み具合では仕方ないだろうが、少しそっけなさを感じてしまう。
私と葉月さんは、一度顔を見合わせてから、素直に空いている席に座った。
無事に注文を終えると、私は改めて店内を見回した。
店の中は広く、木製のテーブルが一定の間隔で並んでいる。
中央には低めの段差が設けられており、その上で楽器を持ったひとびとが思い思いに音楽を奏でていた。
ステージの周りで曲に合わせて踊るひともいれば、ゆっくりと食事を楽しんでいるひともいる。
そんな自由気ままな雰囲気に、私はホッとして肩の力を抜いた。
(なんか、すごく落ち着くなぁ。ここは政府の手が届かない場所だから、余計に)
どっと疲れがきて、私はぼんやりとテーブルの木目を眺めた。
周囲の
眠気はないが、寝ようと思えば眠れそうだ。
しかし、そんな穏やかな時間は、長くは続かなかった。
「あれって薬箱……?」
そんな声が近くから聞こえて、私はハッと意識を覚醒させる。
向かいに座っていた葉月さんも、懐のお札にそっと手を伸ばす。
二人そろって声のした方に目を向けると、一つとなりのテーブルに数名の男が座っていた。
声はその中の誰かからのようだ。
彼らは空のジョッキをいくつも机に転がせ、赤ら顔でこちらを凝視している。
「あんたら、もしかして……」
目を細めたひとりの男が立ち上がった。
男はそのまま引き寄せられるように私たちの方へ近づいてくる。
一気に体が強ばるのを感じた。
常世と現世と月結び〜薬師見習いの私は、世界の崩壊を止める旅をはじめます〜 杉崎あいり @sugisaki-airi
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