第11話 新たな情報

「えっ、朔矢さんのお父さんが!?」

 時計の針が真上を指すお昼ごろ、危うく茶碗を取り落としそうになりながら、私は葉月さんに聞き返した。


 葉月さんからもらった薬のおかげか、それとも睡眠をとったおかげか、あるいはその両方なのか。

 絶不調だった私は、昼食をとりつつ昨晩のことを教えてもらっている真っ最中だ。

『昨晩の』というのは、もちろん私が醜態をさらして途中退場したあとのことである。

 

「朔矢さんのお父さん、あの宴会場にいたんですか?」

「はい。どうやらレオドール様と連携をとっていた朔矢が、一族に取り合って言伝を寄越してくれたようです。五芒星の門の影響で流行り病や怪我人が多数出ているようで、薬師界隈はかなり多忙なのだとか。早く戻ってこいと言っていたそうです」


 そう言って寂しさと喜びの入り混じった表情で笑う葉月さん。

 朔矢さんがどこまで状況を把握しているかは分からないが、当たり前のように葉月さんの復職を確信している言い方に、私も自分の事のように嬉しくなる。

 なんというか、地に足がついた心地だ。

 二人して胸をジーンとさせているとき、ふと私は昨日の押しの強いおばさま方を思い出した。


 常世での温泉の入り方が特殊だったせいで右往左往していた私に、入り方を教えてくれたことが始まりだった。

 いったん洗い場で離れていったと思ったら、湯船に浸かった私をぐるりと囲んで世間話を始めるおばさま方。


 気が付いたら私も会話に入れられていて、なんだかコミュ力のやたら高いひと達だと思ったことを覚えている。

 しかし、よくよく考えてみればコミュ力うんぬんではなく、連携プレイだったのかもしれない。


(だって、おばさま方全員が同じ妖の特徴を持っていたんだもん。ぜったい仲間だよね、あのひとたち)

 そして、気づく。宴会場に居た妖がみんな同種族だったということに。


「もしかして、中居さんから昨晩の夕食について説明がなかったのって……」

「ええ。おそらく、私たちを宴会に参加させるためかと。実際、宴の主催者は鎌鼬かまいたち一族でした。私たちに情報を渡すべくわざわざ駆けつけてくれたのでしょう」

「なるほど……」

 私は相づちを打ちつつ、湯豆腐を口に入れた。


(あ、湯豆腐おいしい! 暖房がないせいで部屋の中が寒いから、よけい体に染みるなぁ)

 ほうっと息を吐くと、白く色づいて天井に昇った。

 風がないだけマシだが、やはり寒い。


 もちろん寒さ対策として火鉢のようなものが一部屋に一つずつ置かれているが、それではとてもじゃないが寒さは防げない。


 女将さんによると、巷では綿入れや黄泉のブーツがよく売れているのだとか。

 そして料理店では湯豆腐や鍋などの温かいものが人気らしい。


(寒いと鍋系の料理が食べたくなるの、わかるなぁ。でもって、衣、食ときたら次は住だよね。そのうちコタツや床暖房ができそう。……はっ! いつの間にか自分ワールドに入ってた)


 私はお造りに箸を伸ばしながら、好き勝手飛ばしていた思考を戻す。


「それで、朔矢さんからの言伝というのはなんだったんですか?」

 そう尋ねると、隣で湯豆腐をんでいた葉月さんが、食器を置いて私の耳元に顔を寄せた。

 どうやら、かなり機密性の高い内容のようだ。

 私も食べるの手を止め、居住まいを正した。


「それが……どうやら私が常世に戻ってきたことが政府に勘づかれてしまったらしく、例の組織の動きが活発になっているようです」

 ひそめられた声が固く響く。

 一気に緊張が体内を駆け巡り、私は小さく息を呑んだ。


「そんな……。いったいどこでバレたんでしょうか。わざわざ検問所を避けて遠回りして来たのに……」

「情報の出どころは掴めなかったそうです。ただ、政府が例の組織に武器やチャーム付きの眼鏡を配って回っているとだけ」

「チャーム付き眼鏡……?」


 どこかで聞いたことのあるフレーズに首を傾げていると、葉月さんが袖の下から何かを取り出した。


「これです。結奈さんも見たことがあるのでは?」

 そう言って差し出されたものを覗き込み、私はギョッとした。

「これ……!」

 慌てて顔を上げると、暗い表情をした葉月さんと目が合った。


「これって、薬師襲撃事件の犯人の特徴として朔矢さんが言っていた眼鏡ですよね? あと、一瞬だったので確信はないですけど……セドリックの仲間が似たようなものをかけていた気がします」


 怪我を負った葉月さんを助けるために山を下っていたとき、ふもとで待ち伏せていたセドリックの手下たちが、チャーム付きの眼鏡を付けていた。――ように見えた。


 なぜ断定できないかというと、運動音痴なせいでじっくり見る暇もなくすぐに捕まってしまったからだ。


「この眼鏡って結局なんだったんですか?」

 私は眼鏡をつまみ上げながら尋ねた。

 見た目は何の変哲もない眼鏡だ。

 強いて言うなら、フレームが丸くてレトロなデザインになっていることくらいか。

 

「これは特殊なメガネで、体に流れる力を可視化することができるそうです。目の前にいる相手が妖か人間か見分けるために作られたと、セドリックの屋敷に向かう際、朔矢から教えてもらいました」


 つまり、私を見つけ出すためだけに作られたということだ。

(うわぁ、需要なさすぎ……。常世に人間なんてほとんど来ないだろうに)

 まじまじと眼鏡を見つめる私の横で、葉月さんが困ったように眉を下げた。


「つまり、結奈さんが私と一緒に居ることも、相手は把握しているのです」

「あっ……」

 需要どうこうを言っている場合じゃなかった。

 このチャーム付きの眼鏡をかけたひとと遭遇してしまったら、人間を連れている時点で葉月さんだとバレてしまう。


(私が着いてきたばっかりに……)

 さぁっと顔から血の気が引くのを感じる。

 しかし、唖然としている私とは裏腹に、葉月さんは明るい表情を作った。


「そういうわけで、これを朔矢のお父様からいただきました」

「これは……?」

 おもむろに短刀を差し出され、私は困惑して目を瞬かせる。


ふところ刀ですよ。護身用に持っていろ、とのことです」

 葉月さんは事も無げにそう言って、自身の懐から同じ短刀を取り出した。

 どうやら私と葉月さんに一つずつということらしい。

 

「まあ、これを使うことはそうないと思いますけれど。安全だと思われる道順を教えてもらいましたからね」

 そこで一度言葉を切ってから、葉月さんは「それから」と続けた。


「たとえこの眼鏡がなくても私の様相でバレていたと思うので、気にする必要はありませんよ。だってほら、ローブを深々と被った男なんて怪しい以外の何物でもないでしょう?」


 葉月さんの気遣いに笑みを返して、私はおそるおそる刀を受け取った。

 ひんやりと冷たいさやを掴み、持ち上げる。

 ずしりとした重みがやけに印象づいた。

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