第4話 避けられない厭悪

「さて、お土産もいただいたことだし、そろそろ話を始めようか」

 木箱を無事に収めると、レオドール様は膝の上で手を組み、表情を改めた。


「さて、まずは私が現時点で分かっていることを伝えよう。どうやら私は、そなたらに無知で無能なただのおっさんと思われているようだからな」


 無断で私たちが常世に戻ってきたことを相当根に持っているようだ。

 随分な言い様に、さすがの葉月さんも反省の色を浮かべる。


「そのようなことは一言も言っておりませんし、思ってもいません。その……勝手に戻ってきてしまったことについては申し訳なく思っておりますけれど。本当にすみませんでした」

 二人そろって頭を下げると、レオドール様は頭をガシガシと搔きまわしながら側近から紙束を受け取った。


「正直まだまだ文句は言い足りないが、話を進めるぞ。タウフィークの危機やもしれんからな」

「え? タウフィークの? あの、レオドール様、それは一体どういうことでしょうか」


 唐突に出てきた葉月さんの義兄(ぎけい)の名に、私たちは目を瞬かせた。

 タウフィークさんなら、数日前に手紙をくれたはずだが。

(まあ、あれを手紙と呼んでいいのか分からないけど。手紙というより、走り書きって感じだったから)


 暗い洞窟の中で葉月さんと読んだ、あの単語ばかりの連絡符を思い出す。

 あのときは葉月さんの反応ばかり気にしていたが、今思えばどこか緊迫感がある文だった。


 レオドール様は一度言いづらそうに目を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。


「今から約二週間前、タウフィークが私の元に尋ねてきたのだ。情報を提供することと引き換えに、潜入捜査のために変化の術をかけてほしい、と」


 私はちらりと葉月さんの様子を伺い、それからレオドール様の方に向き直る。


「潜入って、どこに……?」

 私の質問を受けたレオドール様は、少しの間黙考し、それからこう尋ねた。

「失礼を承知で聞くが、実弟のそなたから見て、君のお姉さんは全ての五芒星の門を本当に自らの意思で開けたと思うか? 」


 黄泉の王のまっすぐな視線を受け止め、葉月さんはスッと背筋を伸ばした。

 同じように純真な瞳をした彼は、どこか緊張した面持ちで首を横に振った。


「姉は無辜むこの命を奪うような残虐なひとではありません。ましてや世界を崩壊させようなど、彼女らしくない。なにか他に理由があったものだと私は考えています」

 葉月さんの真摯な言葉には、しかしどこか自信の無さを感じた。

 レオドール様もそれに気がついたのか、切なそうに眉を下げる。


 けれど、次に浮かべたのは、明らかな安堵の表情だった。

「そうか。ならばタウフィークからの報告も信用できるな」

 

 空気を一気に明るくさせたレオドール様は、手に持っていた何枚もの紙を私たちに差し出した。

 戸惑いを隠しきれない私と葉月さんは、素直に手渡された書類を読み始める。

 そこに書いてあったものは、水面下で動いている謎の組織の存在についてだった。


「組織の中には、霊狐一族の生き残りと薬師襲撃事件で亡くなった被害者のご遺族が……」

 葉月さんが悲しみと罪悪感の入り交じった顔で、絞り出すように呟いた。

 その様子をみて、私も引きずられるように目を伏せる。


(襲撃事件の起こった原因は私のせいでもある。だから、あのとき小春さんはあんなことを言ったんだ)

 思い出すのは、動物園で言伝を頼まれたあの日、別れ際に言われた言葉だ。


『 敵の正体はね、いつだって恐怖と憎しみなのよ。あなたも葉月も、向けられた憎悪からは逃げられない 』


 誰かを傷つけた、どころの話ではない。

 きっとそれは、一生消えることの無い厭悪えんおだろう。

 飲酒運転が原因で両親を死に追いやった運転手に、私も暗い思いを抱いたことがある。

 そしてそのドロリとした嫌なものは、何年経っても変わらず胸の内に居座っている。


 その気持ちが共感できるゆえに、尚のこと辛い。

 あの運転手に向けていた感情が、私の方に向けられているのだ。

 (あの運転手と同じ……)

 そう考えずにはいられない。


「待て待て、本当の敵を見誤るな。敵は自分なんかじゃない」

 ショックで言葉を失っていた私たちは、レオドール様の言葉に顔を上げた。

 レオドール様は一つため息をつくと、呆然としている私たちの頭にそっと手を伸ばす。

 そのままゆっくりと撫でられて、なぜだか無性に泣きたくなった。


「まったく、そなたらは揃いも揃って自分を責めおって。落ち込む暇があるのなら、カップルらしく弱音を吐きあえば良いものを」

「…………えぇ!? なっ、カップルって、なんで知っているんですか!? 」

 あまりにも自然に言うものだから、驚きすぎて涙が引っ込んだ。


 そんな私とは対称に至極冷静なレオドール様は、すっと私たちの手首を指さして、小さく笑った。

「黄泉の王ともあれば、縁など当たり前のように目に見えるからな」

「縁……」

 よく分からないが、どうやら雰囲気から察したらしい。


 突然のことに目をぱちくりさせる私たちを前に、黄泉の王は満足気な笑みを滲ませる。

「そうか、二人とも恋仲になったか」

 その言葉からは、私たちを肯定してくれるような、そんな響きがあった。

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