第3話 土産の手引き

 明け方、私たちはレオドール様の屋敷に向かった。

 薬箱と竹の背負い籠を各々担いで、昨日来た道を引き返していく。


 町中を通っていく経路もあったが、桃源郷とうげんきょうから黄泉よみに繋がる通行口を通ると記録が残ってしまうので、断念した。

 万が一にでもその記録を政府に見られたら厄介だ。

 ありがたいことに雪は止んでいたが、それでも着物一枚では寒かった。

 

 そうして今、暖かい部屋の中に入れてもらい、ホットココアをすすっている。

 けれど、まったく温まったように感じられなくて、私はぎゅっと身体を縮めた。

 原因はおそらく、テーブルを挟んで向かいに座る男の、氷のように冷たい視線のせいだろう。


「なぜここにいる?」

 ひどく平坦な声に、私と葉月さんはビクリと肩を震わせた。

「旅に出る前にご報告を、と思いまして」

 様子を伺うように声を潜めつつ、葉月さんがおずおずと答える。

 すると、男もといレオドール様は持っていたマグカップを叩きつけるような勢いでソーサーに戻し、眉をピンと吊り上げた。


「違う! 私はなぜ天界にいるのかと聞いているのだ!」

「それは……」

 言い淀む葉月さんに、レオドール様は不機嫌な表情を隠すことなく口を開いた。


「私は待機しているよう言っただろう。ひとの話くらいまともに聞かんか! まったく。どいつもこいつも私のことを舐めすぎだ。先日行ったシュノドスのジジイ共もそうだった。高天原たかまがはらの政府と話し合おうと提案した途端、やれ秩序がどうだの他国が口を挟むべきことでは無いだの。もっと柔軟に考えられんのか。……あぁ、頭が痛い」

 王は大人びた仕草で額に手を当てると、力なくこうべを垂れた。


「あの、葉月さん。シュノドスってなんですか? 」

 耳慣れない言葉に、そんな空気ではないと理解しつつ尋ねる。

神議かむはかりのようなものです」

「かむはかり」

「お偉いさんたちが国をより良いところにするために話し合う、討論会のことです。高天原では神議りと呼ばれているのですが、似たようなことを現世でも行っているのでは?」

 葉月さんが首を傾げる私に気づいて、分かりやすく言い直してくれた。


「あっ、たしかにあるかも。ただ行政機関は分野ごとに分かれて話し合いをするので、似て非なるものというか、ちょっと違うかもしれません。トップも神様じゃないですし」

 (そもそも、神様が一番上とか決定権偏りすぎる気が……)


 もし地球に神様が住んでいて、行政を行っていたら、きっと人間はここまで成長できなかっただろう。

(まあ、神様の統治する世界なら戦争なんて起こらないんだろうけど)


「そんなことはどうでも良い。私はそなたらが王命を無視してまでここに来た訳を知りたいんだ」

 口をへの字に曲げ、ぶっきらぼうにそう言われる。

 そんなへそ曲がりの王様に、私と葉月さんはここに来るまでに起きたことを説明した。


 豆柴の術玉や亡くなったと思われていた葉月さんの姉との邂逅かいこう、そして襲ってきた神力を宿すオオカミ。

 五芒星ごぼうせいの門や月結びの儀式についても、包み隠さず全て話す。


 しかし、話し終えてなお、レオドール様の機嫌が直ることはなかった。

「月結びの儀式については既に知っている。無論、その儀式によって引き起こされている事態も。私を誰だと思っているのだ。ハデスの王だぞ。情報網くらい張り巡らせてある」

 ムスッと口を引き結び、面白くなさそうに目を細めている彼に、いよいよ私たちは困った。


「葉月さん、葉月さん。どうしましょう。レオドール様がご機嫌ななめです。子供のように拗ねていらっしゃいます」

「どうやら私は黄泉の王の情報収集能力をあやまってしまったようです。それくらいで、という気もしますが、これは困ったことになりました。もう手札はお土産くらいしかありませんよ」

 ヒソヒソと会話し合う私たちの正面から、大きなため息が聞こえた。


「おい、聞こえているぞ。慇懃いんぎん無礼な言葉が一国の王に丸聞こえだぞ。……まあいい。来てしまったものは仕方ない。しかし、こっちもこっちで厄介なトラブルが発生している。これから詳しく話すが、その前に――」

 黄泉の王はそこで一旦会話を切り、ずいと右手の平をこちらに伸ばした。


「……なんですか?」

 意味がわからなくて尋ねると、レオドール様は今度は葉月さんの方に手を伸ばす。

 これには流石の葉月さんもピンと来なかったようで、助けを求めるように王の後ろに控えていたアーロンさんを見上げた。


「おそらく、先ほどお二人が仰っていた『お土産』のことかと」

 素っ気なく答える専属術師に、私と葉月さんは思わず顔を見合わせる。

 お互い「あれかー!」という表情でコンタクトを取り、急いで背負い籠から例のものを取り出した。


「どうぞお納めください」

 神妙な表情を作った私は、危険物を手渡すように慎重な手つきで紙袋を差し出した。

 レオドール様も真剣な面持ちで『お土産』を受け取り、そっとテーブルに置く。


 そして中を覗き込んだ彼は、小さく息をのみ、慌てたように顔を上げた。

「待て、これは受け取れない。私は神との交渉をしていない。つまり約束は果たされていないのだ」

「あの、言動が一致していないんですけど……」


 必死に首を振りつつも両腕でがっちりと紙袋を抱きしめているひとに、今さら返せとは言えない。

 というか、紙袋の中身は現世で簡単に手に入る、一本三百円弱の缶ビール三つ。

 使用人が白手袋をつけ、その缶ビールを厳重な箱にしまうところを見て、私はさすがに引いた。


 そんな国宝みたいに扱われても、偽の壺を買わせている詐欺師のような心地になっていたたまれない。

 ちなみに、箱には鍵が二つも取り付けられていた。

 解せない。

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