家出とは、家を出ると書く。
膿
第1話
『ひろぴぽぽぴひんが、午前0時をお知らせするよ〜!大きい良い子のみんなも、早く寝なきゃダメだよ〜?じゃ、また明日〜!』
適当にかけたラジオの女がアニメ声でそう言った。その後にお馴染みの時報を知らせる無機質な音が鳴る。小さい頃はこの音がどうにも苦手だった。さっきまでは女優やタレントが明るく話していたのに、時間と時間の境目になると無機質なピーーーーという音が流れ出すのが、怖かった。幼心ながら、ディストピア味を感じていたのかもしれない。
冷たい風がびゅうっと俺の体に体当たりをしてきた。
「寒…」
コートは羽織ってきたけれど、手袋とマフラーは忘れた。急なもんで用意ができなかった。急いで家から出たかったから。
ラジオを流しているヘッドホンに繋いだままポケットに突っ込んでいるスマホを取り出すと、今の外の気温は三度だった。三度…そりゃ寒いはずだ。
乗っているブランコをひとこぎすると、風が当たって寒かった。当たり前だ。
ヘッドホンからは知らない芸人の番組が流れ始めた。さっきのよく分からない名前の声優の番組はもう終わったらしい。
またスマホを開いた。例の人からの連絡は何も来ていなかった。0時、約束の時間になったのに。SNSのつぶやきには、3つだけ反応がついていた。僕が生きていくための、生きていきたいが故のつぶやきには。
俺だってこんなこと言いたくない。こんなこと、やりたくてやってるんじゃない。
ただ…仕方ないんだ。
公園の入口に人が見えたような気がした。見回りの警察かもしれない。慌てて折れ曲がっていたコートの裾を広げてズボンの柄を隠す。高校生だってバレて補導なんてされたら家に連れ戻れてしまう。ゲームオーバーだ。それだけは、それだけは避けなければ。
入口に見えた人影はこっちに向かっている。まずい、気づかれたかもしれない。思わず身体が強ばる。やばい、どうしよう。補導だけは、補導だけは、嫌だ。家にはもう、もう家なんか。
その時、手元のスマホがピコンとなった。
『今着いたよ』
例の人からのメッセージだった。
…………なんだ。
よかった、ひとまず警察じゃなくて…
「ふぅ…」
小さく息を着く。
目の前に見える人はどんどんこっちに近づいてきて、どうやらこっちに手を振っているようだった。慌てて駆けつける。
「君が、『N』くん、だね?」
目の前の男の人は…何歳なのだろう、暗くて良く顔は見えないが、声だけ聞くと、40代ぐらいに感じる。
「はい、そうです。『シャクヤク』さん、ですよね」
「ええ、そうだよ」
目の前の男は小さく笑っていた。何が面白いのか分からないけれど。
「ずっと公園で待つのは寒かっただろう?あそこのコンビニで肉まんを買ってあげよう」
「あ、ありがとうございます」
…よかった、あまり悪い人には聞こえない。
「家出は初めてなんだろう?母親の暴力から逃げてきたんだってね。もう大丈夫だよ。おじさんの家は安全だからねぇ。あ、GPS切った?」
「は、はい。切ってます」
「よし。じゃ、寒いし早く行こっか」
「…はい」
顔が見えない男はずんずんと歩き出した。慌てて俺もついていく。
公園を出ると、少しは街灯があるから何も無い公園よりは明るい。目の前を早歩きで歩いている男は、白髪混じりで紺のダウンジャケットを着ている中年だった。
「あ、それとさ」
目の前の男は足を止めた。
「はい」
そう返事すると、男はゆっくりと振り返った。
「今日から俺は君の父親だからさ、パパって呼んでね。あとその敬語やめて、親子みたいに馴れ馴れしく話してよ。分かった?」
…………。
まぁ、そうだよな。これが俺の、踏み入れた世界なんだよな。何となく、覚悟はしてたよ。分かってたよ。母親と離れるってことがどういうことか。母親に頼らずに生きていくためには何が必要なのか。だけど、いざ目の前にすると。目の前にすると…
気持ち悪い。
「分かったよ、パパ!」
それでも俺は、生きたかったんだ。
家出とは、家を出ると書く。 膿 @IamMya_san
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