第73話 誘拐

           誘拐

 1904年3月

 -北京-

 皇帝は一命をとりとめ、漸く普通に会話が出来るまでに回復をして居た。

 ロシア軍とそれに追随し反旗を翻した清国軍の反乱分子によって拉致されて居たらしい。

 現在清国内は混乱の中にあり、ヨーロッパ方面へも皇帝の意に反し無謀な進軍をしようと言う動きまである程であった。

 史実であればそこまでの酷い情報の錯綜は無かった筈なのだが、やはりレーニン、べリアの魂を移植されたレーニンによる皇帝の振りをしての命令伝文があったようである。

 これにより、ドイツ帝国等がその清国軍の進行を食い止めて居ると言った現状である。

 大本営は天皇陛下の親書を皇帝へと送り届け、現在の清国の状況を皇帝に知らせると共に、命令の撤回を要請、直ちにその親書は一人の飛行機乗りによって宮殿へと投下され、宮殿を警護中の第103重歩兵大隊長へと届けられ、皇帝の側近へと手渡された。

 皇帝はこの親書の内容を確認、納得した後にこの処理を帝国軍へと委任、暴走中の清国軍へは命令文を発令、戦闘行為の停止を発行する。

 こうして、皇帝の命に従わない清国軍は全て逆賊として制圧対象となった。

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 -最前線-

 戦線は押し戻され、概ね清国国境付近まで戦線は後退して居た。

 史実に良く登場する203高地と言われる高台では、難攻不落であったトーチカ群は、戦車部隊及び装甲車両の機動波状攻撃により完全に無力化されて居たのだった。

 しかし、常に優勢な戦争などはありはしないのが実情である。

 僅か数台投棄された戦車のうち、爆破に失敗した物があったらしく、その個体がロシア軍によって接収され、解析されて居たのだ。

 まさに第二次大戦さながらの戦車部隊が急造されたロシア軍の反撃が始まったのだ。

 これにより戦線は一進一退となってしまって居たのだった。

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 -大本営-

 無線連絡を受け、吾輩はこちらへ戻って居た。

「ロシア軍、我が軍の戦車を複製した新型を投入して来ました、装甲が厚く進軍に支障が出て居ります。」

「未だ訓練課程が終了して居ないが、凡そ四半数なら、空母桜島を派遣し、航空爆撃が出来る距離では有るが、しかしすぐに出港したとしても該当海域迄は数日は掛かるか。」

 海軍参謀長も今一つ決め手が足りないと言った具合に言葉を濁らせる。

「それでは、既に第一艦隊へ合流させている第二回転翼大隊を派遣すればよいでは有りませんか。」吾輩が自信満々で発言をすると、回転翼機の装備であの硬い装甲を突破出来るのかと言った発言が各所より返って来る。

「お任せあれ、回転翼機の装備は元より戦車に対抗する為の物であります、対戦車用装備に換装します、新しく完成した20連ロケットランチャーで蹂躙して見せましょう、対馬県総合基地へ航空輸送し、輸送艦に受け取らせてピストン輸送をお願いします。」

「回転翼機がそこまで威力を発揮出来る物とは。」

「本来、対戦車目的の機体ですから、対人の方が実力を発揮し切れて居なかったと申しますか、あの機体の機銃もむしろ貫通力を重視して作って居ますので、実際に50mmの鋼板をも楽に貫通させる程です、ああそうそう、先ほど言い忘れましたが、旅順港の防衛に回って居た第一回転翼大隊もそちらへ向かわせる事にしましょう。」

 ようやく対戦車ヘリとしての本来の実力を発揮してくれるであろう。

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 しかしこのような参謀会議もどこ吹く風のように、ロシアの侵攻は止まらなかった、既に国境線は維持されてしまって居るのに、である。

 どれだけの国力を持って居ると言うのだろう、恐るべしロシアである。

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 1904年 5月

 予定よりは遅れたが、施設のマザーマシンやコンピューターをフル稼働で遂に完成した打ち上げロケットとスパイ衛星、衛星との通信用の機材が完成したのだった。

 そしてこれがとうとう打ち上げられる事になった。

 情報の管理は諜報部扱いに成るのでその辺も抜かりは無かった。

「中将閣下、何すかこの施設は、ずるいじゃ無いですか。」

 相模野空軍基地へ呼び出しておいた井上君が到着するなり口を開いた。

「ああ、井上君お久し振り、ここは完全に吾輩の個人所有なのだ、全て吾輩の私産で建設したからな、まぁ建設チームは陛下にお願いして工兵師団を派遣して貰ったが。」

「はぁ、相変わらず出鱈目な事してますね、どれだけ稼いでたんです?」

「う~ん、多分世界中で一番・・・かな?」

「はぁ、もうなんも驚きません、しかし今日は何で私をお招きになったんですか?」

 招きはしたが、秘匿である事に変わりは無いのでここまでの道のりは目隠しをして貰って居た。

「現在、君等の居る施設の隣に大掛かりな新しい施設が建設中なのは周知の通りだと思うが、あの施設に関連する事だよ。」

「するととうとう、完成したんですか?以前に聞かされた、人工衛星でしたっけ?」

「うむ、打ち上げるぞ、成功すれば世界初だ。」

「それはお招き感謝します、誰も考えつかなかったような機械がこの地球の周りを飛び回り、世界中を撮影して周るんですね。」

「その通り、念願叶う訳だ、その後のこの施設に関してなのだが、いつかはここも井上君や、技術開発省に委託したいと思って居るのだが。」

「ご自分で出資されたのにそんな勿体無い事を。」

「いや、井上君、これは内密にお願いしたいのだけど、吾輩もう、そんなに長くは生きられそうには無い、白血病と言う奴らしい。」

「なっ!?・・・冗談でしょう?お元気そうですよ、まして私より若い閣下が先に亡くなるなんて。」

「恐らく、後長くても8年程度では無いか? 未だ吾輩自身も吐血をしたりする程では無いが、あまりにも体が怠い日が有ったりするもので検査をしたのだ、結果がこれだよ。」

「そんな・・・まだ閣下のお陰で此処まで登って来れた恩を返せて居りません、冗談だと言って下さい。」

「ははは、そうだと良いんだがな、まぁ、急性で無いのがせめてもの救いと言った所かな。」

「この事は奥さまやご家族には?」

「いや、心配するから言ってはおらん。」

「いっそ言ってしまった方が良いのでは?」

「うむ、色々考えては居たのだが、やはり吾輩の野望の為にも一線は退く訳には行かない、家族にバレると辞めさせられる事は目に見えとるので黙って置いてくれ、あの金庫に入れてある遺書、お主に管理を任せている以上、お主にだけは言って置きたかったのだ、やっと言えた。」

「それが、中将閣下の覚悟、でありますか。」

「ああ、頼んだ。」

「わ、判りました。」

 井上君は涙を流しながら承諾してくれた、男泣きと言う奴を見せつけられた気分だ、吾輩にはそこまでの感情を出しての決意は出きん。

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「閣下、そろそろ打ち上げのお時間です、特等席へどうぞ。」

「おお、そうか、ありがとう。 では行こうか、井上君。」

「はい、お供致します。」

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 滞りなく打ち上げが開始した。

 秒読みをして打ち上げろと指示をしておいたので秒読みも世界初だな。

「発射迄20秒!・・・10! 9! 8! 7! 6! 5! 4! 3! 2! 1! 零!」

 まるで大地を揺るがすような轟音が響き、爆風が吹き荒れる。


 この日、人類は初の打ち上げロケットを打ち上げる事に成功した。

 開発者は日本人、益田修一、他のスタッフは、実にわずか4人だけだったと言う。

 そしてその打ち上げ施設は、明治時代には有り得ない程に近代的な設備が整って居たと言う。

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 打ち上げから数日後、人工衛星開発チームを解散し、技術省へと送還した後、吾輩は、この秘匿基地施設で、ウラニウムの高純度抽出を試みて居る。

 勿論、原子炉を動かし発電するためである。

 そしてその傍らでは、そろそろ現れるであろう細菌兵器、毒ガス等の研究を同時進行して居た、勿論対抗する為、ガスマスク、中和剤、ワクチン、特効薬等の精製が目的であった・・・のだが。

 この秘匿基地は現在吾輩しかいない筈であるし、ましてやこの研究室は吾輩以外立ち入る事が出来ないようになって居る筈なのだがこの研究資料が持ち出されたような痕跡が極稀にある、恐らくは諜報部の強硬派によるものだろう。

 その辺はどうせこちら側の諜報員に阻止されて居る事だろうから気にはしないが。

 井上君から連絡があり、燃料のオクタン価を上げる為の研究をして居る内に、どうもナフサに行き当たったらしい、何と言う幸運の持ち主だろう、偶然が味方する素晴らしい研究者になったものだ。

 焼夷弾等と言った使い道を幾つか提示して置いたので後は上手く新兵器に繋げてくれる事だろう、頑張って貰いたいものだ。

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 1904年 5月末

 -モスクワ-

「同志書記長! 暗殺部隊2000名、及び新生諜報員1800名の訓練がすべて完了しました、今すぐにでも派遣できます!」

「そうか、遂に終わったのか、では早速招集し給え、私が直接命令を下す。」

「は、了解しました、直ちに招集いたします。」

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 凡そ30分後には、大講堂を暗殺部隊2000人と諜報部員1800人が埋め尽くして居た。

「全体傾注! 只今より同志書記長閣下よりの勅命が有る!」

「諸君、良くぞ厳しい訓練を潜り抜けた、只今より勅命を言い渡す。」

 レーニンは更に続ける。

「まず、暗殺部隊の諸君、君達の任務はただ一つ! 日本のマッドサイエンティスト益田を殺害する事だけだ、奴には腕の立つ警護が付いて居る様なのでこの中の何人が残るかまでは知らん、だが、奴の首を持ち帰った者は、軍の幹部に据えてやろう! そして諜報部員の諸君、貴様らへの命令は、益田の研究資料を盗み出して来ることが一つ! 万が一暗殺に失敗した場合に、益田の子供でも拉致して連れて来る事の2つだ! 此方も成功した物は幹部に据えてやる! 直ちに出立し、任務を遂行せよ! 日本へのルートは貴様らに任せる、一切は問わん、儂の勅命と言って何でも好きに使うが良い!、では解散!」

 この時、レーニンは、これまでの諜報員が誰も戻らない事に付け加え、ヘリによって移動して居た益田を追い切れる訳も無く、修一が秘匿基地に籠って居る事を一切知らなかったのである、ここに悲劇が生まれてしまうのだった。

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 1904年 6月

 -技術開発省長官執務室-

「おい、長官のネームプレートが益田では無い、アイツはどこへ行ったのだ?」

「仕方が無い、研究資料だけでも頂いて行くか?」

「仕方ない、暗殺部隊としてはこっちは外れだったか。」

 屋探しを始めた40名程の暗殺、諜報混成部隊だったが。

「残念じゃがお主等に帰る場所は無いと思え。」

 自分の作った金庫の様子を見て守って居たアザゼルが現れる。

「何者だ!」

「ほッほっほ、それはこっちのセリフよ、とは言え貴様らの素性など御見通しじゃがな。」

 戦闘が始まるも、あっという間に40名は虫の息になって居た。

「くそう、化け物め・・・。」

「ほほう、化け物じゃと? それは、こんなのの事かのう?」

 正体を現したアザゼルを見てヒィッと悲鳴を上げ、全員手榴弾で自爆をしたのであった。

「うむ、研究室がグチャグチャじゃのぉ、仕方ない、直して置いてやるかの、先ずはこの死体を処分せねば・・・」

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 -横浜益田邸-

 2000人以上の混成部隊が侵入を試みるが、その目前にサタンを宿したままの浩江ちゃんが立ちはだかる。

「おや、久し振りにロシアから派遣されたみたいだけど、随分沢山来たのねぇ、楽しみだわ、私の地獄の業火を何人潜り抜けるのかしらねぇ。」

「何だこいつ、浮いてるぞ!」

「何でも良い!邪魔するものは排除だ!やっちまえ!」

「さぁ、一斉にかかってらっしゃい!」

 高温過ぎる炎は、太陽の黒点に見られるように、黒く見えるのである。

 まさにその黒炎が混成部隊を襲う。

 あっと言う間に蒸発する仲間を前に、後方に居た数名が逃げ出すが、浩江ちゃんはそんな者を見逃すほど甘くない、むしろ高笑いをしながら空中浮遊したままで追い掛ける。

「良いわよぉ~、泣きなさい、叫びなさい、もっと私を楽しませなさ~い!」

 恐怖のあまり腰を抜かす物、その場で失心する者も居たが、全て業火に焼かれて蒸発して行くのだった。

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 -相模野空軍基地-

 ここは至って静かであった。

 暫くの間、諜報員の再教育に費やして居た為に、この基地の事は知られて居なかったらしい。

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 -箱根益田邸-

「ほう、修一の留守にここに攻め入るとは命知らずですねぇ、奥方達を守るのは私の役目、生きたまま腐って死になさい。」

 ベルゼブブが執事の格好で1700人程の混成部隊と対峙して居た。

 暗殺部隊がどれだけ銃弾を撃ち込んでもまるでダメージを受けて居ないようである。

「ば、化け物!」

 ゆっくりと歩いて近寄るベルゼブブ、彼のエリアに入る者は手の指先や足元から腐って蛆が湧き、ゆっくりと殺されて行くのだ。

 しかし、ここにベルゼブブの油断があった。

 一人の諜報部員が、腐り始めた左腕を自ら切り落とし、庭の植え込みに隠れて死角に回り、屋敷内への侵入を果たしてしまう。

 自分の腕を切り落とすとはかなりの胆力である。

 腕を切り落とせば激しい出血が起こる為、止血の為に幹部を焼かねば成らないのだ。

 彼の近くには運良く、突撃時に揺動の為に爆破した自動車が盛大に燃えていた。

 近づくだけでも相当の覚悟が要る高温で、だ。

 しかし彼はそれをやって退けたのだ。

 どれだけ過酷な訓練を受けて来たかが伺える。

「何だ、あの化け物は・・・、危うく生きたまま腐らされて死ぬところだったぞ・・・」

 そして名も無き侵入者は、ようやく自分の部屋を持ったばかりの一知花の部屋の扉を開けたのだった。

(しめた、リストにあった益田の娘だな、こいつを人質として連れ帰れば俺の未来は安泰だ!左腕を犠牲にした価値があったぜ!)

 彼は徹底的に覚えさせられた流暢な日本語で一知花を脅すと、持たされて居た麻酔薬を一知花に投与し、屋敷より攫い出す事に成功したのだった。

 こうして、一知花はロシアの手に落ちてしまったのである。

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