第70話 番外編その6・益田太郎冠者

        番外編その6・益田太郎冠者

 私の名は、益田太郎冠者(ますだたろうかじゃ)、西洋演劇が好きで、実際に劇団を立ち上げてプロデュースしている。

 兄は、元神童、今では闘神であると祀り上げられて居る益田修一だ。

 劇団運営には金が掛かるので兄の持つグループ会社の一つ、自動車及び重機メーカー、MASUDAの社長職をして居る。

 対馬県に本社事務所を置いて居たMASUDAだったのだが、日露戦争の勃発によって安全と言いきれなくなった為に、現在、金沢へと事務所を移して本土へ戻って来ている。

 勿論劇団も一斉に疎開と言う形を取り、劇場も兄が金沢に建ててくれた。

 兄には一生頭が上がらないと常々思う今日この頃である。

 そして、金沢に戻って来た途端に兄上に紹介された女優志望の少女の魅力に私の貞操観念がおかしくなりそうである。

 いつか嫁にしたいと常々思う今日この頃である、昔は年上が好きだったのだがなァ・・・。

 兄に言われて、一度顔を出せと言うので兄が言うならばと言う事で両親を訪ねて兄が建てた箱根の邸宅へとやって来た、のだが・・・何だこの一寸した西洋風の城のような巨大な邸宅は?・・・

 稀代の発明家でも有る兄にとってはこの位は訳も無いのだろうが、あまりの事に声も出ない始末だ。

 兄に助けられた経緯もある為に礼を言いたいと言う、我が劇団の売れっ子女優正子も、驚きのあまり顎でも外れたかのようにあんぐりと口を開けて目をパチクリとまたたいている。

 気を取り直して門に居た警備の者に私の名と用向きを伝えると、快く門を開けてくれた。

 それにしても、庭もとんでもない広さだ、テニスコートならば、植え込み以外の場所だけで六面は入りそうである。執事と思わしき人物が、小型の車のような乗り物で出迎えに来てくれた、どれ程出鱈目なのだ、しかも兄上は仕事であまり帰って来ないと言う事では無いか、横浜の方にも家を建てて居るらしいが、そっちに一人帰って居るのだろうか?

 彼方には書生も数人住まわせて居ると言うし、きっとそうなのだろう。

 ただ、聞いた話ではその書生と言うのも海外よりの留学生が殆どと言うが、少々お人好しが過ぎるように私は思って居る。

 まぁ、尊敬する兄上の事なので何かお考え有っての事であろうと思って居るし、そこは口に出したりはしないが・・・

 執事の運転して来たのは電動の自動車のようであった、それに乗せて頂き、両親が住んで居ると言う離れの方へと運んで貰った。

 しかし・・・離れでもこの規模とは、兄は一体どれ程稼いで居るのだろう。屋敷内に入ると、父も母も笑顔で出迎えてくれた、そりゃぁそうだろう、何年も帰らず顔も出さずに居た息子の凱旋だからな。

 看板女優の正子を紹介すると、両親は何を勘違いしたのか、私の嫁に成る者だと確信をしたようなのだが、確かに私も彼女を好いている自覚は有るが、未だ彼女は若すぎるだろう。

 だが、親不孝をして居ると言う自覚のあるこの身では、特に父の生きている間に孫を見せに来れたら良いと思うこの頃だ。

 正子が挨拶をすると、こんな素敵な娘さんと良い仲なのだったらもっと早く連れて来いと母に恨み言を言われてしまったが、そうは言うがこの子はまだ子供だと何度も言って居るでは無いか。

 更には父には、〇井物産に入社を進めたのに何故お前は来ないとこれまた恨み言を言われてしまった、そこは尊敬する兄の会社に来いと言われて行ってしまったから勘弁してくれと謝るしか無かったのだが・・・まぁ、劇団にも投資して貰った兄を裏切る訳にも行かないのでそこは仕方が無かったと兄上のせいにさせて貰う事にした、すまん兄上。

 本棟の方から、兄嫁と兄の子達が私に挨拶をと離れに来て下さった。

 対馬県へ渡って居たりしたので、兄の家族に会うのは初めてだ。

 お会いして見ると、兄嫁は驚く程の美女、私から見て姪はこの親にしてと言わんばかりの美少女で、甥も甥で将来有望な、モテそうな二枚目に成り得る素晴らしい美形だ。

 全員私の劇団に入って役者になって欲しいと思う程だった。

 さぞ多くのファンを集めそうだった。

 何時の間にこんな女性を誑し込んで居たんだ、兄も隅に置けないものだ、まぁ私から見ても兄も容姿はかなり良い方であるとは思うけども・・・

 研究に没頭しすぎて小汚くして居なければという前提は付くが・・・

 兄嫁に、兄上の所在を聞いて見たのだが、最近は割と帰っては来るが、最近軍服が新しいデザインになったらしく、今どこの基地での勤務だかは知らないと言って居た、兄は仕事を家庭に持ち込む父をあまり好きでは無かったので仕事の話は家では一切しないのだろう。

 私の滞在中に帰宅してくれると信じるしか無いだろう。

 しかし、やっと来たかと兄上にも恨み言を言われてしまいそうな気がして成らない。

 兄上に疎開を進められて金沢で兄に会ったあの日から大分経つ事だし仕方ないのだが。

 そうこうして居る内、大きな音を立てて空を飛ぶ乗り物が来た、私は以前金沢で兄を見送った時に見て知って居る、回転翼機とか言う乗り物だったと記憶している。

 その回転翼機が屋敷本棟の裏に降りたようだ。

「あら、帰ってらしたわ、中庭に出迎えに行かなくちゃ。」

 兄嫁が小走りに本棟へ向かったので後を追って私も出迎えに行く事にしたのだが・・・ん?

 今、中庭と言わなかったか?と言う事はこの屋敷は裏にも更にあると言う事か、どれだけデカい物を建てたんだ、兄上・・・

 もしかして御用邸よりデカいのでは無いか?

 回転翼機から兄が降りて来た。

「兄上、お帰りなさいませ、お邪魔して居ります。」

「おう、久しいな、しかしようやく彼女を婚約者とする気が固まったか?」

 やっぱり言われた・・・未だ彼女は子供だと何度も・・・うん、これは私自身もそろそろ良いのでは等と思う事もあるので、分かって居たので致し方ない、兄上に言われると本当に見透かされた気分である。

 しかし、兄上から女性をあまり待たせるなと言われてしまった以上、兄上の時はどうだったのか気になって来た。

 研究開発で色恋所では無かったような、しかも私から見ても奥手そうなお人が何時何処で奥方と出会いどうやって娶る事と成ったのか、創作劇のネタにもなりそうで興味が湧く。

 後で酒でも酌み交わしながら聞いてしまおう、酒の席で洗いざらい話して貰うとしよう。



 兄上を酔わせて聞き出した馴れ初めは、非常に意外だった、これは良いネタになりそうだ。

 まさかあの奥手そうな兄上が自ら告白したと言うでは無いか、これは猛烈な熱愛劇になりそうである。

 自由の風潮がやっと定着して来て、恋愛等の新たな文化に慣れて来たものの未だそう言った物はそう多くは無く、皆飢えている状態であるからして、まるで未来の恋愛劇のような兄上のプロポーズはとても西洋的で非常に魅力的だった。

 これはもう一つ二つ脚色すれば良い恋愛劇が作れそうだ。


 こうして、益田修一物語と言う壮大な演目が出来上がる事になる、100年たっても幾度も演じられるような名作となるのだがそれは又別の話である。

 そして修一は未だこの事を一切気付いて居ない。

 宴も酣となって来た頃、突然執事が割り込んで来た。

「失礼致します、旦那様にお客様が・・・」

「何だ?この夜分に珍しいな、何方かね?」

 兄も予想外の客であったようだ。

「それがですね・・・天皇陛下なのですが・・・」

「は?陛下? 何しに来たんだあのジジイは。 全く困ったイケイケ爺さんだなおい。」

 思わず兄上の口ぶりにグラスの酒を吹き出してしまった。

 兄上、陛下に対してその言われようは一寸・・・

「まぁ仕方ない、お通ししない訳にも行かんだろう、どれ、吾輩も出迎えに行くとするか。」

 兄上が席を立つ。

「あ、兄上、そんな大層な方なら私も出迎えに向かいます。」

「お、そうか、ではついて来い。」

 執事について兄上、私の順番に玄関先へ出迎えに向かう。

「おお修一!出迎えご苦労!

 ん?何じゃ、そっちはあの、西洋劇をやっとると言うお主の弟か?」

「陛下、何してんすか、こんな夜にこんな所でほっつき歩いてて良いんですか?」

「何、気にするな、今日は沼津に居ったのでな、お主の箱根邸に来れば温泉も有るしうまい酒も有ると聞いたのでな、こっそり抜け出して来たのだ。」

「抜け出すなこのボケ老人が!

 立場を考えてくれよ、それで俺がどれだけ苦労してると思ってんだよ・・・ったく、それに何だよそれ、いつサイドカー付きバイクなんか手に入れたんだよ暴走老人。」

「ま、まぁまぁ、兄上もあまり怒ってはいけませんよ、陛下もかなりご無理されてませんか?

 ちょっと悪戯が過ぎると思うのですが・・・」

 板挟みだった・・・

「はっはっはっは、何、運転手は共犯じゃ、気にするな!」

「気にするわっ!」

 兄上に強烈なダメージを与えているこの御仁は紛れもなく天皇陛下だった、この陛下がこれほど親しげに尋ねて来るとはやはり兄は凄い人物だ。

「まぁいいやもう・・・今丁度弟の凱旋を祝う宴の最中ですから、参加成されますよね。」

「なんと!それはめでたいな、もしもまだ独身ならば、何ならお主の仲人もやってやっても良いぞ?」

「!!!??へ、陛下が仲人!?」

「何じゃダメか? こいつの仲人もしておっただであろう?」

「すみません、私は兄の結婚する時留学中で帰国が間に合わなかったので出席できなかったのです。」

 兄の結婚の知らせが来た時には既に後1週間しか無かった為、英国留学の私は戻れなかったのだ。

 それにしても陛下が仲人を買って出るなんてやはり兄には敵わない、って私の式にも仲人をして下さる!? そんな恐れ多い・・・

「お、良いね、陛下、是非頼むよ、吾輩がやろうかと思ったのだが妻も3人目が腹に居るもんですから。」

「おお、もう3人目か、良い子が産まれるとよいな、どれ、今日の所は宴会に参加させて貰おうか。」

 全く驚きである、天皇陛下はかなり大らかな方とは伺ってはいたが、ここ迄な方とは思いも寄らなかった。

「おい、良かったな、良い仲人が付いた。」

「え、もう決定なんですか? 恐れ多すぎます、陛下に仲人をされるなんて・・・」

「はっはっは、儂はこういう普通の人々のする事をやりたいだけなのだ、気にせんで良い。」

 いや気にしますって!

 兄上も陛下も、何と豪快なのだろう、私のような小心者では付いて行くのがやっとだ。

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 父と母も、陛下が宴会に参加した事にちっとも驚いて無いのはどう言う事だ・・・

 私の感覚が可笑しいのかと言う錯覚に陥るようだ・・・

 しかも両親迄が陛下に仲人をされる事に大賛成と言った感じで何にも驚きすらして居なかった。

 この宴会自体も、気が付いたら陛下が仕切って居た。

「では若い二人に門出を祝って今一度乾杯!」

 陛下、既に6度目な気がするのですが・・・

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「陛下、そろそろお開きにしないと、夜明けまでにお帰りに成るのでしょう?」

 兄上はしっかり気を利かせているようだ。

「おお、もうそんな時間か、では一っ風呂頂いて帰るとしようか。」

「ええ、どうぞお入りになって下さい、太郎、御背中流して差し上げなさい。」

「え、私で宜しいのですか?」

「はっはっは、お願いしてもよいかな?」

「陛下の御背中をお流し出来るなんて、むしろ光栄の極みで御座います。」




「どうだ、お主の兄は非常に度胸が据わっておるだろう?」

「ええ、それは昔から思ってます、私は小心者なので、兄のようには。」

「はっはっは、何、焦る事は無い、アレだって、さんざん悩んで、努力して、苦労して、失敗も幾つもして、それでもめげずにやって来たから今の地位に居るのだ。

 そしてそれが奴の自信の源だ、お主だってこれだけは譲れないと思うからこそ西洋劇をやっとるんだろ?

 どんどん悩め、必死で努力せよ、さすれば苦労もするだろうし失敗も幾つも経験するだろう。

 それでも負けてなる物かと努力し続ける事であの様になれるのだ、お前はまだまだこれからであろうとも、まだ時間もあるはずだ。

 その上お主には、お主の自慢の兄が作ってくれた道があるでは無いか、聞いて居らんか?

 テレビジョンなる新しいマスメディアの形を、あれは凄いぞ、カメラに捉えた人の動きや音を離れた所に居る者に見せ、聞かせる事が出来るのだそうだ。

 新しい演劇の形を確立して見せよ、それが出来た時、きっとお主の自信に繋がろう、儂にはお主にはそれが出来ると信じとるよ、だからこそ仲人をやってやろうと思うたのだ、努力は裏切らん、頑張れ。」

 背中をお流しした後、湯船で陛下にこのように諭された、何故かこの方に言われると私にも出来る気がする、不思議なお方だ。

「はい、陛下や兄のご期待に応えられるよう、頑張りたいと思います。」

 何故か涙が出た。

 そして、正子がまだ若すぎるなどと言う事も、もはやどうでも良い事のように思えたのだった。

 翌朝、帰路に就く間の列車内で、後三年もすれば結婚が出来る歳となる正子と婚約を取り交わしたのだった。

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