第68話 開発者の世代交代

           開発者の世代交代

 1903年5月

 -モスクワ-

「同志書記長、例の車両の量産が軌道に乗りました、順次前線へと送り出せます。」

「よし、全力で進めるように。」

「は、お任せください、書記長のご期待に応えられるよう全力で取り組みます。」

 報告を聞いたレーニンは上機嫌だった。

 見て居れよ、我が野望を阻害する邪魔者 益田よ、貴様のような猿に出来て我々に出来ない訳がある訳が無いのだ、悔しがる貴様の顔が早く見たいぞ。

 そして諜報官僚に向き直ったレーニン。

「例の件はどんな進行具合だ?」

「は、同志書記長、現在1000人の暗殺部隊を育成中であります、自らの命を顧みず任務を遂行する事だけを最優先する殺人マシーンに仕上げて居ります。」

「うむ、順調なようだな、引き続き訓練に励みたまえ。」

 こうして今回の定例会議は、珍しくレーニンは終始ご機嫌で穏やかに終了するのであった。

「おい、書記長が珍しくご機嫌で怖くなかったか?」

「ああ、逆に怖いな、何を企んで居るんだろう・・・」

 こんなひそひそ話が聞こえて来るような会議後の夕食会であった。

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 -東京、技術開発省-

 最近体調が優れない修一は、北里博士の診察を受けた後、定期的に技術開発省の様子を窺いに来る事にして居たので、今日はこちらに向かっていた。

「井上大佐、只今益田中将がお見えに成りました。」

「うむ、丁重にお連れしたまえ。」

「は、只今出迎えを向かわせております。」

 修一の出迎えと言っても、ヘリで来るのでヘリポートなのでそんなに大袈裟な歓待が出来る訳では無いのだが、相手は元此処の長官で中将、失礼があっては成らないとみんな必死で出迎え準備をして居た。

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 ヘリから降りた修一は、こんな大事にして居るとは知らなかったので大げさすぎる歓待であると驚いてしまう。

「何だ?陛下でもお越しになったような歓待では無いか、気にしないでくれ給えよ、こう見えて吾輩はやり残した開発の為に来ただけなのだから。」

「いえ、我々技術開発省は中将閣下のお陰でこれ程の実績を上げて来られたのですからこれでも未だ足らん位であります。」

「あぁ、そう言うの止し給えよ、自分がここに居られなくなった事が悔やまれるでは無いか。」

「井上大佐がお待ちかねです、どうぞ執務室へ直接お越し下さいとの事です。」

「彼は今何をしておるんだ?」

「多分、新しい開発品の整理です。」

「判った、直接向かわせて貰おう。」

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 執務室の戸をノックすると、勢い良く戸が開き、井上大佐が顔を出す。

「中将、お待ちしておりました、今、中将に頼まれて居た最優先開発が上がって来たので此方でテストをしておりました、まぁ、模型に毛が生えた程度の物では有るのですけどね。」

「おお、遂に試作段階にこぎ着けたのか、見せてくれ。」

 最優先で頼んで居たのは、朝鮮半島で採掘出来た事で開発を進めていたウランの運用の為に必要となる、インバーターと遠心分離機、そして発電に必要な炉と炉心に使う制御装置などである、まさか炉と制御装置をこの中でテストする訳は無いのでインバーターと遠心分離機の方であろうと察した。

「こちらが電圧安定装置です、そしてこちらが遠心分離機の最新型に成ります。」

 これが有るとウランをより高純度に精製する事が出来、これは余り作りたくは無いが原子爆弾に使えるレベルにまで精製出来る事を意味している、これで生成したウランを使った発電が出来れば現在の電力事情が著しく変わるのだ。

 日本中に完全に電気を通す為には必要不可欠であった。

 平成令和の吾輩の前世では原子力の安全性が問われ、撤廃の動きも広がって居たのだが、現在の技術では火力や水力、地熱太陽光風力潮力、どれを取ってもあの時代の技術には遠く及ばないであろう為にあれ程の電力は生み出す事が難しいのである。

 手っ取り早く電力を確保する為には原発の開発が最も有効だったのだ、そりゃ未来人としては何とかして様々な方法で原発の運用は避けたかったのだが、そうも行かないのが現状である、せめて津波による崩壊の懸念のない場所に作らせて貰いたいとは思っている。

 原発自体の構造原理は言わば吾輩が初めてこの世に産み出した発電機、あの反射炉の熱を利用したあれと大差ないのである。

 まあ、あくまでも基本構造と原理だけの話だが。

 実際に動かして見たインバーター付き遠心分離機は回転数もより高速になりしかも安定、やはりインバーターを作ったのは正解であった、これが一般の家庭の家電に内蔵されるとエネルギー効率が上がる為に省エネにも繋がったりするのだ。

 何はともあれ、このインバーターと遠心分離機のお陰でウラン精製がより簡単に、安全に行えるようになった。

「よし、ここ迄出来れば問題は無かろう、長い年月に吾輩が書き溜めた様々な設計図製図がこの金庫に入って居る、井上君にならこれを預けられると確信が持てた、この金庫の開錠の仕方を教えよう。」

「私に預けてしまって宜しいのですか?」

「構わん、もう既に吾輩の年収は国家予算を超える勢いになってしまって居るのでこれ以上貰っても使い道が無い、この度、様々な技術の開発研究の為の予算を補助する名目で”益田基金”と言う助成団体を設立した程でな、この技術開発省の予算の3割程もこちらが負担する事で陛下や総理とも話が付けてある、あ、井上君も個人で何かの発明が試作したかったら是非利用したまえ?」

「ははは、御見逸れしました、そう言う事でしたら、もしもすごい発明がこの金庫に埋もれていたとしたら中将の名前は開発者の欄のトップに入れて置きますよ。」

「いや、吾輩はその末席にでも書いて置け、もうこれ以上の印税は要らん。」

 既に凡そ1週間に入って来る収入でそこいらの東京市内の庭付き新築一軒家が普通に即金で買える程度の膨大な収入が有るのだ、そこまで要らん。

 後は、この収入を生かして持てる者の義務をいかに果たすか、これこそが貴族となった吾輩の覚悟で有り絶対必要案件なのだ。

 馬鹿の一つ覚えの様に金儲けばかり考えて甘い汁を吸って置いて何もしない何処かの天下り官僚みたいな事はあっては成らない、官僚主導の政治は官僚が貴族では無い事が最大のネックで有ると吾輩は思って居る。

 人間とは、大した責任は取らないで済むならば出来るだけ楽をしようと考える生き物だ、そして楽になると今度は金儲けを考える、そしてその金儲けとは、自分は楽にふんぞり返っていても勝手に金が入る方法を考えるのだ。

 つまり悪い事を考えるのである。

 これが官僚主導の政治の悪い所だ、しかも悪い事をしても辞任程度で許されてしまう、そこが最大の問題だ。

 辞任した元官僚は天下りをしたり、会社を設立する、会社と言っても実際には殆ど何もしない、元同僚などのコネを使って国から事業を請け負い、下請けに丸投げしてピンハネをするだけのポッケナイナイイリュージョン会社が此処に誕生するのだ。

 これが昭和~令和の間に増え過ぎた為に経済が廻らないのだ、国家予算のみがどんどん膨大に膨れ上がるのだ。

 吾輩が神に消滅させられた年の東京オリンピックの競技場にしてもそうであった、後に某元ダメ総理大臣如きにアワビのようだと指摘されたあの有名な奴の事であるが、ワケの判らない建築デザイナーの案を採用して、とある有名四角い会社の10作目RPGに出て来る競技場ソックリのパクリな上に建築設計上かなり無理のあるデザインだと指摘されて発注を掛けた直後にキャンセルして見たりしてキャンセル料で数百億もの金を無駄に使うと言う事態に陥りかけて見たり、新たに公募して決定したデザインも予定の額を大幅に超えてしまったり、ポッケナイナイが公然と行われて居る証拠では無いかと呆れてしまう。

 因みにその時の訳解らん建築デザイナーに発注したとされる他国に既に完成して居た建物も軒並みその無理な設計から様々な問題を起こして居たのも記憶にある。

 兎に角そんなヤクザ紛いな事を平気でやらせる政府がどうかして居るのだ。

 従ってこの時代の貴族社会はあながち間違っては居ないのである。

 万一甘い汁を吸うだけで何もしない堕落貴族が居れば、成果が上げられず社会貢献もしない様な者は軒並み徐爵されて幾何かは資産も凍結されてしまうので貴族ではいられなくなる、当然生活もままならなくなる上に徐爵されたと言う事が悪名となり何時までも付いて来る、これではひとたまりも無いので持てる者の義務は果たさねば成らない訳である。

 しかもこの明治の爵位制度は殆どの場合実力主義な部分が強い、実力が有り義務を果たせる者が殆どであり、この制度は無くすべきでは無いと吾輩は認識して居る。

 政治家の制度にしても今の時代の方が優れている面がある、この時代の政治家は殆どが貴族であるが故に、自分の食い扶持などは自分で稼げるのだ、即ち汚職等もする必要性がほぼ皆無なのだ。

 まぁ、以前に書いた事も有ったがこの時代の政治家たちは皆自分の行動に覚悟があった、何時暗殺されても可笑しく無い立場でもあったが、いつ死んでも何時殺されても良い様に自分の行動の全てに覚悟を持って居る。

 今の吾輩もその覚悟を実行する事が多少であっても出来て居ると思って居る、今では全ての学校に給食制度を設け、益田基金よりその給食費を提供する事で国内全ての児童に勉学を与え、その学力の平均化を図ろうと言う試みを始めて居るのだ。

 大戦以後の所謂職業政治家共は国から支給される給料だけではどうにも物足りないらしく結局賄賂を貰ったりそんな事が横行して居た為にあそこまでの腐敗を招いたのだと吾輩は思う。

 国の運営は本当に国の事を大切に思える爵位を頂いた我々のような者が責任を持って運営する事が望ましいのかもしれないと思う限りである。

 この貴族が運営する国は平等でも自由でも無い等と言う者も居るし、そう言った者達から我々は命を狙われたりもしている、しかし、規律の上に成り立って居らん自由などは自由でも何でも無く、無法者の巣窟で有り只の烏合の衆と何ら変わりは無いのだ。

 吾輩もそうして来た事で、偽善者であるとか、独裁政治の片棒を担ぐ独裁主義者であるとかそんな様々な批判も出てはいるし、事実命を狙われて居るのも確かだが、覚悟さえ出来ている今なら一々気にしていたらキリが無いのも事実ではある。

 だが今の世の失業率と犯罪率の低さが、まぁ未来人の吾輩の貢献によるものも少なくないかも知れんがこの時代の政治が悪くは無い事を証明している。

 久しぶりに派手に脱線したが、話を元に戻そう。

 金庫のカギをまず井上君に預け、ダイヤルの開け方を書いたメモを入れたロケットを渡した。

「この金庫の中には、今君が実験して居た器具やもう一つ頼んであった炉が意味を成す物も入って居るし、完全に新しい概念のエンジンの理論と設計図、自動で方向を変え確実に命中するロケット弾の理論と設計法、そして井上君、君の発見してくれたコレステロール誘導体の有用性、利用法を書いた物もこの中に入って居る、好きに開発したまえ・・・そしてこれは、吾輩が団十郎殿やその他の役者、歌い手などと約束をして居った、映像放送技術の試作品となる電波配信機、カメラ、マイク、そして受信側のテレビジョンと言う物だ、この配信機の出力を上げ、電波塔を立て電波を各地へ向け配信すればこの受信側の機器で歌い手の歌って居る姿や、役者が演じている演目をその場に行かずに見聞きする事が出来る。

 次はこいつを完全に仕上げて国民に娯楽を提供して貰いたい、国民は今次々に起こる戦争に少し疲れ気味だと思う、娯楽を提供せん事にはいつか一揆のような暴動が起こっても可笑しくは無い、ちなみに我が弟の益田太郎冠者が役者を育成して居るので出演者は当面彼を頼り給え。」

 と言って弟の所在を書いたメモと、持って来させた映像配信機等の小型携帯試作、それとテレビを渡す。

「ち、中将・・・、何から何まで・・・今日こそ教えてくれませんか、中将閣下は以前より我々の想像すら超える様な発明を幾つもなさいました、私も初めはたまたま認められた小僧が、等と思った事も有りましたが、これ程の事を成し遂げる方であるとまでは正直に言って思って居りませんでしたしこんな事が普通の人に出来る筈が無いと思って居ます、しかもあの鼻歌、どう考えても普通では無いと思って居ます、自分でもこの結果に至りながら半信半疑ですが、閣下は未来から来たのでは無いですか?」

「とうとうそこに気が付いたのか、そうだ、吾輩は実は、今より凡そ百数十年後の未来より逆行転生をした未来人だ、俄かには信じがたいと思うが、事実そうなのだ、しかし鼻歌に関してはノーコメントだ。」

「やはり、そうでしたか、しかし百年以上後ですか、どんな時代なのですか?」

「うむ、世界は大きな世界大戦を2回経験し、成熟に至るも、小さな小競り合いは絶えず、未だに対立もあった、しかし比較的平和な世ではある、人々は自由に航空機で世界中を旅行出来、月にすら足跡を付ける事に成功して居る。

 人工知能を持った二足歩行型の機械人形が有ったりもする、今からは想像もつかない世界になって居る。」

 そしてこれから起こり得る公害などの悲劇、そしてそれに対する対策を転生後の吾輩がして来た事や世界に向けてもその悲劇が繰り返されないようにする為に情報を発信して居る事、少子化問題、人種差別問題等、令和の時代に成っても未だ解決して居ない問題等も全て井上君に話した。

 最後に、吾輩がどのように転生したのかは話そうと思っていたが止める事にした。

 そうこうして居る内にすっかり夜も更けてしまったが、彼は吾輩の思いをしっかり受け取ってくれたと信じている、吾輩の技術開発に掛けた熱意を引き継いでくれさえすれば、あの金庫の中身は全て井上君、そしてその後進の者達にとって大変有意義な物となるだろうし、それらを彼等なら上手く開発運用してくれる事であろう。

 彼らは吾輩の育てた愛弟子であるので信頼している。

 実は中には何かあった場合に陛下へと宛てた手紙や遺書、遺産の配分を記載した書類も入って居る、何でこのような事を言い出したかと言うと、元々この吾輩の体は死産して居る筈の者であるが故、長くは持たないらしい、最近調子が宜しく無いのだ。

 北里君にも診察して貰って見たが、多分白血病の類では無いかと言われた、今の時代の医学では骨髄ドナーを見つける手段も無いし、何時までもつのかも判らない。

 そもそも骨髄移植等と言う治療法自体が確立して居ない。

 だから今のうちに吾輩の後輩達にやり残した物を預ける事にしたのである、今のうちに開発してしまいたい所では有るが空軍に移動になってしまった為にそうも行かないから仕方が無い。

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 夜も更けた為に今日は吾輩に用意された休憩室で夜を明かす事に成ったがその深夜、突然に起こされる事と成った。

「何があった?」

「は、対馬県総合基地より緊急連絡が大本営に向けて届いたのですが、孫文(スンウェン)と言う清国人が馬頭琴を携え5歳位の子供を連れて亡命して来たそうで、是非益田殿に取り次いで貰いたいとの事でしたので・・・」

 どう言う事であろう、孫文と言えば中華民国のあの孫文であると思われるが・・・5歳位?

 年代的に言って、つまり其れは後の蒋介石では無いのか?

 そもそもが孫文と面識が無いとは言わないが、以前に保護しただけで、ましてや現時点で5歳の蒋介石などもっと面識が無い。

 良く、献上品や贈り物として、楽器としてだけでなく芸術的価値も高い馬頭琴を手土産にすると言う話も聞くので、恐らくその馬頭琴はそう言う代物なのであろうと言う理解は有るが、何故陛下では無く吾輩なのかが理解できない。

 と言うか歴史上孫文と蒋介石が出会うのは中華民国が立国してからであると認識して居る、何処で歴史が変化したのか判らないが、しかし多分その組み合わせ、そして亡命とはそう言う事なのだろうとは理解出来る、しかし一番理解出来ないのが何故吾輩なのか、である。

「良かろう、明日の早朝、相模野空軍基地より対馬県総合基地の臨時滑走路へ飛び立つ、あちらで用件を伺うと伝え給え。」

「は、了解いたしました、そのように通信致します。」

 また睡眠時間が削られる訳だ。

 すぐさまヘリを飛ばし今晩中に相模野空軍基地へ戻る事にした吾輩は、何か心に引っかかる物を整理し、考えて居た。

 何故吾輩なのだろう、何故陛下では無かったのだろう・・・

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