第62話 機動防御戦
機動防御戦
1903年 1月
ロシア軍は満州南部を進軍し遂に遼東半島を手中に収めた。この半島は戦略的に重要な拠点になる旅順港を伴う為、我ら大日本帝国側としては何としてでも奪還せねば成らない所であった。
満州と言っても、この時代の満州とは満州国の事では無い。
満州と言うのは清国の”満州地方”と言う括りである。
所謂、要は日本の関東地方みたいな感じである。
朝鮮国の北部と隣接するこの満州は、正にアジアを手中にしようとするロシアにとっても最も重要であり、全力を持っての大攻勢を行って来ていた。
朝鮮半島北東部の海上に艦隊を終結させたのもこれを支援する為であった。
そして目の上のたん瘤となる大日本帝国軍に南朝鮮を占領されて居た為に旅順はこれを挟み撃ちする為にも非常に重要であった。
だが、予想以上に日本海軍の動きが早く、ロシア第一、第二艦隊はこの北朝鮮東部海岸沿いに張り付けられていた。
‐モスクワ-
レーニンは相変わらず怒鳴り散らしていた。
「何故我が軍の主力艦隊を二艦隊も導入して居てつい30年前まで半世紀以上前の兵器しか持たなかったような後進国の艦隊が抜けんのだ! 海軍は揃いも揃ってポンコツか!」
「しかし同志書記長閣下、どう言う訳か我が軍の艦砲が届かない距離から日本の艦隊は普通に撃って当てて来るのです、完全に釘で打ち付けられたように動きを封じられてしまったそうです。」
「馬鹿な事を言うな、貴様まで可笑しくなったか?
我らが主力艦隊の砲が届かない距離から当てて来るだと?ふざけるな!」
「冗談や適当な言い訳などでは無く、本当にそうなのです!
どうもあの益田とか言う小僧の仕業に違いありません、あの技術者を葬って奴の発明を盗み出せれば、我らは何処にも負けない軍事国家となる事でしょう!」
「ふむ・・・かの、元神童か・・・良かろう、既に暗殺部隊を投入してはいるが未だに仕留められない益田の暗殺にこれまで以上の戦力を投入するとしよう、早速暗殺部隊と諜報部を手配しろ!」
「は、お任せを、同志書記長閣下。」
「ふむ・・・技術開発か、そうだな、言われて見ればこの時代に戦車が有れば相当なアドバンテージになるのでは無いか? おい、技術開発部を呼べ。」
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-朝鮮半島北東部・海上-
益田修一少将自らが運んで来た回転翼機部隊が到着した為、早速、回転翼機への補給を急がせていた。
この膠着した戦況、恐らく陸軍も進軍して居る筈であり、何処かで接敵して居る事であろう。
もはや一触即発状態、何時開戦となって即応出来る様にせねば成らない為である。
『こちら八咫烏一番機、給油完了致しました! 操縦手、射撃手、共に命が有れば出撃可能です、提督に命令権をお預けいたします。』
「了解した、では間もなく戦線の布告が成されると思われるので第一大隊は出撃、上空にて開戦まで待機、第二大隊は別命あるまで各艦上にて待機せよ。」
『第一大隊了解。』
『第二大隊了解。』
「各艦に通達、開戦次第順次砲撃開始、雷撃艦は魚雷発射準備。」
「提督、第一潜水艦隊より入電であります、我到着セリ、我到着セリ、であります。」
「おお、来たか、何とか間に合ったようだな。」
偵察任務に当たっていた第一潜水艦隊がこの戦線へ到着したのである。
「では、潜水艦隊に機雷の設置要請を打診、終了後は直ぐに退避するように連絡をせよ、尚、当連絡は超長波にて発信する為電文で伝えるように。」
海中の潜水艦に連絡を取る為には海中にまで到達する事が出来る超長波である必要性が有るのだが、超長波はあまり多くの情報伝達が難しいのだ、従ってモールス信号による通信に切り替える必要性が有るのだ。
相変わらず停滞状態が続いて居た為、一石を投じる事にした訳である。
暫くすると・・・
「第一潜水艦隊より入電、機雷の設置を完了、既に我らの真下へと移動終了との事であります。」
「よし、開戦次第炙り出して自滅を誘うぞ、主砲一番から三番、装填開始。」
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-旅順港付近-
帝国陸軍偵察バイク部隊は、ロシア軍の様子を闇に紛れて監視していた。
「大本営と対馬県基地司令宛にに至急通信送れ、旅順にロシア軍終結中、以上だ。」
「は、了解しました、至急通信送ります。」
そう、現在は1903年、未だ通信技術を持って居る国は、益田のお陰で手に入れた大日本帝国のみである、暗号にする必要性すら無かったのである。
事実、この旅順は相当に重要と見ていたのであろうロシア軍は、現存清国軍艦船の鹵獲に留まらず、早速技術職迄引っ張り出して新造艦の建造迄始めていた。
「我々は引き続き、この港を監視し続けねば成らん、この通信機と言う物は本当に素晴らしい発明だな、益田少将閣下にはもう誰も頭が上がらんのでは無いか?」
「そうかもしれませんね、隊長、そもそもこんな箱で何で大本営ほど離れた遠い地と会話が出来るのかともしも聞かれてもさっぱり解りません。」
「だよな、儂もそんな質問されても答えられんぞ、そこは自信を持って言える。」
「た、隊長、そんな所に自信を持たれても・・・」
「仕方なかろう?本気で判らん物なのだから。」
「たしかにそうですね、そうなんですが・・・」
本気で謎ばかりが深まってしまう偵察兵達であった・・・
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現在対馬県には、次々と新たな部隊が転属配置となって現在総勢38師団が在籍していた。
先行して居る第一~第六重歩兵師団、第一~第六装甲車両師団、第一第二機甲科師団、第一第二砲撃師団、第一回転翼機大隊、第1~第4補給大隊を入れると総勢凡そ55師団で、現在の大日本帝国陸軍の凡そ半数程が終結して居る事と成る。
現在徴兵は進んで居るが未だ教育と訓練が足りて居らず、予備役が多いのである。
もう少し早い段階で修一の意見を汲み徴兵を始めて居ればこの倍は集められたであろうが・・・
そして遂に基地司令より命が下る。
壇上に副指令が上がる。
大型拡声器のマイクを手にすると。
「傾注! 現在ロシア軍は清国満州を広域に渡り占領しつつ旅順港へと至った模様である、これより、基地司令より我々に激励と命を賜る、一同気を付けぇい! 指令に敬礼!カシラ~なかっ!」
基地司令官が登壇し、敬礼のポーズを取り全部隊を一周するように見渡して述べる。
「はい休め、えー、現在先行して居る部隊の後方を支援すべく、随時出撃を開始!目標は旅順港である、かの港は恐らく既にロシア軍の支配下にある、これを奪還すべく、開戦次第攻撃に出る、各師団順次各師団長の引率に従い出撃するように、各員の健闘を祈る、以上だ!」
珍しく演説の短い司令官でこの基地はある意味で幸せかも知れない。
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先行進軍中の第一戦闘群(仮称)は、進軍中のロシア軍の姿を捉えていた、しかし、それは相手にとっても同じであった。
そしてその戦力は、第一戦闘群の実に12倍程の代軍勢のロシア軍によって、退路を今まさに塞がれそうになって居た。
開戦を未だか未だかと待ちわびる両軍であった。
馬に引かせた大砲と、トラックで進軍するロシア陸軍に対し、装甲車と戦車で構成された大日本帝国第一戦闘軍、帝国側の戦車と装甲車、装甲車に搭乗中の重装歩兵と、火力は相当な物であったが、この物量差はいかんともし難い所であった。
しかしそれすらおとりで、離れた小高い丘から180㎜自走榴弾砲が既に狙いを定めていたのである。
第一戦闘軍指揮官は、装甲車によるかく乱と戦車の火力による打撃を含めた機動防御戦闘と言う新戦法を編み出して居た。
まず遠距離砲撃による敵部隊の分断、そして装甲車両の最高時速90㎞/hにも及ぶ速度によるかく乱、車載の18㎜重機関銃による撃滅、そして戦車の火力による打撃、そしてトドメに、戦闘車両より飛び出す重歩兵による残敵の掃討戦である。
丘の上の見晴らしの最も良い場所に陣取った指揮官車両より無線で指令が飛ぶ。
『砲兵隊、応答せよ。』
『こちら砲兵隊、どうぞ。』
『開戦と同時に敵主力後方へ一斉砲撃、分断する、その後、効力射にて足止め、尚、装甲車両及び戦車部隊に誤射しないように十分注意されたし。』
『砲兵隊了解。』
『装甲車両隊、応答せよ。』
『こちら装甲車両、どうぞ。』
『開戦次第、18㎜重機関銃一斉掃射、装甲車両の機動力を利用して敵部隊をかき回して無力化。』
『装甲車両部隊了解。』
『戦車隊、応答せよ。』
『こちら戦車隊、どうぞ。』
『前方の敵部隊を20㎜重機関銃と105㎜ライフル砲で殲滅、かく乱任務の装甲車両への誤射には十分留意して行う事。』
『戦車隊了解。』
装甲車両内に潜む重歩兵はそのまま待機である。
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そして程なく、宣戦が布告される事と成った。
宣戦布告文を読み上げるロシア陸軍部隊長、その直後、騎馬兵達が第一戦闘軍を包囲戦と走り出した、此方はこちらで包囲されない様にしつつ敵戦力を削り落としていくだけである。
『砲撃開始、繰り返す、砲撃開始、各部隊作戦通りに行動せよ!』
ついに開戦となった日露戦争である、そしてこれが世界初の機動防御戦術である。
砲兵も訓練通りの素晴らしい精度で砲撃を放ったようで、見事な位置に着弾、後続部隊を分断する事に成功して居た。装甲車両部隊はロシアの騎馬兵よりも速い速度で走り翻弄して居る。
そして圧倒的な火力を持って前方の敵をせん滅して行く戦車の105㎜ライフル砲、当然戦争なので此方にも被害は出るものの圧倒的な物量差をどんどん引っ繰り返して行く。横転した装甲車両からは重歩兵達が飛び出して戦線に参加を始めた、無反動砲を撃ち、自動小銃で迫り来る騎馬兵をバタバタと落馬させ、銃剣でとどめを刺して行く。
我が帝国陸軍は確かに圧倒的であった、が、しかしロシア軍の物量はそれを差し引いてあまり有る物であった、徐々に包囲網は狭まり、弾薬も底を付きかけたその時、援軍が何とか間に合ったようだ、装甲車両を大分多く配備したお陰で、第8装甲車両師団が最前線となって居たこの場所へ到着したのであった。
すぐさま補給に下がる第一戦闘軍、そして第十一、第十三装甲車両師団も程無く到着した事で、戦局は一気に大日本帝国へと変化する。
流石に弾薬切れでは勝てるものも勝てなかったのでまさにギリギリの攻防であったと言える、が、機動防御戦の初の戦果としては華々しい物であったと言っても過言では無かった。
後にこの機動防御戦術は、第一次大戦のドイツが見出した遅滞戦闘術なのであるが、ここに一人の史実では名も無い一人の司令官によって確立される事と成ったのである。
やはりこの辺にも、悪魔共の手が入ったとしか思えない変化が有ったと言えよう。
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-旅順-
八咫烏師団第1大隊は、ようやく見えてきた旅順港を攻撃するべく移動中であった。
『八咫烏第一より総司令へ、間もなく旅順港上空へ到着する、攻撃許可を求む。』
『こちら指令本部、八咫烏第一、宣戦は布告された、到着次第攻撃を開始せよ、繰り返す、到着次第攻撃を開始せよ、以上。』
『了解、これより攻撃行動へ移る。』
此方も世界初になる戦闘ヘリによる航空攻撃が開始するのであった。
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