第56話 番外編その5・服部浩江

           番外編その5・服部浩江

 私は服部浩江、本名服部浩司。

 現在、帝国軍諜報局局長にして、我が国の最高峰要人帝国軍技術開発庁長官益田修一准将付き護衛官よ。

 ちょっとした失敗からこのかた、私の体には私以外の意識が存在して居る。

 その名はサタン、魔王よ。

 何でこんな事になったかと言うと、少し過去に遡ってお話しなければならないでしょうね。

 1898年頃から、やけに私のお気に入りの修ちゃんを付け狙う輩が増えたのよ、それはもう、海外よりの刺客もだけど、何でか日本人まで様々だったわ。

 修ちゃんのお陰で世界一便利な暮らしが出来る世の中になったと言うのに修ちゃんを殺そうなんてロクな考えでは無いのは良く解るので、それは当然海外よりの刺客と同様に秘密裏に処理するのが私の趣味・・・もとい仕事。

 その日も、早朝からやけに執拗に屋敷に侵入を試みようとする輩が多く見受けられたわ。

 当然ながら私と、もう一人私が腕を見込んで連れ歩いて居る部下の二人で警備をして居たわ。

「浩江お姉さま、西外壁をよじ登ろうとして居た者を始末致しました、帝国軍人のようですので、恐らく、旧自由党の残党でしょう。」

「あいつらにも困ったわよねぇ、我らが修ちゃんの理想は完全民主主義、あいつらが求めている理想と同じ筈なのに何だって陛下に気に入られて居るってだけで修ちゃんを付け狙うのかしらね、きっと手柄を自分の手元に引き寄せられないからって妬んでるんだわ、って言うかあんなに駆逐したのに未だにこうして沸いて来るって、ゴキブリ並みのしぶとさよ、まったく。」

「それもそうですが、もう当初の目的からかなりかけ離れた行動も目立ちませんか? かなり変質してるように思えるのですけど・・・」

「そうねぇ、一度潜入して内側から破壊して見るしか無いのかも知れないわね・・・」

 そんな会話をして居た時だったわ。

 屋敷の警備員が、修ちゃんが作って私達との連携が取れる様にと渡してあった警報を鳴らしたのよ。

 急いで駆けつけると、そこにはロシア人と思わしき白人の1個中隊が壁をよじ登っている最中だったわ。

 投げクナイで牽制をして、立ち向かうも、奴らはかなりの手練れの様で、音の出ない圧搾空気で弾を撃ち出すピストルを持って居る、一番厄介なタイプ、恐らくロシア諜報部員だったわ。

 それにしても今までとは全く別と言って良い程戦闘力の高い別次元の相手だったわね。

「お姉さま御免なさい、やられました。」

 腕をナイフか何かで切り付けられた私の部下が2人、恐らく刃に塗られていた毒で力尽きた、私は未だ死ぬ訳にも行かないし、彼女達よりも身体能力は上なので一人、また一人と倒して行ったわ。

 そして最後の一人をと思って、修ちゃんにお願いして特別に打って貰った少し短めの刀、櫻不知火(さくらしらぬい)で切り伏せたと思った次の瞬間、背後に殺気を感じて振り返ると、部下が倒して居た内の一人がナイフの刃だけを撃ち出して居た、まさかナイフの刃が飛んで来るとは思って居なかった私は、咄嗟の事で避けそこなってしまう。

 毒に対しての耐性を多少は持ち合わせていた私でも、どうやらこの毒は私も知らない物のようだわ、廻りも早い上に、神経毒の一種の様であっと言う間に体の自由を奪われて行く。

「し・・・修ちゃん、御免なさい、せめてこいつだけでも・・・。」

 最後の力を振り絞って、自爆用に持って居た手投げ弾の信管を抜いて放り投げた。

 しかしその手投げ弾は炸裂せずに突然開いた変な空間へと吸い込まれたわ。

 私は毒で幻覚でも見ているのだろうと思って絶望したものだったわ。

 でも次の瞬間、驚く事が起こった。

「ふっふっふっふ、あなたは今まで良くあの者を守って下さいました、脆弱な人の身でありながらあれ程の功績、尊敬にすら値しますよ、あなたの体はすでに死んでしまい、魂だけで今この場に存在して居ます、ですが、貴方の肉体とその不屈の魂を欲しているお方が居ります、その方を貴方の肉体に宿らせればあなたはその未練を残す事無く現世へと戻れる事でしょう。」

「一寸待って、いきなり捲し立てられても困るわ、あなたは何者?」

「わたくしですか、わたくしはさるお方のコンシェルジュとでも言いましょうか、あなた方の言葉に直しますと、そうですね、悪魔と言うジャンルに当たりますが・・・貴方はあのお方に器として認められたので、特別に自己紹介致しましょう、我が名はベルゼブブ、偉大なるサタン様の右腕にして六大魔王が一柱です。」

「意味が解らないわ、その魔王がどうして修ちゃんに興味持ってるのよ。」

「彼は我々が、100年以上先の未来より過去の世界に送り込んだテストケース、人間を見捨てた癖に気に入らなければ粛清だけすると言う神に抗う手段として、我々が送り込んだ者、未来の科学者、それが彼です。」

「そう、未来の世で、神は私達人間を見捨てて居るのね。」

「正確には、70億人を超えた人類を一々面倒見切れなくなったと言う所なのでしょうが、それはそれで横暴であると私たち悪魔は考えて居ります、それが証拠に神々は見捨てようともこうして私達が人の味方として立ち上がった訳です。」

「悪魔が一体何が目的なの? 裏が有るのでしょう?」

「それは当然、表があるのに裏が無い訳は有りません、流石にサタン様が気に入られただけはあってあなたも相当頭が切れるようですねぇ、素晴らしいです。」

「で、どんな裏がある訳?」

「サタン様のお気に入りのあなたにはお教えしても宜しいでしょう、この時代で、新生児の死産や、臨月前の流産の確立をご存知でしょう?

 その無駄に生まれた魂が我々悪魔の所望する物、未来の世でも相当数の魂が無駄に生まれ、死産、流産、生まれてすぐの両親による虐待に依る死、この様な無駄な魂が常に生産されては廃棄されて行く、これは何時の時代でも変わりませんでした。

 魂を糧としている我々悪魔としてはこれを頂けるのならば幾らでも人に味方しても良いと考えたのですよ。」

「つまりあなた方は私達の味方と言う認識で間違って無いのね?」

「当然で御座います、貴方様が擁護する益田修一はかつて、西暦2021年に、ある発明を成し得てしまったが為に”神々の秘め事”と言う禁忌に触れてしまい、理不尽に抹殺されたのです。

 そこを私共悪魔が、魂が消滅する直前に隔離し、この時代へと逆行転生させたのです。

 その彼が私共と契約をした以上、我々は彼を守る使命を持って居りますし、同じように彼を守って下さるあなた方には我が主サタン様も非常に興味をお持ちになったのです。

 ですからこれはアフターサービスとのような物ですね、利害も一致しますので貴方様に損は無いのでは無いかと思いますが。」

「で、私の体に入る悪魔と言うのは、その大魔王サタンで間違いないかしら?」

「流石で御座います、察しの良い方との会話は非常に有意義だ、此方の意図をも汲んで下さるとは、成程サタン様のお眼鏡に叶うだけの事はありますねぇ、実に有意義です。」

「修ちゃんはとにかくあなた方の庇護下に有るのね、そして私に手伝いをしろと、その代償として私を生き返らせる為にサタンが私の体に共存するとそう言う事ね。」

「はい、その通りで御座います。」

「と言う事は私も悪魔の力を持つ事になると言う認識で間違い無いのかしら?」

「ええ、大っぴらには使えないでしょうが、大方その認識で間違いは有りません。」

「判ったわ、修ちゃんの為に成るのなら、承諾しますわ。」

 そこへ、黒い炎を纏ったサタンが姿を現す。

「待たせたな、ベルよ・・・話は済んだか?」

 凄い威圧感、こっちの蠅の王とは比較に成らないぐらいの威厳だわ・・・これは本物ね・・・

「は、丁度今、この者から承諾を取り付けた次第に御座います、今すぐにでも受肉を果たせます。」

「そうか、では早速、浩江とやらの魂を我が元へ。」

「は、此方に。」

「貴方がサタンですね、よろしくお願いしますわ。」

「ほぅ、我が威圧に普通は声も出ぬ者が多いのだが、お主は鈴木隆司同様儂と言葉を躱せるとは、良い魂だな。」

「鈴木隆司?それは修ちゃんの以前の名前ですか?」

「おお、そうであった、お主の認識では益田修一であるな、左様、人の魂でありながら我の前で意思を示した者はお前で2人目だ。」

「最後に質問良いかしら?」

「良かろう、何でも申して見よ。」

「私の意識と、サタン、ではやっぱり失礼な気がして来たから・・・サタン様の意識、どちらが前面に出るのかしら?」

「うむ、それは我もお主に無断で意識を切り替えたりは出来ぬだろうな、お互いの承諾を持って切り替える様にしよう。

 そしてお主の意識の時何かの緊急事態が発生した場合のみ我が直接介入出来るようにしてはどうだろう?」

「判ったわ、それで構いません、何時でも融合して頂戴。」

「うむ、では行くぞ、ちなみに融合後数時間はお主が意識を失って居るだろうから我が前面に出るようになる、承諾して置いてくれ。」

「判りました。」

 こうして私の意識とサタン様の意識が融合して行く・・・これにはさすがの私も苦痛を隠せなかった。

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 うむ、受肉はスムーズに終わったようだ、魂の融合の方も順調に進んで居るようだな。

「では、ベルよ、行くぞ、益田邸へ。」

「は、畏まりました。」

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 屋敷内に瞬間移動をした後、修一のいる部屋の戸を開けると、修一は直ぐに気が付いた。

 多少威圧を掛けてはいたが、流石である。

「ひ・・・浩江ちゃん・・・・では無さそうですね、もしかして今話題に上ってる最中の魔王サタンでは有りませんか?」

「うむ、良くぞ見抜いたな、流石は我の見出した人間だけは有る。

 実はな、ベルの眷属との繋がりを利用した能力でずっと貴様の事をのぞき見させて貰って居たのだが、余りにも面白そうなので我もこちらで直に観察させて貰おうかと思って居ったのだが、そんな折、この体の持ち主がお主の暗殺を図る者と相打ちになってしまったのだ。

 そこで、こやつの魂と肉体を確保しつつ、吾輩がこやつに憑りついて背後から見守る事でこやつの魂自体とも合意を取り付けた所なのだ。」

「は、はぁ、もしかして精神回線のリンクが切れたのはその時の副作用か何かでしょうか?」

「それは原因が解らぬが今からリンクを繋げ直す事も吝かでは無い、ともあれ我もこれで受肉を果たしたのでな、貴様の食している旨そうな物を食べられるのでは無いかと期待して居るのだ、是非に夕食にでも招待して頂こう。」

「え?夕食を食べに来たんですか? まあ良いですよ、ベルさんとそちらの方の分もですかね?」

「ほう、お主は余の姿が見えておるのか、余は時限神クロノスである、今は面白そうなのでこちら側に付いて楽しんで居るのだ、余はエーテル体であるので食事は取らぬし要らぬ、余の存在は気にするな。」

「そ、そうですか、それでは、せめて酒でも振舞わせて頂きましょう、お越しになられているのに何も振舞わないのは失礼ですからね。」

「そうか、では一献だけ頂くとしよう。」

「ええ、どうぞどうぞ、多分私の逆行転生にも一役買われて居るのでしょう?お世話になって居る身ですから。」

「ふむ、今時珍しい程に信心深い者では無いか、こんな奴ならば神々の秘め事に抵触すると言うならば逆に奇跡として祝福の一つでも宛がってやれば良かったものを、これはますますこちらに就いて正解だったかも知れぬな、面白くなりそうだ。」

「そうだろう?クロノスよ、もう少し位手を貸してくれても良いのだぞ?」

「ふん、考えておくよ。」

「おい修一よ、クロノスの奴、お主を神格化させて末席にでも加えろと言うのと同義な事をほざいて居るぞ、気に入られたものだな。」

「ははは、それはサタン様達も同じでは無いですか、そのお陰で私はここに居るんですから。」

「ふむ、それもそうか。」

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 修一が提供する食事は、思った通りの美味な物ばかりであった。

「修一よ、馳走になったな、旨かったぞ。」

「また来て頂いて構いませんよ、なんならこの敷地内に社でも建てて祀りましょうか?」

「何だ、貴様、我らまで神格化させるつもりか? この神に反旗を翻した我らを再度神格化させるなど愚の骨頂なるぞ。」

「そうですか?私はそれでも良いと思うのですけど、嫌であると言うのでしたら無理にとは言いません。」

「まぁしかし信仰は力に成るのも事実である、気が向いたら建てて貰う事もあるやも知れんな、まぁ今の所そんな気は無いが留意しておけ。」

「ええ、何時でもどうぞ、立派なの建てますよ、サタン様、ですがそれよりも以前の話で、何時でも飯食いに来てくださいね。」

 なんと出来た人間だろう、クロノスの言う通り、こ奴こそ神格化させて神の末席にでも入れてやる価値のありそうなものだ。

 我にその力は無いのでその限りでは無いが。

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 あれ以来私の身体能力は格段に増している、ここ迄影響が出るものなのね。

 それにしても、何かとんでもない規模の敵が動き出して居るようだわ、修ちゃんの屋敷の周りを30人以上もの殺気を纏った厄介な連中が居るわね、サタン様の力も馴染んで来たようだし、丁度良いわ、試してみましょうか。

 素早く移動し、背後に廻り込む、これも容易に出来た。

 頭の中でサタン殿が何やら声を掛けて来て居る、何かしら?

「良いか、精神を集中し炎を呼び出して見よ、我が権能の一部を使えるようになって居る貴様にはできる筈だ。」

 どんな反則なのそれ、でも面白いからちょっとだけやって見ようかしら。

 集中して、炎よ来たれと心の中で唱えると、驚いた現象が起きる、炎は炎なのだが黒い炎だった。

 その炎は攻撃対象だけを燃やし尽くし、付近には焦げ跡さえ残らなかった。

 何これ、何なのよ!有り得ないわ!とんでもないじゃないの、証拠も何も残らないんじゃとっても便利だけども・・・

 これはむやみに使って良い物じゃないんじゃないかしら・・・・

 それに今の体の軽さならばこんなもの使わなくても遅れを取る事はほぼ無いでしょう、万が一の時の切り札として取っておく事にしましょう。

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 今回襲撃に来ていた勢力は2つだった事が分かった、凡そ8名程を送り込んできた仏蘭西と、残りの20と数名を送り込んで来たのが、露西亜だった。

 これだけの刺客を送り込んで来ると言う事は、何としても修ちゃんを亡き者にしようとして居るのだろう、念の為本人にも報告を入れておかないといけないわね。

「報告するわよ、ロシア連邦が何やら怪しげな動きを始めて居るわ、気を付けて。」

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 浩江もおかしいと薄々感じ取って居るようだ、これは何か背後で暗躍して居る物が居るやも知れぬな、ベルに調べさせよう。

「お呼びでしょうかサタン様。」

「うむ、何やら異様なまでの執着で修一を暗殺しようとする者共が居るのでな、何か裏がありそうな予感がするのだ、ロシア帝国を調べろ。」

「御意、直ちに行って参ります。」

 数日で状況が粗方判ったようで、ベルが戻って来た。

「ご報告申し上げます、レーニンと言う人物がどうも指揮を執って居る様なのですが、奴はどうにも普通では有りません、魂が二つに割られた痕跡があります。」

「ふむ、それは胡散臭いな、クロノスよ、力を貸すと言って居ったな、今こそ貸して貰おうでは無いか。」

「おお、良いぞ、丁度暇もてあそんでいた所だ、調べてやろう、恐らくは天界か、それに準ずる何者かが関与して居るのだろう、サタン、お前にどうにか出来る話では無さそうだからな、俺がその辺りも力を貸してやる。」

「すまんな、助かる。」

「俺も中々気に入ったのでな、あいつは。」

「はっはっは、修一の面白さがわかって来たか。」

「ああ、多くの人に関わるよりアイツ一人で十分な程に面白い、あいつなら手を貸してやっても良い、では行って来るぞ。」

 何だか、私が体を貸している間に随分と状況が動いて居るわね・・・

 でも流石は修ちゃんだわ、悪魔も神も味方に付けるなんて、驚く程の人たらしだわ、むしろ、悪魔も神の一種と考えたら、神たらしって所かしら?

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