第52話 留学生

           留学生

 1899年 3月

 吾輩は妻と共に横須賀へと来ている。

 この港にアイリーン、もとい、この時系列でのイリーナが到着するからである。

 イリーナは以前に日本へ来た時に日本語に興味を持ったと言う理由を付けて母国へ戻った後も勉強をしたらしい、お陰で流暢に日本語を喋れるようになって居ると言うので妻とも仲良く会話が出来る事だろう、非常に楽しみである。

「修一さん、まだ少し寒いですわね。」

「あぁ、そうであるな、お腹の子に触るといかん、これを羽織って居なさい。」

 と言って自らの羽織って居た外套を肩に掛けてやる。

 妻は現在妊娠3ヶ月、一番大事な時期であったが、どうしても出迎えに着いて来たいと言うので連れて来たのだが、やはり留守番をさせておいた方が良かったかも知れん。

 一応益田化学の”あったカイロ”を2つ程渡してあるので極端に体を冷やすような事は無いと思う。

 其れより三十分もすると、船が港へと接岸を終えたとのアナウンスが流れる。

「ようやく接岸が終わったようだな、乗客の下船が終わるのは後20分程だろう、寛子、寒く無いかね?」

「お陰様で大丈夫です、楽しみですわ、修一さんの生徒に会えるだなんて。」

「吾輩の生徒と言っても、寛子と同い年なのだがね、とても賢い子なので、直ぐに君とも仲良くなれると思うぞ。」

 そのような他愛の無い雑談をして居ると、そこへ。

「先生?

 お久しぶりです。」

 イリーナが大きな荷物を抱えて寄って来た。

「おお、イリーナか、思った以上の美人になったな。」

「お世辞頂いても何も出ませんよ?

 それより、もしかして此方の方が奥様ですか?

 お綺麗な方ですね、初めまして、ドイツ帝国よりやってきました、イリーナ・ティルピッツです、父はアルフレート・ペーター・フリードリヒ・フォン・ティルピッツ海軍司令官です。

 この度は私の留学のお手伝い頂いて有難う御座います。

 本当にご迷惑では無いですか?」

 日本人と然程も違わぬ様な見事な日本語を使って居るので流石に吾輩としては苦笑するに至る。

 それにしてもちゃんと聞いて居なかったので気にしてはいなかったのだがドイツ海軍省のトップになる人物の娘として転生して居たのか・・・

「あ、そうだ先生、後日、日を改めて父がご挨拶に訪問したいと言って居りました、大丈夫でしょうか。」

「ああ、大丈夫だよ、此方も序でなので軍のトップ達との会食でもご用意して置こうか。」

「私としてはそこまでしないでもと思いますが、恐らく父は日独通商条約で事実上の同盟国の日本軍とは仲良くしたいと思ってますので望んで居ると思います。」

「だろうね、ではそのように、何時でも対応が利くように手配しておこう。」

 執事がイリーナの荷物を預かり、車へと運んでいく。

 妻とイリーナが談笑しながら執事と吾輩の後に続き、車へと移動をする。

「ああ、そうだイリーナ、何か食べたい物は有るかね?

 今晩は君の歓迎会だ、食べてみたい物とか、好きな物があったら言い給え、うちの抱えのシェフに用意させよう。」

「そうですね、お勧めの和食でも有ったら食べて見たいです、メニューはお任せしますわ。」

「それじゃぁ、すき焼きはどうかしら、修一さんが生食出来る卵を作らせているのでうちか卵を卸している今半以外では食べられない物ですよ?」

「そうなんですか?それは楽しみです、奥様は私と同い年とお聞きしましたが、お幸せそうですね。」

「はは、君は未だなのかね?」

「私は以前此方に来た時に知り合った合衆国の男の子と文通してますけど、進展は無いです、今の所。」

「ははは、相変わらず彼は奥手なようだね。」

「まぁ仕方ないです、彼はお父上の手伝いで忙しそうだし。」

「そう言えば彼の父君って・・・」

「はい、トーマス・エジソンさんですよ。」

 やはりそうであったか、恐らく今頃彼は、トーマス・エジソン・ジュニアと名乗って居る筈だ。

「やはりトーマス・エジソン殿だったか、彼が日本へ来た時に、吾輩がお相手させて頂いた事が有るのだが、益田の名字を大層驚いて居たな、彼が必至で探し求めていた電球のフィラメントは吾輩が先に確立してしまって居たのを気づかないで素材探しに来日したのだが、現物を見せたら愕然として居たっけ、”君はゾロアスター教の英知の神、アフラマズダ-なのか?”とか言われたぞ。」

 実際、彼はフィラメントを確立した後に電球にマズダと言う名を付けたと言われているのである。

 吾輩が先に作ってしまったので電球は海外ではマスダと呼ばれるているので殆んど呼び名が変わって居なかったりする。

 今ではそのフィラメントも既に竹からタングステンへと変貌を遂げているが。

 車に揺られながら雑談に花を咲かせて居たが、我が家に到着したようだ。

「これが先生のおうちですか?

 まるでヨーロッパの貴族の居城だわ。」

「ははは、一応これでも吾輩も貴族なのでこの位はな、執事に君の為に空けた部屋を案内させよう、ベッドやティータイム用のイスとテーブルも用意してある、自由に使い給え、洗濯物等はメイドに預けてくれれば良い、それと、温泉では無いのだがちょっとした井戸水を沸かした温泉のような風呂も、男湯女湯で別けた大浴場が有るので何時でも使ってくれ、とは言え風呂に浸かる男は吾輩と、湯加減や清潔度を見る為に入る我が家の執事長位のものだから心配には及ばんがな。」

 吾輩はこの家を作る時に温泉でも出たら有り難いと思って深く掘ったのである、残念ながら出たのは温泉では無く冷泉であった為に飲み水として使う井戸水としても活用して居るが風呂には沸かさねばならなかった、ここは少し痛い所では有るが致し方ない、どうしても何時でも入れる大きな風呂が欲しかったのだ。

「お風呂にいつでも入れるんですか?素敵です、早速入りたいです。」

 船の旅ではそうなるのも無理はない。

 何時か航空機での旅が出来る時代を吾輩が作ってやろうと思う次第である。

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