第38話 日清戦争・開戦
日清戦争・開戦
少し遡り、1893年 12月
前回爵位を頂いた件の後、小官は陛下の相談役として認められたために皇居への出入りを顔パスになって居た。
これは有難い事だった。
政府と海軍の暴走で勝手に駐屯していた海軍を引かせる指示を出して貰えそうである。
とは言え、開戦を余儀無き物とされてしまった日清戦争である、上手く立ち回らないと帝国本国が危機に陥ってしまう。
陛下にお願いするだけでは無く、厄介な政府内部の強硬派を懐柔、もしくは強制的に制御する必要はあるだろう。
先ずは海軍大将閣下へと連絡を取ってみる事にした小官は海軍総督府へとやって来て居た。もちろん事前にアポイントは入れてある。さらには陛下の勅命と言う大義名分を頂いた書を持参だ。
「益田大佐、入ります。」
「入りたまえ。」
「失礼致します、お久しぶりで有ります。」
「ああ、久しぶりだね、益田君、今日はどういった要件ですか?」
「実は、朝鮮の駐屯部隊を引き上げて頂きたくお願いしに参りました、この通り陛下の特使証明書も持参で参りました。」
と言って陛下の代理としての勅命を受けた証明書を見せる。
「ははは、君は何処まで出鱈目なのかね?
陛下にまでもそこまで信頼を得て居るとは驚くしかあるまいよ。 だが、政府の取り決めで駐屯したのだ、儂が勝手に撤収させる訳にも行くまい。」
「ええ、判っております、小官の考えるシナリオはこうです、恐らく朝鮮は未だに国内を統制し切れない状態にある情勢は周知の事と思いますが、多分、近い内にこの状況ですと、大きな暴動もしくは有力人物の暗殺もしくはそれに準ずる事が起きると思われます。
当然清国は出兵して来るでしょう、そして我が軍の駐屯軍と対峙する事と成る筈です。
そうなった場合恐らく、駐屯陸軍は宮殿を防衛する選択をすると思います。
その後宣戦布告が行われた場合、陸軍を回収して速やかに居住区の邦人共々撤収して下さい、朝鮮国が最大の戦地に成る筈ですので、一度退却をして体制を整える必要性が有ります。」
「それは陛下のご意向なんだね?」
「はい、戦術予報は小官の描いた物ですが、陛下は賛同され、尚且つ支持を取り付けて下さいました。」
「判った、秘かに話題の陸軍の装甲車両とやらを少し海軍にも拝借させて貰えるかね?
邦人居住区の住民を避難させる為には必要と思われるのでな。」
余り早くに出すつもりは無かったが、こうなってしまっては致し方が無いだろう。
「ええ、何時でも出動が可能なまでに訓練課程を終わらせておきます。
15人搭乗可能の装甲車両18両しか手配出来る可能性が有りませんが足りますか?」
「流石は松岡殿が認めた神童と言う所か、18両では少々少ないかも知れんが、何とかしようでは無いか、陸軍部隊もしっかり回収させて見せよう。」
「よろしくお願いします、その後の作戦も有るのですが・・・・」
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1894年 6月
海軍大将である西郷従道(さいごうじゅうどう) (つぐみちと読む場合も有ります、こちらが正しいとされているが、本当はこの名前自体も間違いと言う説もある。) は困惑していた。
⦅参ったのぉ、こうも見事に益田君の予想が的中するとは、このままだと本当に宣戦布告が成されてしまいそうだ、むしろ我々からする羽目にすら成りかねん。
松岡殿もそんな所が有ったが、流石に此処まで見せつけられたら儂も認めざるを得ないだろう、恐らく彼こそ松岡殿の後を継ぐべき人物なのではないだろうか。⦆
そりゃそうである、未来人であり、かつメンサ会員でも有った頭能を持つ益田修一にはこの程度の事は予測ですら無い、記憶の範疇で有り朝飯前なのだから。
余談だが、先の海軍大将 (未来人、松岡) が遺言で指名した為に大将に抜擢された彼だが、史実ではこの時、未だ彼は大将にはなって居ない、中将であったとされて居る。
13日
伊藤首相よりの呼び出しに応じた従道は、修一の事を信じて朝鮮撤兵を上申するも、伊藤首相の意志は固く、撤兵はせず清国を牽制せよとの命に渋々同意をせざるを得なかったが、陸軍大将山縣有朋との協議の結果、一度は首相の言う通りにしておいてから作戦通りに兵を引く方向で合意するに至る。
山縣有朋、西郷従道両大将は、もはやここまで益田修一の予想通りの展開になっては彼はまさに神の使いであると言う確信に至って居た。
陛下の彼への絶大なる信頼も頷けるものであった。
従道は首相の命に表向きは従い、殿を努めさせる為の混成第9旅団を朝鮮へ再上陸、4000人からなる部隊を防衛に向かわせつつも、裏では益田修一提案の作戦を発動するに至った。
7月、遂に益田修一の発案の命令を発動。
「第一作戦、第二作戦、発動せよ。」
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「第一作戦、受領致しました、当艦隊は速やかに実行に移ります。」
未だ存在を知られて居ない隠密艦隊である、壱番艦”昇龍”弐番艦”青龍”参番艦”白龍”肆番艦”炎龍”の四艦による第一潜水艦隊は、清国最大の軍港である大連軍港及び天津軍港を閉鎖すべく行動を開始、両港へ二艦づつに手分けをし機雷を全弾、両港湾口に全放出後台北港に寄港中の清国軍艦隊を睨みつけるべく那覇港へ入港、補給後に台北へと向かう。
開戦直前には、大連軍港及び天津軍港は、各100個から成る機雷群によって事実上封殺されるに至る。
いつの間にか設置されていた機雷郡に、清国海軍は地団駄を踏み指を咥えて見て居るしか無くなってしまったのだった。
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「第ニ作戦受領、当艦隊は速やかに作戦準備に取り掛かります。」
「第ニ作戦受領致しました、第一装甲車両大隊、第二装甲車両大隊は速やかに第一揚陸艦隊へと搭乗致します。」
史実では存在しない強襲揚陸艦二隻と補給艦1隻から成る第一揚陸艦隊及び、同じく史実には存在して居ない二つの装甲車両大隊が命令を受領、朝鮮国日本人居留地へ向けて出港する。
此方の部隊の目的は、日本人居留地の邦人及び、駐留陸軍を収容、本国へ一時避難させる目的である。
此方は少なくとも宣戦布告前に居留地の邦人の収容は済ませたいものだ。
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台湾は、清国よりの開放を望んでいた、罪人の島流し等に使われた挙句、化外の民であると揶揄されるにまで至って居たものを情勢が傾くと突然の様に押しかけてきて港を占拠、これほど都合の良い扱いも無い訳である。台湾としては当然ながら清国本土と決別するべく、大日本帝国へと保護要請を送った。
台湾に関して言えば、清国本土より切り離して考えられた年月の賜物か、独自の統治を行って居た実績も有るので、朝鮮国よりもずっと一つの国として扱っても問題は無さそうである。
陛下は台湾国としての独立もしくは、大日本帝国への編入の何れかを島民達に選択させる方針を決め、清国よりの離別支援を行う旨を全軍へ命令した。
史実ではこの時点で台湾国は清国統治下として日本軍に対して反抗をするのだ。
しかし清仏戦争の後から日本への支援を求め、実際に支援を受けてきた今の台湾はむしろ駐屯清国軍への反抗作戦を開始、堪らず台北軍港より脱出した艦隊は、大日本帝国艦隊に完全に包囲され、即座に白旗を上げて降伏する事となるのだった。
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8月2日
清国が日本へ対し宣戦を布告、それに伴い日本からも宣戦を布告するが、台湾国は既にほぼ大日本帝国へ落ち、無理に出港しようとして天津及び大連の両軍港港湾口には軒並み清国フリゲート艦が沈没、港湾を塞いでしまい身動きが取れない状況に成る。
海路を絶たれた清国は陸上より朝鮮国へ兵を送り込む。
既に居留地の日本人は避難完了しており、残す所は宮殿警護等に当たって居た帝国陸軍数個大隊のみとなって居た。
「第一装甲車両大隊で有ります、陛下勅命の指令をお伝えいたします、第三師団及び混成第五師団は速やかに兵を引き上げ、第1第2装甲車両大隊の支援で全軍退却、体勢を立て直すべしとの事で有ります、歩兵の皆さんは急ぎ我が隊の車両への搭乗を開始願います!」
「何だ?どうなったと言うのだ?戦況を説明せよ。」
混成第五師団長が説明を求める。
「只今此方に向けて、清国は大規模攻勢を仕掛けるべく随時大軍を陸送中で有ります、帝国軍側は清国への台湾の反抗独立運動を支援すべく台湾に戦力を終結させている為、一度朝鮮国は捨て置かねば物量により押し返されるは明白、成れば逆に引き込んでおいて台湾より取って返した部隊で一気に包囲するとの事であります。
取り急ぎ、勅命を受諾し撤退を開始して頂きたい。」
「了解した、朝鮮国要人は保護して宜しいか?」
「要人の保護は可能であるとの事ですが、強制はしてはならないとの事であります。」
「了解した、これより朝鮮国要人の保護及び第三、第五師団の撤退を開始する。支援を頼む。」
「は、お任せ下さい、この為に編成された大隊で有ります、全て守り抜いて見せます。」
かくして、全軍の撤退が開始されたのだった。
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~清国陸軍~
史実では海軍の支援で4000人程の兵を送っただけだった清国陸軍であったが、海軍の支援が見込めなくなった途端、総力を挙げて朝鮮国へと進軍した、それだけ日本に舐められてばかりではプライドが許さなかった。
その数総勢200万、何処からこれだけの人員を集めて来たのかと言う程の大軍勢だとの触れ込みであった。
「見よ、日本陸軍が撤退して行く、物量が不足する日本は所詮我らの前には無力なのだ!押せ押せ!押し返せ!何者も我らを止める事など出来ぬのだ!」
異様に士気の上がった清国陸軍が進軍を続けて居た。
触れ込みとは裏腹にせいぜい20万の軍勢ではあった、だがそれでもかなりの大軍隊、しかもこのプロパガンダのお陰でとち狂った民兵やならず者が合流してしまった為、後方へ行く程統制はまるで取れてはいなかった、民間人を襲うもの、略奪する者、無差別に銃を撃ちまくる荒くれ者、まさに清国軍は百鬼夜行の如く暴れ回った。
宮殿を放棄し撤退した日本軍を一度は朝鮮人民達は恨みに思ったが、それ以上の異様なテンションの清国陸軍に恐怖し、ある者は日本軍に同情さえする様になっていた。
こんな鬼畜の相手をしなければ成らないと思ったら逃げ出しても当然だと・・・
一部の民衆と朝鮮軍は、国王及び要人を保護してくれた日本軍を出来る限り無傷で逃がそうと奮起するが、10倍以上もの大軍の物量には敵う筈も無く蹂躙されるのみであった。
益々自らの強さを目の当りにしたように錯覚した清国陸軍達は容赦ない蹂躙を開始、無抵抗な者にも銃を向け、女と見れば性的乱暴をすると言う統制の無さで皆殺しにして行った。
その光景はまさに地獄絵図であった。
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~後日談~
揚陸艦へと撤退を終えた帝国軍は、速やかに離脱を開始、保護された閔妃とその従者達は、燃え上がる首都を言葉も無く涙を流しながら見つめていた。
閔妃とその従者達は、当面東京府へと移送され、来賓扱いで保護される事と成る。
居留地の日本人は、陛下の尽力により個人の意思を尊重した職業への斡旋を受け、各自自分の出身地や希望地への居住を許されたのだった。
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-修一はと言うと・・・-
小官は浩江ちゃんの言葉が気になって居た。
〖あの子には気を付けなさい、何者か私にも判断付かないわ・・・〗
一体どういう意味なのだろうか、自ら調べて見る必要が有るだろう。
折角ほんの少し恋心を抱いて居た小官であったのだが、前世の一件のお陰で慎重に行動して居るつもりなのだ、色々やらかしたが・・・これでも。
突っ込み入れられたら返す言葉も無いほど色々やらかしちゃったけどな。
気を取り直して何時もの酒場の戸をくぐる。
「あ、い、いらっしゃいませ。」
桜さんが出迎えに来てくれた、やはり控えめで大人しい、だが髪をアップにしてウエーブを掛け、顔を良く見えるようにしたら間違いなく絶世の美女と確信出来る、俯き加減で中々顔をこちらに見せてくれないのだがちょっとした一瞬に見える表情が無茶苦茶良いのだ。
彼女は小官よりも一つ年上であったが、とても控えめなその性格も小官は気に入って居たのだが、何故にこの娘が謎なのだろう。
益々判らない。
「桜さん、今日は貴女にお聞きしたい事が有ります。いくつか質問をさせて下さい。」
「あの、どのような・・・」
「貴女はご家族は?」
「私は孤児でしたので、田舎のお寺で育ちました、東京へは、住職さんにご迷惑を何時迄も掛ける訳にも行かないと思い、ここに来れば仕事が有るかと上京致しました。」
「これは申し訳の無い事をお聞きしてしまった、すみません。」
「い、いえ。」
「話し言葉は随分と標準語のように聞こえるのですが、ご出身はどちらに成るのですか?」
「会津の山の中です、小さい山寺で育ちました。」
「そうですか、その寺の名前をお教え頂ても宜しいでしょうか?」
「あの、修一さんは私を何か疑ってらっしゃるの?」
「いえ、そう言う訳では有りません、もしも小官が貴方を身請けするとしても、小官は貴女を育てて下さったその寺のご住職にはせめてご挨拶に伺わねばいけないではありませんか、ですから少しでも貴女の事を知りたいのですよ。」
よし来た!とリリスは思った。
「そうでしたか、私を身請けして頂けるんですか?」
「一応、そう言う方向では考えておりますよ。」
小官は、これでうまく正体がわかれば良いのだが・・・と考えを巡らせる。
リリスは人に化けると、その能力を大幅に制限されてしまう、ほぼ人間と変わらなくなってしまうのだが、そうまでして修一を誑し込んでまで、自分に振り向いてくれないサタンのお気に入りのおもちゃを壊して少しでも自分に意識を向けて欲しかったのだ。
「私の育ったお寺は、慧日寺(えにちじ)と言う小さなお寺です。」
すると小官の耳元で浩江ちゃんの声がする。
「直ぐ調べるわ、ここ迄引き出してくれてありがとね、一太郎ちゃん。」
何処に居たんだ、今・・・相変わらず驚くべき隠形術だ。
こうして夜は耽って行く。
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後日、小官のデスク上に調査報告書とやらが置いてあったので確認するが、慧日寺と言う寺は、明治7年に廃仏毀釈によって既に無くなって居た・・・明らかに辻褄は合わなかったのだ。
この事実によって、益々謎は深まってしまったのだった。
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