第37話 開戦前夜

           開戦前夜

 1893年 1月

 東京府は元旦早々から正月気分では無く、地震からの復興の為に目覚ましく動き続けていた。

 今回の火災と地震の二度の災害は、史実よりも早めに引かれて居た近代水道のお陰で最小限の被害に収まったと言う部分も多い、ポンプ車や人力ポンプと水道の連携のお陰である部分がかなり大きかったのだ。

 航空機からの海水散布も有効ではあったものの、4機だけでの活動だったので思う程の効果は得られなかった。

 だが、ポンプ車との連携で何とかなった感じではある。

 そして東京湾中央埋め立て島は、一部の液状化により一時閉鎖、復旧作業をしなければ危険と判断した。

 海外よりの留学生達は、小官の機転と彼らの持ち前の賢さで授業を終了し、地震の僅か2日前に留学過程を終了、出国を果たしていた、お預かりして居るお子様達なのでそれを災害に合わせて命を奪う訳には行かないからなぁ・・・危なかった。

 そんなさ中、史実では1月17日に合衆国軍がイオラニ宮殿を包囲、合衆国へ吸収合併されて失われる事に成る筈のハワイ王国から、大日本帝国へとリリウオカラニ女王の新しい婿を頂けないかとの要望があった、どう言う事かと問い合わせると、ハワイ王国は史実よりも大日本帝国への依存がずっと多くなって居たのだった。

 史実だと、合衆国への吸収、ハワイ王国滅亡後7か月で、ジョン・ドミニスも謎の死を遂げる。

 恐らく、歴史上死因は明記されて居ないが、王国滅亡の後にその陰謀を隠蔽する為に暗殺されたのでは無いかと思って居る。

 何と哀れなジョン・ドミニスであろうか。

 ところが小官が変えた新たな歴史では、この度そのジョンが本性を現し、リリウオカラニを殺害しようと、彼女に襲い掛かろうとしたところを近衛兵の日本製の銃により、射殺されたのだ。

 合衆国としては隠蔽をした程だったので乗っ取り等と言う陰謀は無かった、彼の独断であったと言わんばかりに沈黙を守る。

 従ってこのリリウオカラニの日本への要望を止める者は居なくなった。

 ハワイ王国の独立国としての存続を提唱していた天皇陛下は、親族より選出して天皇家との血縁を結ぶ約束を取り付ける事となった。

 ジョン・ドミニスとの間には子が無かったリリウオカラニ女王は今度こそは世継ぎをと考えて居たようだが、後に結局子は無く、史実通り女王の姪のカイウラニが即位する事となるのだが、確か史実ではこの1月17日に事実上退位した後直ぐにカイウラニが継承して翌年23歳の若さで死亡して居るので、これも恐らくは暗殺だったのだろう。

 リリウオカラニはこの後、子が出来ない事を理由に生前退位、カイウラニがその後を継いだのであった。

 当のカイウラニも5歳の時に天皇家一族より、当時13歳だった山階宮定麿王(やましなのみやさだまろおう)所謂後の 東伏見宮依仁親王(ひがしふしのみやよりひとしんのう)との縁談が有った程で、かなり大日本帝国とは縁が有る。

 史実だとこの両名はカイカウラニの逝去により結婚して居ないのだが、この度カイカウラニは逝去しなかったので祝言が上げられる事と成ったのであった。

 これにより日本とハワイ王国は永遠の同盟国と相成ったのだが、それはもう少し後の話である。

 恐らく、第二次大戦でも真珠湾への攻撃は無くなるだろうね。

 大きく脱線したが今後の歴史上の変化で重要な事なので先に紹介した。

 実際に17日には、合衆国強硬派閥によりイオラニ宮殿が包囲され掛けるが、帝国海軍海兵隊により即鎮圧された。

 こうしてハワイ王国は滅亡を免れる事となったのだった。

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 1893年2月

 パナマ運河疑獄が起こり、運河建設業者が倒産、建設を請け負って居たフランスは、黄熱病を恐れて新たな企業が名乗りを上げなかった為に事業を売却に掛けるが、アメリカにもそこまでの大型資本を持ち合わせる会社は、存在しなかった、恐らくこれも小官の所為であろう。

 其処を付いて小官がスポンサー及び、顔繋ぎ相談役となって、〇菱〇井〇友安〇の四大財閥企業の合同建築企業を纏め上げ、四財閥よりCEO含む幹部を構成した合資企業を設立し、パナマ運河事業を買い取った。

 自動的に日本除虫菊のロングラン商品、蚊取り線香が大量に発注され、輸出される事となった。

 金は使うタイミングを逃してはイカンのだ。

 恐らくは、黄熱病の事が有ったのでフランスとしても馬鹿な奴が引っ掛かった位に思って居たのだろう、ホイホイと予想を大きく下回る安値で売り渡して来た。

 まぁ、蚊取り線香が有るとは言っても完璧な防御には成らないので黄熱病は付き物の建設にはなってしまうのだが。

 因みに黄熱病に関しても、北里君に依頼してネッタイシマカの採取から直ぐに始めたので根絶も時間の問題であろう。

 因みに、本来黄熱病の研究に生涯をささげた野口英世は現在17歳、卒業間近では有るが猪苗代高等小学校在学中のはずである。

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 1893年 4月

 自動車の数が増えて来たのでこの新年度よりナンバープレートを世界に先駆けて導入した。

 猪苗代高等小学校を卒業した野口英世は医学を志すも、家には金が無い為に自分を手術してくれた渡部の経営する会陽医院に書生として住み込みで働きながら勉強をしようとしたが、北里博士の留学資金を小官が捻出して現在に至る事は既に医学者の中では有名な話であったらしく、渡部院長に勧められて小官の元へと現れたのだった。

 陸軍省の前で、益田さんは何処に行ったらお会い出来るのかとしつこく食い下がるみすぼらしい姿の訛りの激しい田舎者が居ると小官の耳に入ったのは彼が尋ねて来た翌日であった。

 一晩中陸軍省の前で頑張って居たらしい。

「君ですか?小官に会いたいと言う人は。」

「はい、わんは野口英世ど申しまっす、まんずお願いさあっでやっでめえりますた。」

 ん?野口っつった?英世君っすか? いかんせん訛りが激しくて聞き取りにくいのなんの・・・

「ふむ、何となく想像は付いたけども、小官もかなり忙しいのでね、先ずは結論的に小官に何をお願いしたいのかを先に聞かせ給え。」

 知ってるけど先に言う訳にも行かんだろうしね。

「へぇ、きだざどはがせの留学に出資されだと伺がっだもんで、おらのがぐひもかすていだだげねがと・・・」

 つまり、北里君への出資した事が有名になっているらしく学費を貸して欲しいと、そう言う事みたいね・・・まぁ良いけどね、丁度黄熱病の研究も北里君が今やっちゃってるから一緒にさせてやりたいと思うしな。

「用件は判りました、しかし君には才能は有るかも知れないが少し無鉄砲では無いかね?

 かなり激しい会津訛りが有るようですし、こんな遠路を東京府まで何の用意も無しに飛び出して来るなんて。」

 実際に彼は黄熱病の研究の為に飛んだ先で自分が掛かってしまって亡くなって居るのだ、性格上、かなりの割合で無鉄砲な所が大きいと思う。

「まあいい、一緒に来たまえ、北里博士のように成りたいのなら、見せに連れて行ってやろう。」

 と言って北里君の伝染病研究所へと連れて行く事にした。

「北里君は居りますか?」

「これは中佐殿、だたいまお呼び致します。」

 受付嬢の方とも数回は顔を合わせて居るので顔パスである。

「良くお越しに成りました、中佐。」と言って北里博士が現れる。

「今日は君に会わせたい、と言うか会いたいと言う子を連れて来た。」

「ほう。」

「まんず夢のようだ、コレラワグチンさつぐったひどだべな、こんひどは。」

「紹介しよう、野口英世君だ、彼は医学者を目指して会津からわざわざ東京府へと出向いて来たらしい、小官に君のようにお金を貸してくれないかと無鉄砲にも会いに来たのだ。」

「成程、私の時と同じように中佐殿をいきなり尋ねたんですか。」

 懐かしい出来事である。

 サルファ剤とペニシリンを作った小官に弟子入りをしたいと突撃して来た北里君は小官が自分よりずっと年下の子供であった事で驚いて固まって居たなぁ・・・

「小官としては、医大を目指すにしても、金が無い彼を君の所で預かって貰えないかと思ってね。」

「私だって中佐にはまだ返しきれない借金が有るんですよ?そこに押し付けますか?」とニヤッと笑いながら北里君は即答で返してくる。

「はっはっは、君の借金は今後チャラにしてやっても構わないのだ、むしろ小官に返す位なら、君の様に医学を目指す者を育てる為に使って欲しいと思って居る。」

 ここはお互い様、後進の為には出資を惜しむなと言う精神である。

 実際、北里君の研究所のお陰で小官にもますます収入が増えて来て居るのも事実だし、そんなに返して貰う必要性を感じては居なかった。

 この辺で、後輩を育てる方向に目を向けて頂けると小官としても願ったりなのだ。

 何なら、かなり早くなるが例の大学病院を建てる資金を出してやっても良いと思って居る。

「成程、中佐殿らしい考え方ですね、後進を育てる事に関しては私としても考えて居りました、私が齢取って動けなくなる前に良い後継者が育って居ると有り難い所です、この子は私がお引き受けしましょう。」

 兎に角こうして、住み込みで働きながら医学を学んだ野口英世は、偶然にも小官の事を知り、医学者への近道を登る事となった。

 しかも既に黄熱病の研究を始めて居た北里博士の元で、研究生としてだ。

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 この時小官はずっと忙しく走り回る毎日であったが為に、政府の変化に気が付いてはいなかった。

 これまでは穏健派が優勢だったのだが、小官も気が付かないうちに強硬派が大頭して来て居たのだ。

 これによって帝国海軍は1891年より朝鮮国へ再び軍を駐屯させる事になって居た。

 それにすら小官は気付かなかったのだ。

 航空機の開発に関しても、これ迄ならば兵科技研の開発に口を出さなかった政府より、もっと軍事転用の可能な物が期限までに開発できないと言うのであれば航空機の有用性を認めないとし、航空機開発用資金は打ち切りとするとの趣旨の強硬姿勢な発言が目立って来ていた。

 地震の際の火災の鎮火には、多少ではあったが一役買って居たと言うのにこの有様だ。

 しかし小官の自費でも開発は十分可能なので止める気は無いのだが。

 気付いた時には清国との関係もかなり悪化してしまって居た上、朝鮮国への駐屯理由も小官や陛下の意向とは別の思惑で有ったのは明らかだった。

 清国にしても、朝鮮国への介入もさる事ながら、其れまで、※化外(けがい)の民としてあまり重要視して居なかった台湾の動向までもをしきりに気にするようになっていた。

 当時清国は中華思想の中心部とは離れた台湾を罪人の島流し等に利用して居たり、虐げて居た上に、マラリアやデング等の病気が流行するこの島をほぼ放置状態にして居たのだが、そのお陰で島内では内紛などが絶えなかった。

 台湾では、そのうえに清国が余りにも蔑ろにする為に、大日本帝国がフランス軍と清国の間に割って入り両軍を退けた事を知り、独立に向けて日本に助力を求めようと言う動きが起きて居たのだ。

 其処にも帝国政府は目を付けて居たらしい、海軍を駐留させ、清国海軍と小競り合いを繰り返すようになっていた。

 ※化外の民とは:皇帝の支配する人民では無い、中華文明に属さない民 と言う意味

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 小官が海軍の台湾進出を知ったのは、北里伝染病研究所(史実では国立なのだが小官がほぼ全てを出資した上に北里君に全てをお任せした事で私立なのである)にデングとマラリアの感染患者が運び込まれた為であった。

 優秀な研究者が育って来て居る伝染病研究所は流石に仕事が早く、両方の患者共に多くの虫刺され後があった事から感染経路が蚊である事までは割とすぐに突き止めた、うっかりパナマの黄熱病の原因を小官が蚊と特定してしまった事にもこれは起因して居たのだが・・・(またやらかしちゃってたみたいです・・・)

 北里君は自ら台湾へと調査に行くと言うので小官は餞別とばかりに蚊取り線香を3グロス程現地へ送り付けた。

 話が少々脱線したが、この台湾進出を知った事で小官も少し情勢をしっかり読み取る必要性に駆られたのだった。

 もしも海軍が暴走するようならば陸軍省から牽制しつつ陛下にもいくつかお願いせねばならない事が出来て来る。

 現海軍大将閣下とも面識は有るが、以前のような関係では無い上に今度の閣下は真面目過ぎる為に政府の命が下れば何も言わず実行するタイプと認識している。

 止められるとしたら陛下よりの勅命しか無いだろう。

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 朝鮮国から又も清国を追い出したいので協力をして欲しいと言う依頼が来ているようだが、今の所は陛下の意を汲んで手出しはして居ないようだが、此方も何時崩壊するかは読めない緊張状態になりつつあった。

 此処まで緊張が高まってしまった上に既に海軍が駐留している以上は、朝鮮国を守る方向で考えねば成らないのは確かである。

 仕方が無いので陸軍からは、第三師団と第五師団を派遣する事になったのだった。

 第五師団は史実とは少し師団編成が変わって居る為、砲科部隊、重歩兵部隊、機動装甲車両部隊、秘かに完成させてあったバイクによる機動偵察部隊、施設補給部隊から成る試験的な混成師団となって居る。

 史実では日本軍混成第九旅団は元から駐屯して居たのだが、壬午の直後解散して居るのでここで再編され新生第九旅団が此処に誕生した。

 宣戦布告が行われた訳では無い以上この戦力でも海軍との合同作戦で有る事も踏まえ装備の差で互角以上に成果は上がるだろう。

 未だ装甲車両は秘密兵器なので参戦はさせては居ない。

 もしも宣戦布告がどちらかからされた場合は参戦させるのは手だ、切り札と言う程では無いが切り札は取って置きであるべきだ。

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 ~参謀本部~

 数年後に参謀本部の独立化を推進する山縣有朋中将と土屋光春近衛歩兵第1旅団長(大佐)が向き合い何やら話していた。

「陸軍中将閣下、あの益田とは何者なのですか?」

「どうしたのかね?土屋君、作戦参謀候補の君が彼に興味が有ると?」

「どうもこうも有りません、どう見ても彼の作り出して居る物は全て一世代以上先の物にしか見えません、何故にあれだけの物が生み出せるのか信じられんのです。」

「成程、だがしかしその化け物染みた知恵であらゆる物を生み出し、先を読む力すら持ち合わせて居そうな彼が味方と言う事だ、何も恐れる事は無いだろう?」

「今はそうであります、ですがもしも、彼の機嫌を損ねればこちらが危険であるとしか毛頭思えないのでありますよ!」

「なぁに、彼は彼が目指す平和な世界と言う奴の為に彼の全頭脳を掛けて彼なりに戦って居るだけだ、戦争と言う狂気を最小限の被害で抑えかつ早期終結する事で彼は理想の未来を築けると思って居るようだからな、その為の力を欲して開発に邁進しておると言って居たのをわしは聞いて居る、我々帝国軍がよほど酷い侵略戦争でも始めない限りは彼がこちらに牙を剥く事は無かろう。」

「だと良いのですが・・・」

「ともかく、彼の事は良き友であった前海軍大将の松岡君より頼まれて居る事でも有る、儂が保証する、君は君の仕事をしっかりやっておれば良い。」

「判りました、私の気のせいと言う事で留めて置く事にします。」

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 小官が仮眠をしようと自室に戻ると、其処には浩枝ちゃんが普通に座って居た・・・鍵は掛かってた筈なのだがなぁ・・・

「待ってたわよ、一太郎ちゃん。」

「人違いです出て行って下さい。」

「そんなつれない事言わないでぇ? 相変わらずなんだから~ん。」

「はいはい、御免よ浩枝ちゃん、最近姿を見なかった所を見ると何か探ってたんだろ? 何か判ったのかい?」

 声のトーンを低く下げて聞いて見ると。

「この部屋は大丈夫よ、すでに私の部下達で固められて情報の漏洩の恐れは無いわ、普通に話しましょう。」

「いつもながら恐れ入りますね、2年前に免許皆伝になった小官の剣の腕でも勝てる気がしない、凄い自然体なのに隙一つ無いんですからね。

 それと、一太郎はもう辞めて下さい、良しなにさせて頂いた海軍大将の名から一字頂いて修一と名乗って居るんですから、今は。」

「私の中ではいつまでも一太郎ちゃんなんだから良いじゃない、其れより、ちょっと貴方気を付けた方が良いわよ?」

「と、言いますと?」

「少し前に陸軍から独立して出来た作戦参謀本部にはどうも貴方を良く思わない輩が居るようよ、それとかなり強硬派が増えて来て居て、陛下も抑え切れなくなって来てるみたいね。」

「強硬派ですか、確かに少々動きが妙だとは思ってました、そう言う事ならば、仕方が無いのである程度は対応が利くあなた方諜報部に少し動いて貰いたいんですが良いでしょうか?」

「あら、諜報部って何の事かしら?」

「浩江さんと小官の仲でしょう? 今更隠さないでも良いんじゃ?」

 と、半信半疑だったが諜報部の存在をかまを掛けてみると、浩江ちゃんはあっさりと白状した。

「一太郎ちゃんには敵わないわね~、何でも御見通しなんでしょう?」

「いやいや、何となくそうじゃ無いかと思ったまでですよ。

 元々小官が提案してた事ですしね。」

 大当たりだった。

「で、仕事って何したら良いのかしら?」

「あまり急な動きで此方から清国へ宣戦布告するような事に成りそうだったら、阻止して首謀者を処分して欲しいのですが。」

 真剣な目で浩江ちゃんを睨むように見ながらコーヒーを淹れる為に茶棚に向き直す。

 形振り構ってる場合では無いのだ、いきなり今年中に、しかもこちらから宣戦布告なんて事に成ったりしたら、清を滅ぼし兼ねない。

 何故ならばこの時代には無い筈の戦車迄すでに我が軍には有るのだ、だがそれはまだ戦争に投入しては成らない、何でかそんな気がするのだ。

 まさに小官が前世で触れてしまった禁忌と同じように、未だ世に出してはいけない物な気がして成らない。

「判ったわ、貴方がそこまで真剣な顔をして言うって事は相当まずい事なのね? 私は貴方の味方だから任せてちょうだい。」

「ああ、申し訳ないね、頼みます。」

 入れたてのコーヒーを浩江ちゃんにも出そうとして振り返ると其処にはすでに浩江ちゃんの姿は無かった。

「何だ、相変わらず神出鬼没な人だな。」

 すると何処からとも付かないのだが声だけ聴こえて来る。

「あ、そうそう、上野の酒場の子なんだけど、あの子には気を付けなさい、何者か私にも判断付かないわ・・・」

 思わず驚きの余りにコーヒーを零してしまいそうになった。

 だが小官にとっては、桜さんはとても気になる存在だ。

 これだけは浩江ちゃんにもわからない謎の人物であろうと引く訳には行かない。

 しかし、浩江ちゃんにも判断できかねるって、どういう事なんだろう・・・

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 1893年 7月

 長らく良しなにして頂いていた英国より打診が有り、日英通商就航条約を結ぶ事に成ったが、近年我が国と非常に仲が宜しくなっていた合衆国が我々も仲間に入れろと勝手にこちらにすり寄って来たので、日英米通商就航条約と言う三国条約が取り決められる事と成った。

 これによって三国の同盟と迄は行かないがお互いの支援等が可能になった。

 そんなさ中、港が少なく海路も危険極まりないドイツが我が国へと、イリーナがちゃんと無傷で帰国した事を絶賛し、是非とも良き友人となって欲しいと言う、何だかあいまいな気がする同盟を結びにやって来たのだった。

 ようやく地盤が固まりそうである。

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 1893年 10月

 陛下に呼び出され、小官は皇居へと出向いた。

「益田中佐、只今参上致しました、陛下に置かれましては御喧噪で何よりに御座います。」

「はっはっは、なぁに、堅苦しい挨拶は良い、朕とお主の仲では無いか。」

「いえ、そうは行きませんよ、これだけの近衛兵に囲まれた中でいきなり第一声からタメ口はいかんでしょう?」

「はははははは、確かにそうだ、朕が呼び立てたのにいきなり目の前で射殺されては洒落にも成らん。」

「よして下さいよ、冗談にも成らないです。」

「少し砕けて来た所で本題じゃ、お主の先見の明は大した物だと思って居るからな、もっとお主の意見を聞きたいのじゃ、其処でだ、何時でも呼び立てられるように、非公式だが新しく爵位をやろうと思うのじゃ、如何かな? もちろん階級の方も大佐に捻じ込んでやる。」

「それは願っても無い好待遇なのですけど、そんなにちょくちょく呼び出されては開発が遅れますが・・・」

「またまたそんな事ゆっちゃってぇ~。」

 砕けすぎだろ陛下・・・

「ですが、他でも無い陛下の御意志ですから、お受け致します。」

「うむ、良くぞ申した、では今よりお主の爵位は、勲一等正三位授伯爵となる。この勲章と階級章を授与する、存分に励むが良い。」

「は、有り難き幸せに御座います、以後爵位と階級に恥じぬよう邁進致します。」

「さて、堅苦しいのはここ迄じゃ、一寸陳について参れ。」

「は、了解しました。」

 陛下の居住エリアに招待された、このエリアは普通は世話役以外の一般人は入室を許可されない。

 世話役の侍女にコーヒーを入れてくれと申しつけた陛下が踵を返して小官に向き合い。

「座ってくれ、いちた・・・いや今は修一だったか。」

「さっきあちらでも少し砕け過ぎな発言が有りましたよ? 二人で話す時にも少し砕け過ぎじゃ無いですかね? 普段から気を付けて無いとうっかりって事が有るんですから。」

「ああもう判った判った、お前は相変わらず遠慮がねぇなぁ、これでも一応お前の国の陛下なんだからよ、そんなはっきりダメ出しするなって。」

 ん?ダメ出しってこんな時代から有った言葉だっけか?まぁ良いか・・・

「あのね陛下・・・砕け過ぎだってば・・・。」

「良いじゃ無いか、俺と修一の仲にかたっ苦しい言葉は要らんの!

 でさ、今日呼んだもう一つの要件なんだけどね・・・すまんかった、抑えきれなんだ・・・お前と約束してたのに海軍が暴走しちまった・・・」

「何だ、そんな事っすか、大丈夫ですよ、史実でも来年辺りに開戦ですからね、歴史の修正力とやらが働いてるんでしょう。

っつーか陛下、一人称まで変わってるってば・・・」

 あ、しまった・・・陛下は小官が未来から転生したの知らないんだった、余りにも会話の砕けっぷりが同窓生みたいな具合だったからつい・・・

「やっぱりね、いつか俺の前では襤褸を出してくれるんじゃ無いかと思ったんだよね。」

「え?今なんと? どう言う事です?」

「俺はお前達の最大の理解者なんだ、天皇家が神々の末裔と言う話を聞いた事は無いかい?」

「それは統治する為の詭弁ですよね?」

「うん、勿論詭弁では有る、だがしかし、君や松岡君もその存在に多少なりとも触れて存在する事は理解したはずだ。

 つまり俺達天皇家の面々は、所謂シャーマンの家系だ。

 そしてお主は未来人だな? 恐らく時限神辺りと手を組んだサタンが連れて来たのであろう?」

「はい、その見解で間違いありません、確かに小官は神では無く悪魔に復活させられました。

 ってか、シャーマン!? そうだったんですか!」

 まさか本人の口からそんな言葉を聞くとは思いもしなかった。

「そしてもう一つ言えばな、神と悪魔は基本的に同等な存在だ、日本の神道の神の中にもな、伊邪那美いざなみ様、伊弉諾いざなぎ様のもう少し上の世代に、あやかしの祖とも言われるお方が存在しておる。悪魔も又神なのだ。」

「そうだったんですか?」

「どちらも一緒だよ、それが証拠に、私が今建立しようとしている神宮を知って居るだろう?」

「ええ、旧加藤邸を改築して神宮にしてご自分をご神体として祀って貰おうとしているあれですね、明治神宮です。

 小官も前世では良く詣でました。」

「うん、それそれ、そうなんだが実は、本当のご神体は私では無いんだ、それは知って居たかね?」

「いえ、初耳です!どう言う事でしょうか?」

「実はな、この国を守るには俺みたいなヤンチャに生きて来たシャーマンじゃダメなんだわ。 力が足りねーのよ。」

 つまり、天皇家が統治を外れた江戸時代と言う時代、あれが起こったのはシャーマンである天皇家が堕落し腐敗した結果だと言うのだ、辻褄は合うので否定のしようも無い。

「そこで・・・だ、罪人として追われ、怨霊となったと言われる天皇を勉強したかね?」

「はい、確かそんな方がいらっしゃいましたね・・・え・・・っと、確か崇徳天皇すとくてんのうですね。」

「正解だ、流石だね未来人、そう、その崇徳すとく様を本当のご神体としてお祀りする!」

 驚きの事実がそこには有った、つまり悪魔を崇拝しようと言って居るのと同じとまでは言わないが、類似した思考がそこに有ったのだ。

「それは、大丈夫なのですか?」

「大丈夫さ、神は確かに我々日本人を作り出した先祖であるが、それだけでは無い、信仰心は神を生み出す事が出来るのだよ。 君は悪魔によって蘇ったと言ったね、それでは君も、その悪魔を信仰して見る事だ、きっと悪いようにはされない筈だぞ。

 それにな、悪魔であろうとも会話をしたと言う事実が有る以上、君には今、シャーマンとしての資質が備わって居る筈だ、試しにちゃんとした環境を整えて話し掛けてみると良い、近くに居る者位ならば返事を返して来るかもしれないぞ?

 一番良い方法は祀って社を建てる事だがな。」

 どうも陛下の言葉とは思えない程のとんでもない事実を聞かされた気がする。悪魔でも悪霊でも、ちゃんとした環境を整えて祀り上げればそれは力を持って居る存在である以上、神なのだそうだ。

 例としては、インドの信仰の神であるシヴァ神は別の宗教では大地を凍てつかせ草木を枯らせる破壊神なのだそうだ。

 日本の神道にも、基本的に天罰や厄災を与えるのが仕事の八十禍津日神ヤソマガツヒノカミ大禍津日神オオマガツヒノカミと言う二柱もの邪神が居るらしい。

 しかしもしもこの二柱を信仰する力が忌み嫌う力を凌駕した場合、この厄災の力を侵略者へとむける事が出来うる、とも聞いた、何とも眉唾で有るとは思ったが、多少は小官も神の声を聞き悪魔と会話をしたのだから信じざるを得ない部分もあるのだった。

 兎に角、今日は貴重な話が聞けたので、小官の懐いて居た疑問も少々晴れたような気がする。

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 1894年 1月

 ロシアとフランスが同盟を組む事と成る。

 とうとうその重い腰を上げ動き始めたロシア、やはり日露戦争は避けられないのかもしれない。

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 1894年 3月

 遂に朝鮮国で日清戦争の火種となる事件が起きてしまう事と成る。

 3月28日 この日、金玉均キムオッキュンが上海にて閔妃の刺客により暗殺されたのだった。

 するとそれに呼応するようにして、翌29日に、甲午農民戦争が勃発。

 壬午軍乱や、朝鮮国内でしばしば発生して居た小競り合い等の不満が一気に噴き出した形になったのだ。

 改革がいつまでも進まないつけが結局は民衆に回って居た訳だ。

 生活も相当苦しかったのであろう。

 後から判明した事だが、壬午軍乱の後、我らが帝国は賠償請求など一切しなかった筈なのに賠償請求額を徴収せねば成らないとして増税を課したのだそうだ、こんな頃からこの国のは行われて居たのか、救いようが無いな・・・そりゃぁ暴動も起きるわな。

 結局この事件で、鎮圧に乗り出す羽目になったのは日本人居住区の防衛をして居た軍と鎮圧要請を受けて進軍してきた清国、結局対峙する羽目になってにらみ合いに成る。

 朝鮮国側は両国に軍を引くように要請するも、清国はわざわざ出向いたのに何事かと軍を引かない。

 帝国軍は清国が引かねば引く訳には行かないと意地の張り合いとなり、どちらも朝鮮国の要請を聞く耳持たない状態となってしまう。

 ここで史実では8月1日に我が軍が先に宣戦布告をして清国がそれに呼応して宣戦布告した事になって居るが、ここは我が軍側がこらえて居た、浩江ちゃんがちゃんとお仕事してくれたのかもしれない。

 少し戻り7月29日

 重歩兵一個大隊が宮殿に迎え入れられ警護に当たる事と成る。

 史実では攻撃して占領するのだが、都合良くこちら側寄りの閔妃が今の朝鮮国の事実上のトップなのですんなり受け入れられたのだ。

 英国や合衆国も清へと撤兵を要請したものの、清は意地で引こうとしなかったため宮殿を死守する必要が有っての宮殿入りであった。

 史実ではこの時代、高宗が国王だった所だが、壬午の後閔妃を立てて支持して居たので高宗を捕らえ大院君を立てると言うまどろっこしい事はせずに済んで居たのは幸いだったかもしれない。

 8月2日

 とうとう痺れを切らせた清国は、宮殿を抑えられた苛立ちから、自ら宣戦布告をしたのだ、史実より僅か1日だけ遅れての日清戦争開戦である。

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