第40話 吃音

 あれは、俺が卒業後、データ打ち込みのバイトをしているときだった。


 この仕事は楽だ。基本的に喋らなくて済むし、人と話すこともないから。吃音症の俺には最適だった。


 …ただ、あの人は違った。


「ねぇ、杉皚くん」


 突然のことすぎてびっくりした。この仕事始めて、話しかけられたのなんて一回もなかったから。


「は、はい…」


 誰だろうと思いながら、声のした方を向くと、そこには如何にも男性が着てそうな服とジーパンを身につけた犬獣人が立っていた。


「ボク、この後暇なんだよねー。良かったらこの後杉皚くんも一緒に遊ばない?」


 と言った犬獣人は、『高瀬奈真衣』と書かれたネームプレートを首からかけていた。確か女性だったか。男性っぽい服装してるけど。


 それよりも俺は、突然の誘いに戸惑っていた。今までろくに会話してなかったせいで、話しかけられたことに違和感しかなかった。そもそも何故俺なのだ、他に人はいるだろう。…しかし、断るのもなんだかな…。


「え、えっと…」


「あ、ごめん。言い方が悪かったね。普通にご飯とか一緒に食べに行きたかっただけなんだけど」


 …尚更すぎる。なぜ俺なんだよ、本当に。いや、別に嫌という訳では無いんだけど…。ただ、とにかく複雑だ。


「で、どう?一緒に行く?」


「あ、い、行きます」


 言った後に気づいた。あ、やべ。と。反射的にで言葉が出てしまった。


「よし決まり!じゃあ行こっか」


「え、ちょっ…」


 そう言った高瀬奈さんは、俺の腕を引っ張って歩き始めた。なかなか強引だなこの人…。


「あ、そうそう。杉皚くんの他にもう一人呼んでるから」


「あ、はい…」


 何故神はこうも俺に歯向かうのだ。人増やすなって。喋るの嫌なんだって。また蔑まされて終わるに決まってる。あぁ、もう、どうにでもなってしまえ、もう。


 ◆


 気づくと俺は、ファミレスに着いていた。そして目の前に高瀬奈さんと、初めて見る顔の猫獣人がいる。…あぁ、遂に苦行のスタートか。


「…おーい、杉皚くん起きてる?」


「あ、は、はい」


「あ、良かった良かった。ずっと黙りだっからさ」


 喋れなかっただけとは口が裂けても言えないな…。そもそも吃音で言えないか。


「あ、自己紹介した方がいいですか?」


 猫獣人が口を開いた。自己紹介…また、俺喋るようじゃんか。…しんどい、正直。


「じゃ、永太くん宜しくー」


「どうも、初めまして。横川永太って言います。宜しく…です」


 横川…くんが少しだけ恥ずかしそうに言った。横川永太。うん、しっかり覚えた。


「じゃ、杉皚くんもお願いしまーす」


 うぅ…結局こうなるのか…。仕方がない、腹括るか…。


「あ、どうも、杉皚幸牙です。…あ、宜しくです」




 …あれ、今一回も詰まらずに言えた…?

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