第19話 本当の恋仲になった時がいいな
まずい、非常にまずいぞ。俺は幸牙の家を知らないまま車に乗せてしまったぞ…。俺の脳内にある脳内コンピュータの解析の結果によると、この場で最も最適な手段は…。
俺の家に幸牙を泊めること。
…え?ちょっと?脳内コンピュータさん?嘘でしょ?で、でもこの状況でそれ以外の方法が考えられない…。そもそも俺、今の今まで割と無意識で運転してたんだけもさ…。これ、自宅に向かってるわ…。
ーー仕方がない、家行きますか。後はもうどうにでもなれ。
~15分後~
あー…。家、着いちゃったかぁ…。俺は改めてこの先のことを考えると、不安でしかなかった。人を家に泊めること自体が初めてなのに、ましてやその相手が自分の好きな人なのだから。しかし、今あーだこーだ考えても仕方がないと自分の中で割り切り、前を向くことを決心した。
取り敢えず幸牙を車から降ろさねば。助手席側のドアを開け、シートベルトを外す。幸牙はまだ寝ていた。にしても、何故幸牙はあそこまで暴走していたのだろうか。やっぱり、精力剤の類でも誤って飲んでしまったのだろうか…?だからと言って何故俺にしてもらおうと思ったのか。出すことくらいなら自分でも出来ただろうに。まず人のそれを触ることすら俺には初めてだったのに。幸牙のそれ、大きかったなぁ…。でも今度する時は、俺たちが本当の恋仲になった時がいいな。
しかしどうやって家まで運べば…。シート取り外す訳にも行かないし…。お姫様抱っこ、しかないよな…。ええい、もうやるしかねぇ。やるぞ、俺。
そっと、幸牙に俺の腕が触れる。腕を膝裏と背中に回す。そのまま、幸牙を優しく持ち上げ、車外に出す。思いのほか、簡単に持ち上がった。俺は尻を使って、車のドアを閉めた。そして、俺の住むアパートの中に入った。
ドア前に立った。ドアの鍵はさっき握っておいたから、幸牙を抱えたまま鍵は開けられる。鍵を鍵穴に入れて回す。ガチャッ、と音を立て、鍵が解除される。ドアノブを握り、回して開ける。俺と幸牙を家の匂いが包み込む。取り敢えずお互いの靴を脱いで、幸牙をベッドの上に寝かせる。
「ふぅ…」
疲れた。精神的にも、肉体的にも。しかし、まだ下に荷物が残っているので、それだけ回収に向かった。俺は少しふらついたまま、車の場所まで向かった。
俺が荷物を取ってきた後も、幸牙はまだ寝ていた。よく考えれば、幸牙の寝顔を見たのは初めてかもしれない。というか、こんなことよく考えなくても分かることか。幸牙、可愛い寝顔だなぁ。完全無防備だから今ならやりたい放題ーー。
ーー何考えてるんだろ、俺。
いや、でも、せめてキスくらい…。だめ?いや、やる。もうどうにだってなれの精神だ。今更何も怖くない。うん。やっちゃえ。
俺はマズルを近ずける。とてもゆっくりとだが、幸牙との距離が縮まっていく。縮まっていくにつれ、俺の鼓動は加速を始める。いよいよ目と鼻の先、と言ったところで、俺は目を瞑った。もう、俺と幸牙の唇が触れるーー。
ーーその時、幸牙が起きていて、目を大きく見開き、物凄い剣幕をしていたことに。
「ぐはっ!?」
俺は幸牙に思いっきり方を突き飛ばされ、後ろ向きに倒れる。そのまま、ベッドから頭から落ちてしまった。俺は後頭部を強打し、半泣きになっていた。
「あ…だ、大丈夫か…?」
幸牙がベッドから顔を出し、心配そうに俺の方を見る。その時、俺は初めて幸牙の心配している姿を見た。いつも無表情で無口な幸牙の新しい一面が見れて、俺は何となく嬉しかった。
「う、うん。何とか…」
後頭部を手で抑えながら起き上がる。まだじんじんと痛みが残っている。俺が頭を抑えていると、突然幸牙が、俺の抑えている腕を掴んできた。
「…え?」
幸牙は、俺の腕を下ろし、代わりに幸牙の手が置かれる。そして、優しく摩ってきた。幸牙大きな手が、俺に触れる。あまりにも優しいその摩り方は、俺の痛みをどこかへと吹き飛ばしてしまった。
「ごめん、痛かっただろ?」
「その痛み、吹っ飛んじゃった」
「なんだそりゃ…」
幸牙が少し笑いながらそう答えた。すると、幸牙は俺の頭をポンポン、と2回軽く叩き、俺の目を見る。そして、素朴な疑問を投げかけて来た。
「なぁ、ここどこだ?」
「あ、ここは俺の家だよ」
「なんで俺がここに?」
あれ?覚えていない…?確かにあの時、意識が朦朧としているようには見えたけど…。というか、あの時既に意識がなかったのか。…まぁあの記憶を覚えていたらいたらで大変なことになっていただろうけど。
「えっと…幸牙が会社で倒れてさ…俺ん家で寝かせてあげようかと思って…」
「…俺倒れたん?」
「あ、やっぱり覚えてないんだ…」
「全く記憶にねぇわ」
「まぁ思い出されても困るけど」
「それどいう意味だ?」
「ごめん聞かなかったことにして」
「お、おう…」
幸牙が言い終わると、短い沈黙が流れた。でもなんだか、今の会話が面白く感じて、お互いに笑ってしまった。夜の街に、俺たちの笑い声が響いた。
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