1-4 令嬢のわがまま
「ごきげんよう。おいしいと評判の精肉店は貴方のお店だったのですね」
次の客は、シャルロッテだった。まさか、彼女が来るとは思っておらず、驚いて、一瞬固まったが、すぐに接客する。
「シャルロッテ様。まさか、ここまで来てくださるとは」
「評判だからと薦められたけど、どれか売ってもらえないでしょうか」
「ええ、もちろんです。では、これとこれを」
そう言って、マリアに包んだものと同じ肉を包む。
「これで足りますか」
彼女はジェダイトの前にある机に銀貨を一枚置いた。彼はそれを手に取ると、包んだ肉の上に置いて、シャルロッテに返した。
「お代は必要ないですよ。シャルロッテ様が召し上がってくださるのですから」
「そういうわけには参りません。銀貨で足りなければ、金貨もあります」
ポケットから五枚の金貨をだして、彼に見せる。その瞳には冷たい視線が含まれていて、見つめられると怖いと感じる。それでも、彼は彼女の持つ金銭を受け取らない。
「サービスですよ。シャルロッテ様だからするわけではありません。この店に来てくれる方、皆にしていることです」
「無料、と言うわけではないでしょう」
シャルロッテは恩を売られるのが嫌と言うわけではない。こういうことはきちんとしていないと気が済まないのだ。肉屋も八百屋も魚屋も、どんな店だって大なり小なり苦労して商品を手に入れ売っている。それをただでもらうなんて恥知らずなことはできない。彼女はそう考えていた。さらに、ジェダイトが狩りをしているのを知っているだけに余計にその想いは強かった。
「わ、わかりました。では、銅貨五枚だけいただきます」
「いえ、銀貨三枚を支払います」
「先ほどより多くなってますよ」
もはや、彼女の信念を再確認させてしまった報いとしてその代金を受け取るしかない。彼もそれを理解して、しぶしぶ受け取ることにした。
「シャルロッテ様。また来てください。今度はもっとサービスさせてもらいますよ」
シャルロッテは自身のやっていることをただの自己満足だと理解している。自分の中にある信念を押し付けているだけだと。そのせいで、親切を素直に受け取れなくて、いつしか色々な人が近づかなくなってしまった。だから、今回もそうなると無意識に予想していたのだ。そして、それが外れるとは思っていなかた。だから、ジェダイトの言葉に驚いたのだ。
「また、来てもいいのかしら。また、こうして面倒なことになるかもしれませんよ」
「構いませんよ。また来てください。そして、こうやってお喋りしましょう」
「ふっ。お喋りって」
ジェダイトから顔を逸らして、噴き出す。彼女は自分に似合わない言葉を使われて、笑ってしまった。
「わかりました。必ず、また来させてもらいます。では、ごきげんよう」
そう言って彼女は店から出ていった。
(アーダルベルトから聞いてたイメージとは違ったな)
彼はシャルロッテの背中を見送りながらそんなことを考えていた。
その後、何人か客がきて、商品がなくなったので、店を閉めた。
「シャルロッテが優しいって、そんなわけ」
「優しいというか、しっかりしてるだけなんじゃないか」
店を閉めた後、学園での授業を終えたアーダルベルトと喫茶店に来ていた。
学園と言うのは魔法を習うことが出来る場所だ。魔法使いの教師が生徒に魔法の基礎から教えてくれる。そういう場所だ。魔法に興味がないジェダイトは学園にはいっていない。アーダルベルト、シャルロッテ、マリアはこの学園に通っている。彼は学園の詳しい話は知らないが、この学園に通っている者は大抵は貴族などのお金を持っている人種だけだ。まれに魔法の才能がある平民も通っていて、それがマリア・サンフラワーだった。
「それはそうだと思うよ。彼女は自分にも他に言う以上に努力してる。それは婚約者の僕が一番知ってることだよ」
「まぁ、そうか」
「と言うか、いきなりシャルロッテの話だったけど、何かあったの」
アーダルベルトは少し眉を寄せて、訝しげにそう訊く。
「僕の店に来たんだ。おいしいと評判の店の肉が欲しいって」
「へぇ、シャルロッテが買い物か。珍しいね」
「珍しい?」
「シャルロッテは基本的に自分で選んで買い物ってことをしないんだ。両親や僕が選んだものをそのまま使ってる。だから、自分で店に出向いてってのは珍しいなって思ったんだ」
「なるほどね。何か、別の目的があったのかもしれないなぁ」
「あー、それはありそう。彼女は頭がいいからね。魔法もすぐに使いこなしてたし。僕なんか、剣術が使える程度で、魔法なんて超能力を通してでしかできないよ」
「それはそれで凄いけどな」
そんな話をして、アーダルベルトとジェダイトは店を出て分かれた。
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