どこかの国の、とある家にて
「それからどうなったの?」
と尋ねられたので、私は現実にふっと戻ってきた。話をしながら夢を見ていたようだった。彼の姿も、血の臭いも、銃声も、生温い風も、何もかもがそこにあるようだった。
「私たちは負けたんだよ」
あれから1か月後に組織がバラバラになって、戦線は崩壊した。むしろよく5か月も持ったものだ。あっという間に都市ごと占領され、私たちは叛逆者として収容された。
「だけど、政府もあっけなく倒れたんだ」
軍隊を維持するための莫大なお金を他国から無理に借りて賄っていた政府は、クーデターによって呆気なく瓦解した。私たちも解放され、独裁政治は終わった。
私たちの戦いはそれからも続いた。戦火によってボロボロとなった街を修復するための資金を集め、少しずつ人が戻ってきて、経済が回るようになるまでに10年はかかった。昔の国の姿に戻るまでには、正味30年を費やした。
孫は少し笑って言った。
「おばあちゃんたちが戦ってくれたから、この国は平和なんだね」
「そうだねえ」
平和な国などない。常に陰謀が渦巻き、内憂外患に脅かされている。けれど、子供にそのことを教えるのは間違っている。子供は理想を持たなくてはならない。大きくなって、いつかそのことに気づいたとき、自分の理想と折り合いをつけることになる。妥協を強いられる。それまでは、子供はどんなに奇想天外であろうとも、理想を持たなくてはならない。若い世代が、未来を作っていくのだから。
しばらく黙って窓の外を眺めていると、また孫が尋ねてきた。
「ねえ、おばあちゃん、おばあちゃんはその人のことが好きだったの?」
その質問には、とっくの昔に答えが出ていた。
「わからない」
私は結局、だれとも結婚しなかった。孫といったが、実際は姪の子供である。家が近くよく遊びに来るので、勝手に孫だと思っているだけだ。
結婚しなかったのは、働きづめで出会いがなかったから。そう思っていたいけど、彼のことは確かに重石として、私の心に常にのしかかっていた。何かが終わるたびに、彼のことを想った。名前ももう覚えていない。というか最初から知らなかった。死に別れた時に悲しまないように、みんなコードネームで呼び合っていたから。
孫は無邪気に問い続ける。
「どんな人だったの?」
「別にかっこよくもなかったし、弱虫だし、無神経だった。いつもなにかに愚痴ってたよ。本当にどうしようもないやつだった。……でも、一緒にいられなくなったときは、寂しかった」
「じゃあきっと、おばあちゃんはその人のことが大好きだったんだよ!」
孫は頬に笑窪を作るぐらいニコニコと言った。私はそれに答えなかった。代わりに抱きしめると、孫はくすぐったそうに身をよじった。
「これだけは覚えておいて。人のために死ぬなんて、そんなことしちゃいけない。死ぬときは、必ず自分のために死ぬんだよ」
小さな子供にあんまりな話をしていることは自覚している。
今は分かってもらえなくてもいい。でも、人が自分以外の誰かのために死ぬことは決して美談ではない。自分の命には、自分で責任を取らなくてはならない。遺していく人々に背負わせてはならない。
よくここまで来たものだ、と窓の外の美しいスカイラインを眺めた。やっと平和を取り戻したこの国で、ぬくぬくと生きていられることが、幸せだった。
空の奥に彼が見えた気がして、私は睨んだ。彼は相変わらず、へらへらと笑っていた。
君のためになら死ねる。 延暦寺 @ennryakuzi
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