第4話 家族の為に
あ。
5秒間の沈黙。
そして、彼女は通り過ぎて行った。
さらさらなショートカットの間から綺麗な長いまつ毛と瞳。一見普通の人なのに何かを抱えているような面持ちに見えたその女性はスタスタと受付の方へと歩いていった。
私はまた飲み物を探して一階をうろちょろとしていた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
声掛けられた。
「大丈夫です。あ、でも、自動販売機どこにあるか知りませんか?」
少年は「そこ。」と指をさした。すると、さっきまで花屋だったところがすっかりと影を消して、ただの廊下に戻っていた。そこにポツリと小さな自動販売機が置かれていた。
「じゃあ。」
と言うと、少年は「良いことをした」とにひっ笑って車椅子をサーっと操作してエレベーターの方へと向かって行った。
それから私は自動販売機で天然水を二本買って青年のいる病室へと歩いた。
コンコンッ
ノックをしてスっと扉を開けた。すると、カーテンがサッと開き、「どうぞ」とパイプ椅子を置いてくれた。もうそこには悲しい顔をした滝川さんは居なくて、さっきのことが無かったかのように微笑んでいた。
「お邪魔します。飲み物買ってきました。オレンジジュースと緑茶どちらがいいですか?」
瀧川さんは「緑茶」を選んで「ありがとう」と受け取り、一口飲んで喉を潤した。
滝川さんが息をついたのを見て、そろそろ兼ね合いだと思い、私は話すことにした。
「滝川さん、改めて自己紹介をさせていただいても良いですか?」
滝川さんは不思議そうな顔をしながら、こくりと首を縦に振った。
「私、死神なんです。」
「…え。」
滝川さんは口をぽかんと開けて塞がらない。
「滝川さんは、一年以内に死にます。」
「…。」
「その、一年以内なので、しっかり一年生きていただいても良いですし、1ヶ月でも一週間でも何でも良いんです。それでですね、私はその人生の終わりの時を決め、終えるまでのお手伝いをする為に参りました。」
「…。」
ついに滝川さんは固まって動かなくなってしまった。
やはり目の前でアニメのようなファンタジーな展開が起きてしまったら理解が追いつかなくて何も言葉が出ないんだなぁ、とつくづく実感した。
「とりあえず、私に出来る範囲で願いや要望を叶えさせていただきますので、思いついたらお教えくださいませ。」
少しすると、滝川さんの瞳からツーっと涙が流れて、やがて涙は大粒えと変わり、嗚咽の混じった声を押し殺しながら静かに泣いていた。
無理やりに呼吸を整えた滝川さんの口から最初に出た一言は「良かった」だった。
「落ち着くのはゆっくりで良いので、無理に話そうとせずに呼吸を整えてくださいませ。」
私はポケットから刺繍の入ったハンカチを取り出して手渡した。
「ずっと両親に何も返せないまま苦労ばかりかけていて、家族の前では笑顔を作るように、何も気にしてないよ大丈夫だよって顔をしてたんです。でも、もうそれもしなくて良くなるんですね。これからは僕のことは気にせずに羽を伸ばせるなら良かったです。僕の最後の一年間を自由に使えるのなら何か家族の為に使いたいです。」
自分だってしたいことが沢山あるはずなのに人のことばかり、周りのことばかりを考えている滝川さんの優しさに心が温かくなった。
「良いですね!やりましょう!御家族の為に!でも、滝川さん、私は貴方にもその一年を楽しんで欲しいです。なので、一晩アイディアを考えるので明日またお話しましょう。」
滝川さんは涙をぼろぼろとまた流しながら頷いて、またと手を振った。
私は扉を閉め、滝川さんの部屋を後にした。
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