第5話 仕事

春の夜は寒い。病室の窓の外で小さな星が真っ暗な夜の中を点々と白く輝いている。吸った息は冷たくて、指先もまだ悴んで震えている。


「はぁ。」


どうしてこんなにも綺麗な星空を綺麗に思えないのだろうか。形だけの心臓がキリキリと傷んでは砕けていく。


あぁ、寿命を終わらせる為のこの時間はどうにも重たくて悲しい。何も感じずに、考えずに、情など捨てられたら楽なのだろうか。


長い長い夜の中で、私は独り。病院内の廊下を歩く足音や機械の小さな音だけが響いている。


「静かだなぁ。」


私にも、家族が居たことはあったのだろうか…。死神になった時に記憶を消されてしまったからもう思い出すことは出来ないけれど少しくらいは愛されていたらいいなあ、なんて。


「家族の為にもなって自分の為にもなるものってなんだろう…。」


まず先に思いつくのはお金だった。やはり生きていくにはお金が必要。けれどこれは不可能だろう。入院しながらお金を稼ぐ術を探すのは難しい。これは保留。


それなら贈り物をするのはどうだろうか。これは結構良い案な気がする。入院中とはいえ幾らかはお金を持っているだろう。小さな雑貨くらいなら贈り物を出来るだろう。


「んー、でもなぁ、何かピンと来ないなぁ。」


手紙…はもう書いていそう。


サプライズ…は体力使ったりするのは難しいだろう。


「んー、中々難しいなぁ。…どうしよう。」


プルルル…(電話の音)


「お疲れ様です、宮野です。」


上司からの電話だった。宮野さんは5年目の死神だがチーフを任される程の実力派だ。それにしてもこんな時間に何の用だろうか。


「お疲れ様です、鈴木です。」


「すみません、鈴木さん。実は今依頼が立て込んでまして、今から言うところに住んでいる坂西 雪子さんっていうおばあさんに終わりを告げてきて欲しいの。忙しいのにごめんなさい、宜しくお願いします。」


慌ただしく動き回っている宮野さんは1年目の時に沢山フォローをしてくれた。最近、不景気や流行病が増えた所為で宮野さんの抱える人数が増えて手が回らなくなっているようだ。


「かしこまりました。すぐに向かいます。」


大変そうだなぁ。私もいつかこんな風に忙しくなるのだろうか。


「ありがとう、お願いね。ごめんなさい、もう行かないと。何かあったらまた連絡してください。失礼します。」


靴を履くと、私は窓から飛び降りて指定された家へと向かった。



──────私たち死神は元は人間だった。


何らかの理由で自殺をした人は死神になる。


本来は転生をして新しい人生を歩むのだが、その前に命の大切さや生き方の柔軟性を学ぶために死神になるのだという。


そして前世の記憶が学びの邪魔になるのを防ぐ為に記憶を消された。もちろん言語等、最低限必要な分は記憶に残っている。あくまで最低限だ。


死神としての生の終わりをいつか告げられる為に、私たちは沢山の人に終わりを告げて沢山の人から架け替えのない儚い何かを教わり続けるのだ。


例えそれが、どれだけ悲しくて辛いとしても。


ただ淡々と終わりを待ち続ける。


それが私たち「死神」の「仕事」だから。









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