セミの鳴き声と日差しのやってくる頃

 7月、文学部の教授のゼミへあおはおもむくことにした。文学部棟は一山分あるキャンパスの一番上にあった。普通の舗装ほそうされた道から外れて丸太階段へと道をそれると20mくらい登れば文学部棟である。棟は老朽ろうきゅう化のため工事で立ち入れない場所もあったが、年々の学生数の減少でほとんどの講義室は空いていた。落下防止網がグレイの建物へと変えているが、もとはベージュ色の窓の少ない建物で、遠めに見るととても明るい印象を持っている。あおは汗をあごの下に滴らせながら、一歩一歩歩みを進める。どうしてこう文学部棟は高く遠いところにあるのかうらむ気持ちがあったが、それはしようもないこととして納得なっとくさせながら、弱音の出てくる前に佐賀を登り切ってしまおうとした。

 木曜の4限目まではあと30分あるが、この最後の200mはつらかったため、あおは少し早めに講義室へ向かうことにしていた。

 昨晩メールでみどりは

「あお先輩、会えるのを楽しみにしています。この間見せていただいた卒業論文と制作品が素晴らしくて、私もあお先輩みたく、いいモノを作って卒業しようといろいろ勇気が湧きました。明日、ゼミよろしくお願いします。先生には話を通しておきました」

 と、送ってきていた。

 しかし例によって時間ギリギリに起きたあおはメールを返しそこねていた。大学の演習講義の手伝いをするのが研究費算出の口実となっているため、あおは研究として教授の助手をし、学部生に制作論の講義をすることもしていたため、この日は朝早くから大講義堂の音響段取りから資料配布、プロジェクターのセッティングと自身の研究に気を配る余裕がなかった。

 あおはどうにか時間を見つけて、みどりへ一つ謝罪を入れて、今日は学部生の前期リレー講義で今月はグラフィック科だったから忙しくてあまり連絡できないとの旨のメールを入れておいた。するとバイブがすぐに響いて、

「わかりました。ご連絡ありがとうございます。大変ですね」と返ってきた。

 あおはまた瞬間、みどりの顔の輪郭りんかくをあたまに描いていた。

 そして、

 ――何故だろうか。      

 と少し違和感のある感情を彼は思わずにはいられなかったのであった。

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