緑の季節

 しかしこんなに人を好きになったのは久しぶりだった。はじめあおにはこの気の持ちようが何だったのかわからなかった。落ち着きが持てないまま部屋の中を右に左に歩き回った。〝なんだろう?〟と思ううちに、しかしすぐにもみどりのことを考えているということに気がついた。だがそうしているうちに、あおは不安になった、みどりはいったいどういうつもりなのだろう? 不思議だ。あれほど毎日やり取りを繰り返していて、ひとつも疑うことはなかったのに、こういう思いに駆られると何一つとして今までのことが嘘のようにも思える。いまは言葉ひとつとってみてもどういうことなのかわからない。大丈夫と言葉が浮かんで、しかし裏切られることを考えてしまう。わかっているような素振りで何か言うのも、非常におかしなことになりそうだ。

 あおは歩いていた。風景には風だけがそこを通るのが分かった。確かにビル群や森があることが見える。そして確かにそうしたものたちが立ち誇っている地べたの上を快活に歩いているのだ。けれども、何にしてもそういったものは彼の眼には入らなかった。眼に映っているのは空だけで、その他に感じたのは、風が彼の身体を吹き抜けていくということだけであった。その日の空は素晴らしかった、風がうまいぐあいに彼の身体を運んでいるからに他ならなかった。しかしそれよりもあおはみどりと会えて、そうした周りの空気のことを感じられる気持ちになったことがその日のすべてだった。

 あおは嬉しかった。ただ単に愉快なだけではない。あおが愉快なことにみどりも愉快になっていたことが彼をそうさせていたのだ。

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