珈琲の湯気が透き通った黒い色を濁して

 研究室に顔を出したところで、顔をそろえているのは大学院生と研究生のみだ。そこに昔を思い起こさせるものはなにもない。

 刈安が久しぶりにゼミに顔を出していた。

 彼は先生と二人して、たったまま会話をしていた。双方ともコーヒーを入れたマグを手にしながら少し腰をしならせて立ち話をしている。

 しかし刈安がゼミに顔を出すのは珍しい、最優秀生である刈安は自身の研究が認められているため、出席を免除めんじょされ、活動とレポート、論文の提出だけあれば修了できた。

「よぉ、あお――、」

 刈安はあおに用があるようだった。メールを送ったが見たのかという。内容は今日研究室に来るのかという質問だったが、寝坊をして急いでジャケットをつかんで飛び出たころには、メールが来たことも忘れて自転車に乗り、通学の道を走ってきた。

「今朝見たが、時間ギリギリで返す余裕がなかった。何か用か?」

藍鼠あいねずくんはどうかなと思って――、」

 刈安が彼女のことを聞く意味があおにはよくわらなかったが、利発りはつそうであったということを思い出して、そのことを話した。――そして頭の片隅かたすみであの色白の肌と口元くちもと、顔の輪郭りんかくを少し思い出した。

 ――綺麗きれいな顔だったと思った。

「――だろう。文芸のゼミで見つけた3回生の子だ。よく本を読んでいるし、エディターとして、かなりいい働きをしてくれそうだ。」

 刈安はなぜみどりのことをあおに引き合わせたのか彼自身にはよくわかっていなかった。ただ企画はあおとみどりで進行して、進めていかなければならないことを考えていた。

うるみは――、どうするつもりなんだ?」

「彼女は感性かんせいはとてもいいよ。少し気移きうつりが多いのが玉にきずだけれど、うまく使ってやってくれ、お前次第しだいではいいものになる。今度の文集は学内でも評判だ。お前の力が試されている。よくやればそれがそのまま修士論文にも使えると思うぞ――」

 刈安はあおの様子をうかがって、今度の企画のやりようを見ていた。彼のゼミの訪問は、あおには一抹いちまつの不安と、みどりに対する少しばかりの好意こういを感じる事象でもあった。

「今日は出ていくのか?」

 あおはなんとなしにたずねた。

「いや、先生とも話せたし、お前とも話せたからこのまま図書館で文献ぶんけんりて帰る」

 刈安はそう言いながらすでに研究室をあとにしていた。

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