side story

会いたいなんて

『真由美さん久しぶり。急に連絡してごめん。一つ頼みたいことがあるんだけど会えない?』


 喫茶店で向かい合う俺と元カノ。真由美さんは俺より3つ上で、今は病院で看護師として働いてるらしい。付き合ってた頃はよくこの喫茶店で、一緒に勉強した。看護学部の分厚い教科書にびっくりした記憶がある。その教科書の入ったトートバックを俺が持って一緒に歩いてた。

 最初は気がつかなかったけど、この席はあの頃いつも使っていた席だった。4人席のテーブル。ここで色々な話をして、別れ話をしたのもこの場所だ。

 今は対角の席に座ってる。


「で、話って何?私忙しいんだけど。新人の看護師ってめっちゃ忙しいんだよ。健くんも働いたら分かる。あとその顔どうしたの?」


 先に来ていた真由美さんが先に口を開いた。せっかくの休日にとても申し訳ない。


「ごめん、時間取らせて。手短に説明するから」


 そうして今の自分のことを話す。病気でもう時間がないこと、それを今の彼女には言いたくないこと、そのために最後までかっこよくいられる様に協力してほしいこと。

 全部、正直に話す。


「……最初は『だからお金貸して』って話かと思った。でも違うんだ。要するに私に君のメイクをしてほしいってわけ?元カノにメイクを頼むってすごいね。美容室に頼むって発想はなかったわけ?」


「ごめん無かった。最初に思いついたのが、真由美さんだったんだ。メイクってどのくらい要るかわからないけど、これで足りるかな?」


 俺は机の上にお金の入った封筒を置いて差し出す。それを真由美さんは、手を添えて突き返してきた。


「こんなに要るわけないでしょ。それにいいよお金なんて」


「いいの?でも俺お金なら困ってないし残しても仕方ないから。あのさ、お医者さんがね俺の病気のデータは、将来の治療に役立つって言ってくれたんだ。なんだっけ、えーと臨床データになるんだって」


「なんで嬉しそうにしてるわけ?なに笑ってんのよ。あんた死ぬんでしょ?意味わからない」


「死ぬってわかってからさ、俺バカなのにさ、小説を書こうとしたんだ。父さんに言ったらめっちゃ高いパソコン買ってくれてさ、もうサクサク動くんだよ。あれでレポート書いたら捗るだろうな。もう書くことないんだけど」


 水を一口飲む。真由美さんは俺の話を黙って聞いていてくれる。


「でも何時間キーボードに手を置いたって全然書けないんだよ。死ぬのが嫌だ。死ぬのが怖い。そういう気持ちに飲み込まれるんだ。俺、何かを遺そうとしたんだ。だけど小説は書けなかった。でもさ俺の臨床データは残るんだって」


「死ぬ死ぬってやめてよ!わかったから……」


 その声に隣のサラリーマンが一瞬嫌な顔をした。でもそんなことは気にも留めない。机が揺れたせいで、コップの水が少し波打つ。


「先に言ったのは真由美さんじゃないか」


「ずるい、本当にずるいよ。……やる。やってあげるメイク。要はその今にも倒れそうな顔を隠せばいいんだよね」


「ありがとう。真由美さん」


「だからさぁ(ずるいんだって)」



 私にもかっこよくしてよ。私にも隠してよ。その子みたいに。

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