覆って隠して願って

土蛇 尚

true story

寒い夜に



「なんで?なんでって聞いてるんだよ」


 真っ直ぐな目で俺をみてくる。俺はその綺麗な二重が技術の成せる技だと知っている。

 言ったことないけど実は一重の方が好き、けどこの子の努力とそれを可愛いと思う感性を否定したくはなかった。


「だから就活で忙しいんだって、由香もだろ」


 外はとても寒くて、コンビニで買った缶コーヒーはすっかり冷たくなっていた。由香の手にも俺が渡したミルクティーがある。知ってるよ。君カフェイン無理だって言ってたけど大丈夫だよね。なんでコーヒーは飲めないとか嘘ついたの?


「私は別れたくない、好きだもん」


 もうそれ言うの3回目だよ。それに君には『だもん』なんて語尾は似合わない。出会った時、俺が知らない事を知っていて俺が出来ない事を出来たよね。


「もういいじゃないか、きっと直ぐいい人見つかるよ。由香は可愛いから」


 由香が持ってるとミルクティーが少し大きく見える。その細くて小さい手が好きだった。少し赤くなって寒さに辛そうな手を包んであげたくなる。でもそれは出来ない。


「いやだから、健君が私のこと嫌いになっても好きだから」


 嫌いじゃないよ。でももう時間がないんだ。俺には時間がない。君の前でカッコよくいられる時間が。




「あと2ヶ月です。進行が非常に早く現代の医療技術では可能性は…」


 歯医者しか行ったことない俺が大学病院で言われたのは余命の宣告だった。最初に浮かんだ事はお医者さんって大変だなって他人事みたいな感想だった。まだ21で社会人として働いた事がない、こんな大変な仕事があるんだなって感想は、俺は何かの職業に就くことすら無く死ぬんだなって実感に変わった。少し時間をおいたら由香のことが頭に浮かんだ。やるべき事を据える。


「分かりました。よろしくお願いします」




そして俺はここにいる。


「送ろうか?」


「いい!分かんないよ。来月は旅行の予約だってしてたじゃん、なんで」


「ごめん、でも就活が」


 ごめん、その旅行は行けないんだ。その頃には歩けなくなってるから。

 由香は歩き出して俺から離れて行く。あのコンビニを曲がればもう見えなくなる。どんなに人が多い場所でもあの後ろ姿は見つけれた。ゲームで話しかけないといけないキャラって光ってたりアイコンが出てたりする。俺には由香がそんな風に見えてて直ぐに見つけられた。講義が終わったばかりの教室の出口でもバカみたいに人が多い夏祭りでも野外フェスの時だって、すぐに見つけられた。

 もうないんだ。


 俺は地面へと座り込む。そして自分の足を手で掴んでみる。もう骨と皮しかない。今が冬でよかった。腕も足も肩もすっぽり冬服が隠してくれる。人生で初めて男のくせにメイクをしてもらった。今日の為に。


 由香生きて 幸せになって

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