父にできること
「1番良いパソコンをください。いくらでも構いません。1番良いものをお願いします」
私は若い店員さんを捕まえてそう言った。この家電量販店に来るのは息子が一人暮らしを始める時にテレビを買いに来て以来だ。あれからまだ三年しか経っていないのに。
店員さんの目に一瞬嘲りが宿る。平日の真っ昼間に如何にも何も分かってなさそうなおっさんが「1番良いパソコンが欲しい」などと言うのだ。さぞ滑稽に違いない。だが不快だとは思わない。
その店員さんが健と同じくらいなのだ。大人を舐めて、小馬鹿にして、痛い目をみて、そうやって息子も普通に大人になっていくものだと信じきっていた。でもその未来はない。らしい。
「お客さま?お客さま?大丈夫ですか?当店ですとこちらのモデルが最もスペックの高いものとなります。相応のお値段になりますが」
「分かりました。それお願いします」
「……承知致しました。では本体保証などありますので、こちらにお願いします。」
買ったパソコンに3年の本体保証を付けた。
パソコンを受け取って店を出る。とぼとぼと平日の街を歩く。パソコンの入った紙袋を受け取った時には驚いた。最新のモデルはこんなに軽いのかと。
その時ふと、どんどん痩せていく健のことを思い出した。頬がノミで打たれたかのように痩けた息子。青になった信号の前で私は棒立ちになって一歩も動けない。動けない。私には何もしてあげられない。お医者様の言葉を思い出す。
「現時点で有効性が確認されている治療法はありません。我々としては経過を見つつ苦痛を和らげる治療に専念していくことを考えています」
最初に診断を聞いたときは、家も車も持ってるもの全て手放してでも、治療を続けるつもりでいた。しかしその必要はないと言うのだ。大部分のケアには保険が効くらしい。そこで父親である私にできることは尽きてしまった。
こんなパソコンに何の意味がある。私には何もできない。
「高かったんだぞ〜良いもの書けよ〜」
「父さんありがとう。そんな急には無理だって。あとさ父さん、母さんを頼むよ」
そうだな。急には無理だよな。だからママをおいて急にいなくならないでくれるか。父さんはいいから、お母さんをおいていくな。
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