不安
次の日から、机の落書きはなくなった。田口がいうには、昨日の滝沢先生の件があったから、誰も落書きをしようとはしないらしい。
きっと内申に影響するのを恐れているだけだ。体裁だけ取り繕う受験生の性。テレビのグルメリポートで聞いたフレーズで例えると、外はパリパリ、中はトロトロだな。オマエラの中には熱くてどす黒いドロドロの悪意が詰まっている。
それでも集会だけは行われ、田口は相変わらず見張り番をしている。
コイツラ馬鹿だ。ボクはわざと殴られたり蹴られたりしてるんだぞ。怖いから抵抗しないんじゃない。堪えて堪えて怒りを増幅させてるんだ。そしていつか開放する。でも集会終了後のボクの身体はボロボロだ。痛い。殺したい。いや、殺す。
そして誰も居なくなった集会所で、田口にメールを打った。
『今日もアレの臭い嗅いでるのか? 堪能してるところわるいけど集会所まで来てくれないか?』
すると田口は一分も経たないうちにやってきた。忠誠心の表れだ。ボクたちはいいトモダチになれそうだ。いや、もうトモダチだよな。
「……大丈夫?」田口は様子を伺ってきた。彼は左足を引きずっている。
そうだった。昨日ボクが刺したんだ。まったく大袈裟なヤツだ。小賢しいことするな。嫌いになってしまうだろ。
「キミなら泣きわめくだろうけど、ボクは毎日のことだから慣れてるよ。それよりキミこそ大丈夫かい?」
田口は刺された辺りを摩りながら「ああ、なんとかね」と言って表情を歪ませた。ボクの痛みに比べたらそんな刺し傷大した事はないだろう。白々しいヤツめ。もう一度刺してやろうか。
ボクは心の中に浮かび上がる『殺』の文字を丁寧に拭い取り田口に訊ねた。
「それで例の件はどうだい?」
すると田口はブレザーの内ポケットに手を入れた。
「寝ないで頑張ったんだよ……」
弱々しくそう言いながら田口は折り畳まれた紙を渡してきた。
「仕事が早いな」
ボクはそれに目を通した。思っていた以上に良くできていた。パソコンで打ち込まれた文字の羅列がB4用紙6枚を埋め尽くしていた。
「これはすごいな」とボクの口から零れた。
「本間とは小学校の時からクラスが一緒になることが多かったから、いろいろ知ってるんだ」
生年月日、住所、電話番号、メールアドレス、家族構成、何から何まで記されている。
「ありがとう、田口。キミは最高のトモダチだ」
ボクがそう言うと、田口は引き攣った笑顔を見せた。
さっそくその日の夜、彼にに田口が調べあげたレポートを見せた。
「へえ、空手初段ねえ。蹴りとかメッチャ痛えんじゃねえの?」
「はい。みぞおちに入ったら息できなくなりますよ」
「ガハハハ! そりゃあ殺したくなるわけだ」
端から見れば男二人が談笑しているように見えるだろうが、実際は本間を殺すために話しあっているのだ。妙な違和感を感じる。
ボクは彼の煙草の煙に巻かれている。煙が滞留して煙たいが必死に我慢する。彼は指先に煙草を挟み、次々とページを捲っていく。すると最後のページで彼は煙草を弾いた。あの時と同じように火の粉を散らしながら落ちていく。遥か遠くにある地面で火の粉は飛び散って消えた。それと同時に彼が言った。
「これだ! 最高の打ち上げ花火が打ち上がるぞ!」
ボクは線香花火のようだと思った。
「コーチ、これ見ろよ。こいつ暴走族予備軍だってよ」
「ああ、そうみたいですね。バイク盗んで乗り回してるようなこと書いてありましたよね」
「ああ、チームの集会にも、ちゃんと参加してるみたいだな」
ボクが思うに、本間は暴走族予備軍だったから、ボクをリンチすることを『集会』と呼び始めたのだろう。ガキ臭い。
それにしても彼は何故、暴走族に目をつけたのだろう。ボクにはピンとこなかった。
当然ボクも田口のレポートには全て目を通し、暴走族予備軍ということは知っていたが、ボクなら敬遠するところだ。ボクなら一人の時を狙う。
ボクは本間を殺した後、他のヤツラにも苦痛を味あわせてやらねばならない。だから本間を殺して終わりではない。捕まってはならないのだ。
確実に本間を殺せて、ボクが疑われない方法を探すために、田口に本間のことを調べるように依頼したのだが、彼に任せて大丈夫なのだろうか。不安だ。
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