1992年5月4日(月曜)多笑、悪童に出会う。 

 などと、多笑に声を掛けてきたのだ。

ここ長田に店を構えてから2年が経っている。女所帯で商売をしていればよくある事だ。多笑は営業スマイルを崩さず、のらりくらりとかわしていた。


「わしのポコチン、ごっつい真珠入っとんぞ。気持ちええど。試してみぃひんか」

オールバック細目が大きな声で言ってきた。

気がつけば硬い空気が漂い、店内は静まり返っていた。

座敷席の上がり框(カマチ)で明美が泣きそうな顔になって固まっている。


「わし、なんや聞いたぞ」

オールバック細目の口は止まらない。

「姉ちゃんわれ、旦那が早ように死んだらしいやんけ。無理すんなや。溜まりに溜まっとんのやろがい。わしが慰めたろ言うとんねん。無視すんなや、こら」


 チンピラグループの1人、パンチパーマで眉が無い男が勢い込んで立ち上がり、カウンターに近づいてきた。

カウンター席に居た4人の客が立ち上がり、左右に避ける。


 多笑は一歩後ろに下がった。

「他のお客さんの迷惑やから」


「何ぬかしよんねん!」

眉無しの声が荒ぶる。

「兄貴が店終わってから飲みに行こうて誘とるだけやろがい! ワレがうん言うたらそれで済むんちゃうんかい、おぉ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る