浮気を黙認した俺は一番冷たい人間なのかもしれない。
綺麗なお花畑「わぁ、キレイ。」
冷たい者
自宅の扉のノブに手をかける。冷たい。
扉を開けてすぐ左にある寝室から何か微かな声が聞こえてくる。
彼女の声だ。
こっそりと扉の前に近づいて声を聞いてみる。
艶めかしい、自慰でもしているのだろうか。
男の声が聞こえる、きっとビデオを見ているのだろう。
俺は現実逃避した。
――――――――――――――――――――――――
「え、もう上がっていいんですか」
「うん、今日この時間から私のシフト入ってるの、店長から聞いてない?」
「聞いてないですね、きっと伝達ミスです、こっちからこっぴどく叱っておきます」
「君はアルバイトだよ、永野君、そんな大きい態度取れないでしょ」
「それを言ったら山野先輩もですよ、けっこう横柄な態度取ってると思いますよ」
「むー」
店長の伝達ミスだったようだ、おっちょこちょいな人だから稀にこういうことがある。
急遽帰れる事になった俺は帰路につく。特に帰り道に寄る所も無かったので直帰だ。
いきなり帰ってきたら
喜んでくれるだろうか、いきなり帰ってくるのだ。
いや、怒るかな?このご時世で夫がずっと家にいてストレスの溜まっている奥さんがいるというのを聞いたことがある。
いや、これは関係ないか。
まあ特に気負わなくていいでしょう。
そうだ、何かスイーツでも買って帰ろう。家でお笑い番組でも観ながら二人で食べよう。
家に一番近いコンビニに寄ってショーケーキが二つ入ったものを買う。
***
鍵を鍵穴に入れて右に回す。
手応えがない。
なんでだ……
まさか空き巣……楓花が、何か事件に巻き込まれているのかもしれない。
下手に勢いよく開けたら犯人にバレるかもしれない。
音の立たないようにゆっくり開けよう。そう、ゆっくり。
――――――――――――――――――――――
浮気か……
初めてされたな……いや、俺が気づいてないだけかも。
初めて気づいたっていう方が正しいのかも。
同棲まで辿り着いたのだから安心していたんだけど、甘かったかも。
二人を邪魔しないようにひっそりと廊下を抜けリビングへ向かう。
椅子に腰掛け冷蔵庫に入っている発泡酒を飲む。
そうだ、ショートケーキを買ったんだった。
冷蔵庫に入れておかないと。
ショートケーキを冷蔵庫に入れるついでに新しい発泡酒は4本ほど取り出す。俺はお酒が強い方なのでこの程度では酔うことができない。
酔ってでもいいから、一時的にでもいいから、忘れたい、そんな気分だった。
寝取られるってこういうことだったのか。最近そういうコンテンツでは人気が出始めているらしいが、これの良いところが全く思い浮かばない。これが好きな人の精神が理解できない。
ただ虚しいだけなのに、悲しいだけなのに。
頭の中に残るのはまだ彼女の事が好きだという気持ちと浮気されたという事実のみ。
自分を俯瞰で見てみる。
惨めだ。
体から力が抜けていく、視界から色が失われていくような気がする。
はは、浮気されたからって、浮気されただけでな……
俺ってこんなに弱かったんだな。
そりゃそうだ、弱い男に興味なんてないよな、だから浮気されたんだ。俺が強くなったらもう一度振り向いてくれるだろうか。
どうせなら最後まで足掻きたい、どうせならね。
スマホでジムや寺での修行などの情報を漁るように調べていった。
滝行か……身を清めるねぇ……それなら楓花にピッタリじゃないか。
いや、これが大人の世界なんだろう、当たり前なんだ、俺はまだ大学生だから知らなかった。
新しく学びを得たと考えよう。生涯学習だ。
俺が滝行やりに行くか、動じない心でも鍛えてこようかな。そんでもって明日から筋トレでも始めてみよう。
そして俺は強くなる。
そうしたら楓花は振り向いてくれる。他の男なんかそっちのけで。
何だかワクワクしてきた、見たことのない男に惨めな顔を思い浮かべただけでこんなにも心が昂ぶるのか。
有言実行出来る男は強いか……
俺はもっと強くなれるなぁ……伸び代が沢山ある。
完璧な男になろう、強くて、器が大きくて、包容力があって、誰からも尊敬されるような……なろう。
有言実行しよう。
「俺は強くなるんだ」
するとリビングのドアが開く音がした。
振り返る気力は無い。
やっぱり俺は弱い。
「聡輔いたの……」
「………………………うん」
声をかけられても振り返ることが出来ない。
この状況でもか……
もし楓花が服を着ていたら……浮気じゃないかも!
な、なんだ浮気じゃない可能性もあるってことか!
俺の早とちりかもしれないってこと!
意を決して振り返る。
なんだちゃんと着ているじゃないか、いつもの部屋着だ。少し乱れている気もするがそんなの関係無い。
浮気してなかった!
そんな俺の期待はすぐに折られた。
廊下の奥の方から男の声が聞こえてきた。
「いやー着衣してみたかったんだよ!すげー興奮したわ、ありがとなー」
「ちょっと宏太……」
ああ…………
終わった……………
……………………………………………
「あ、カレシ帰ってきてたの?お邪魔してまーす」
「……邪魔すんなら帰ってや」
これが最後の精一杯の抵抗で見栄だ。
ここで怒鳴り散らさず器の大きい男を演出……するんだ……
「ははっ、寝取られてるのにわりと余裕あるカンジ?つえー」
お前なんかに認められても嬉しくない。
「違うよ、強がってるだけだよ……」
やっぱり、楓花はお見通しだな。俺のことをよく知っている。
「ごめん宏太、すぐ帰ってくれる?」
「いいよ、じゃあねカレシさん、また遊びにくるよ」
男は帰っていった。
ぷちっ
何かが切れた音が聞こえたような気がした。
振り切れたな……
「楓花、ちょっといい?」
「うん」
リビングにあるテーブルに対面上に座る。
「話そうか」
「別れるの?」
「いや、いい」
「……どういうこと?」
「許すよ」
「は?」
「いくらでも関係を持ったらいい、性病とか危ない男とかに気を付けてくれたらもう!俺は何も言わない……」
「うん……じゃあお言葉に甘えるね」
俺たちは別れなかった。
――――――――――――――――――――
次のバイトの日
「どうしたの?永野君」
「え、何スか?山野先輩?」
「いや、目の焦点が合ってないなーって思って」
「気のせいですよ……」
「…………そう?」
「そうですよ……」
――――――――――――――――――――
それからの俺たちは徐々に心の距離が離れていった、気がする。
それで別れた、楓花から話を聞き出された。
楓花が言うなら仕方無い、文句などない。潔く認めた。
それでも筋トレは続ける。
やっぱり彼女が好きなままだから。
半年ほどアプローチと告白を繰り返してやっとの思いで成就したこの関係だったのだ。そう簡単に諦められる訳ないだろう。諦められるのなら潔く諦めて彼女の幸せを願いたい。
俺のこういうところ面倒くさいと思われたのかなぁ。
惨めで弱いんだ。
「ちょっと永野君!」
「え」
「やっぱり最近なんだかおかしいんじゃない?何かに取り憑かれているみたいだけど」
「あー……確かに、取り憑かれているって言っても間違いはないですよね……」
「何かあったってこと?」
「山野先輩になら……話してもいいかな……」
初めて助けを求めた気がする。
話そうという決意を固めただけでも少し楽になった。背中に背負っていた者を分けた感覚だろうか。少し暖かい気持ちまで湧き上がってくる、人との繋がりがいかに大事なのか。
「うん、話しな」
山野先輩にあったことを事細かにとまではいかないが、詳細がわかるように話した。詳細が分かるように話したのはきっと味方になってほしいからだろう。無意識にこんなことをしてしまうなんて俺は卑怯だ。甘えないほうがいいんじゃ……
「なるほどね……だから前にバイトで会った時も少し様子がおかしかったんだね」
「そう……です……」
「いいよ、そういうこと、ショッキングなこととかあったら甘えな。人には甘える権利があるんだから」
「そういうもんなんですかね……けど、浮気を黙認して彼女を縛り付けて甘えを与えた俺は冷たい人間なんだって……人の心の有様を突き放したような人間は甘えて人の方に飛び込んでいってもいいのかな……もっと俺は自分一人で考えるべきで……」
「永野君は甘えればいい、甘えていい人がいる」
「…………………」
「だから」
「…………………」
「私に甘えたらいいよ」
人は甘えてもいいらしい
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一話完結の物語、短編でございます。初めて書きました、短編。
評価と気分次第で普通に長編にでもしようかなと思っています。
ただ、そこまでの評価数を貰ったことがないので確率はほぼ0ということでね。
浮気を黙認した俺は一番冷たい人間なのかもしれない。 綺麗なお花畑「わぁ、キレイ。」 @kaminokekekeke
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