第36話 ANOTHER HEAVEN その14

「それで……本題にそろそろ戻りたいんだが……いったい何が起きてるんだ? 静ちゃん」


 俺のあくまで冷静な発言に、静ちゃんは一度深呼吸をして真面目な表情を浮かべた。


「薫、直、あんたたちに伝えておかなきゃいけないわ……おそらくこの時間を繰り返すのが今回が最後になるわ」

「なっ!?」

「私や、カオルの力はもちろん……尾張の力をもってしても覆らない事実、ということで間違いないのだな? 静ちゃん」


 静ちゃんはゆっくりと直の言葉を肯定するように首を縦に振った。

 

 どういうことだ!? 


 この世界に終わりが存在するのか? 


 何度終わらせても、始めても、別の世界の可能性に分岐し、世界には終わりにも始まりもないと玲が言っていたが……それは嘘だということだったのか?


「始まりの5人……」


 兄貴が浅く息をしながら、ゆっくりと立ち上がりぼそりとつぶやく。


 そう……全ての原因は始まりの5人と呼ばれる兄貴たちの行ったことが原因だということはわかってる。


 しかし、俺たちは具体的に兄貴たちが何をしたのかその全容を知らされてはいなかった。


「兄貴……そろそろ教えてくれないか? もちろんおふざけはなしで……何をしたのかを……」


 兄貴は、懐からタバコを取り出し口に加えた。

 

 しかし、いつものように火をつけることはなくただ、そのタバコを歯で思いっきり噛み砕く。


「なっ……!?」

「静奈の酒が酒でないことは知ってるな? 俺のこのタバコも本当はタバコじゃない。時間を超える際の負荷を限りなく減らす成分が入っている」

「お主らは、いったい何者なんじゃ? 人の子にしては主も、そこにいる二人も妙な空気を持っておる。時を司る我とも違う……が、どこか似たものも感じておる」


 花愛こと、クロノスが腕組みをしながら3人を見回す。

 

「尾張の傀儡として生きてきたあたしも、あなたたちのことは知らされていなかった。倉沢と井上の家については隅から隅まで調べたはずのマスターの包囲網すら潜り抜けたことはあたしも納得しきれてない」


 続いて、由梨も長く抱いていた疑問を口にする。

 

 未来の直がどれだけすごいのかは正直わからないが、あの玲の親父の監視下を逃れてダブルクロスしていた由梨すらほとんどその存在を知らされていなかった。


 始まりの5人の存在……。


「んな、難しいことはねぇんだ。ただ、俺たちはいつまでもいつまでも止まった時間の中にいたかっただけだ……」

「止まった……時間……?」

「お前の世界を終わらせる力……それは、俺が手に入れた力だったんだ」

「なっ……!?」


 兄貴は、ニヤリと口角を上げて衝撃的な事実を言い放った。


 たしかに、この力の出どころは俺も知らなかった。


 強いて言えば、あの時……玲に直を奪われるあの瞬間。

 急に目覚めた力だった。

 

 待てよ……玲に直を奪われそうになったその記憶ははっきりと覚えている。


 だが、それはいつだ? どの世界の時だ?


 そもそも俺は、いったい何度世界を繰り返しているんだ?


 何度も世界を繰り返している。


 その感覚はある。


 だが、1番新しい記憶はーー。


「薫、教えてやるぜ。お前は何度も違う世界を繰り返していると錯覚しているが、実際にはお前はたった一度。そう、直を玲の野郎に取られそうになったあの世界以外は繰り返していない」

「なっ!? そんなはずはない!! 俺はーー」

「お前が何度も繰り返していると錯覚している、それは全て尾張の仕業だ。お前は本来戻らなきゃならなかった世界への道を尾張によって妨害されていたに過ぎねぇんだ」


 そんなバカな……俺は、俺の中にあって沢山の世界の記憶がガラスのように砕けていく。

 星奈さんを、晴美ちゃんを、清美を、愛花を、紅音を……


 彼女たちの涙を犠牲にリープをした記憶が消えていく。


 犠牲の上で積み上げていた俺の記憶が……全て、消えていく。

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