第20話 あなたの選んだこの時を その10

「ほーら、置いていくわよ。ニオス」

「もう……待って、エアリー」


 立ち上がった直を、紅音が追おうとする。


「花愛、照明、変えられるか!!」

「なんとか、ね!」


 舞台上が一変、真っ白に変わる。


 いわゆる全てを明転した裸舞台というやつだろう。


「……ねぇ、直……」

「なんだ? ニオス?」

「……ありがとう。私を、ニオスとしての私を愛してくれて……」

「……」

「あなたは、知っていたんでしょ? 私がーー私と言う存在がこの世界には存在していないこと……」

「……」

「エアリー……私の愛しのエアリー……ありがとう。私を……いや、俺をーー」

「嫌だ!! 消えないでよ!! 紅音!! いいえ!! ニオス!! 私は、私はあなたがいなくなってしまったら……」


 紅音が、ポケットから小さなライトを取り出そうとするのを合図に、花愛が照明器具自体の電源を落とす。


 この演出だけは、外すわけにはいかない。


 妨害によって、照明が付く可能性を考え物理的には付かない事態を作り出す。


 こうすることにより、奴の妨害できる範囲が狭まり、さらに俺と由梨の力でほぼ無力化できる。


 小さなライトが頼りなく、ふよふよと舞台の端へと消えていく。


「あー……そうなのね……もう、時間なのね。私が直であり、エアリーでいられる時間も……もう」


 真っ暗な舞台の上で、直がセリフを続ける。


 音楽も、何もない。


 ただ、その静寂に直の声だけが響く。


 俺は、それを聞きながら、ゆっくりゆっくりと舞台へと歩を進める。


 いよいよクライマックスだ。


「さて、皆さん。いかがだったでしょうか? 果たして、エアリーは? ニオスは? 本当に存在していたのでしょうか? それよりも、あの演劇部という部活事態が本当に存在していたのでしょうか? 小さな光は、消えていきました。でも、あの光とはいったいなんだったのでしょうか? 答えはありません。だって答えはーー」


 花愛と愛花が合図を送り合い、一気に舞台が明転し、音楽が最大音量で鳴り響いた。


「薫、とりあえず、あたしのできることはやったよ」

「あぁ、ありがとう。由梨……」


 心の中で、今回の最大の功労者に礼を言い。舞台上に勢揃いしたみんなと声を合わせる。


「「「「「「あなたの中にあるから」」」」」」


 終わった。まばらだが拍手が起こる。


 気づけば、見ていた生徒はたった2人になっていた。


 どうやら、あの破茶滅茶な演出やストーリー展開にほとんどのついていけず、途中退場したらしい。


 まぁ、そんなことはどうでも良い。


 大事なのは、俺たちが文化祭をどんな形であれやり切ること。


「うん。めちゃくちゃだけど、あたしは面白かったと思うわよ」


 そう言って、今、起きたような静ちゃんが目を擦りながら言う。


「素晴らしい……中々面白かったですよ。井上薫、そして……姉さん」

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