第12話 いつかこの場所で その5
「…………」
「心配?」
「えぇ……かもしれません」
「まぁ、男連中だけじゃ殴り合いの喧嘩をおっ始める可能性もあるからな」
「えっ!?」
「……冗談だ、そんなバカなことを今のカオルはしねぇよ」
「そう……ですか……」
なんだか、不思議な光景だ。そこにいるのは、私の知る井上薫、本人のはずなのだが……。
その言動や、仕草、雰囲気はまるで別の人間のようで、男女でいるはずなのに変な緊張感もない。
口調は彼よりも、粗暴なはずなのにそこに確かな女性らしさを感じている。
そう、私の隣にいるのは間違いなく女性だ。
井上薫の言う、カオリさんという人なのだろう。
「腹、減らないか?」
「えっ!?」
「あたしは、腹減っちまった。キッチン借りるよ。あっ、その前に買い物行かなきゃか……ごめん、ちょっとまっーー」
「あっ、あの!!」
「あん?」
「わっ、私も一緒に行って良いですか?」
「別に、かまわねぇけど……ただ、買い物するだけだぜ?」
「……それでもいいんですっ!」
そう言った私は、自然と笑顔になっていた。
兄さんたちと一緒に買い物を……ううん。こうやって、ちゃんと誰かと買い物をするのなんてどのくらいぶりだろう?
私は、それだけで何故かワクワクしていた。
「変なやつだな。お前」
そう言って、彼……いや、彼女がニカリと笑う。
その笑顔がどこか眩しくて、私は少しの間惚けてしまう。
「うっし! じゃあ、行くと決まればさっさと行っちまおう!! お前、何が食いたい?」
「なんでも、良いんですか?」
「あぁ、俺に作れそうなものならな」
「……オムライス……」
「えっ?」
「オムライスが、食べたいです。ケチャップのたっぷりかかったやつ」
「……ふっ、りょーかい!! 味は保証してやれるけど、お前の理想のものになるかはわからないぜ」
「それでも、いいです!」
「わーった! じゃあ、早速買い物行くぞ、えーっと……」
「紅音です」
「おーそうだったな、悪い悪い」
「あの、一つお願い、しても良いですか?」
「お願い? 別に良いけど……なんだ?」
「あの、お姉ちゃんって呼んでも良いですか?」
「お姉ちゃん?」
「はい、私、兄は昔いたんですけど、ずっとお姉ちゃんの存在に憧れていたんです。だからーー」
「でも、俺たち同い年だぜ? それをお姉ちゃんって言うのは……」
「ダメ、ですか?」
「ダメ、っていうよりは、ヘン、じゃねぇか?」
「それじゃ、ダメ? ですか?」
「……」
「ダメ? ですか?」
「あー……いいよ。あんまでかい声で呼ばなけりゃな」
「!!! やった! ありがとうございます!! カオリお姉ちゃん!!!」
そう言って、私は思わず抱きつこうとして踏みとどまる。
中身は、女性だとしても見た目は同い年の男の子なのだ……。
そう考えた途端、急に、顔が赤くなりつつ、温度が上がっているのを感じていた。
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