第9話 いつかこの場所で その2

「ずいぶん早いな、カラスの行水か?」


 姿は、紅音のままだが口調や雰囲気は別人のものだった。


「生憎、驚ける余裕はないんだ」


 俺のその発言に、長月の姿をした人物は目を少し開き驚いた表情を浮かべる。


「時間がない、本題に移らせてもらうぞ。お兄様」

「……お前、何者だ? なんで俺のーー」

「時間はないと言ったはずだ。もう一人隠れているやつも出てこいよ。改めて聞きたいことがあるんだ」

「だとさ、誠二」

「……ムカつくやつだな。井上薫」


 最初は、こいつらと殴り合ったんだっけ……。


「あんたたち二人と話がしたい。俺もカオリを表に出す。だから、紅音に……長月に変わって欲しい」

「……わかった」

「誠一兄さん!!」

「誠二、どうやらこいつはワケを知ってるらしい」

「……」

「一応、あんたらを安心させる、条件のつもりなんだが?」

「まぁ、体は男とはいえそっちの中身は女のようだしな」

「話が早くて助かる」

「いいな、紅音」

「……兄さんたちが良いなら」


 俺が、俺である何かが、俺の体から抜けていくのを感じる。


 さっきまで不鮮明だった、二人の男が明確になっていく。


 余裕そうな表情を浮かべる兄、誠一。腕組みをし、俺を睨みつけている弟、誠ニ。


 その二人が今、俺の目の前にいる。


「久しぶり、っていうのはおかしいよな?」

「あぁ、どういうわけかは知らないが、俺たちはお前とこうして話すのは初めてだ」

「井上薫、君は僕たちにとっては歓迎できる存在ではない。理由はわからないが、紅音とはーー」

「俺は、長月紅音をハーレムメンバーとして迎えたいと思っている」

「ふざけるな!! 僕たちがそれを許可すると思っているのか!!」

「思ってない」

「なっ!?」

「結果として、あんたたちと殴り合うのは構わない。だが、その前に俺にはあんたたちに聞いておきたいことがある」

「聞いて、おきたいこと?」

「……まもなく、あんたらもカオリもその存在を消す」

「お前っ!!!」

「止めろ……誠二。根拠が聞きたい。その口ぶりからするとでたらめじゃないことくらいはわかる」


 やはり、話し合うなら兄の方か……。


 だが、こいつはこいつで曲者だ。直情的で単純な弟と違ってこいつは、まだ腹の底が見えてない。


「信じてくれなくても構わない……あんたたちは俺と最後の喧嘩をして存在が燃え尽きる」

「舐めるなよ。お前程度と殴り合って消えるほど僕たちはーー」

「今は!! ……そんなことを言い合っている余裕はないんだ……わかってくれ」

「……何を焦ってる? お前は、俺たちに何をして欲しいんだ?」

「……あんたたちの、紅音の母親について聞きたいんだ」

「……何故だ? お前の目的は紅音じゃないのか?」

「紅音の母親……つまり、お前たちが生み出され、形を成すためのモデルとなった人物が知りたいんだ」

「知ってどうする!! そんなことを知ってお前は何をーー」

「……紅音は、来年。直の代わりにこの生徒会会長となり、蒼海学園のトップに一時的になる」

「それで?」

「そして、トップになった紅音から会長の座を奪い、直を……みんなを我が物にしようとする奴がいる……」

 

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