基本プレイ無料(一部課金要素あり)

ヤマワサビ

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 プチッ。

 俺達にとって、すっかり聞き慣れたウィンドウの切り替わる音。その音を境にして、世界は変わる。

 目の前の大きなモニターが黒から黒へ、とてもでは無いが分からないくらいの変化をして、それを合図に客席は一斉に起立をする。そうして揃って仁王立ちになると、俺たちはスイッチに触れたり折ったりもしていないにも関わらず、全く同じカラーのサイリウムが同時に灯る。もちろん、ここまでの動作にSEは与えられることは無い。

 そうして、俺達の会話が始まる。内容なんて存在しない、ただのSE。

 「ざわざわ」

 「ひそひそ」

 「ごそごそ」

 ひとつひとつは完全に意味の無い、雑音としてすら成立しない俺達の単調なボイス。けれどもこの会場一体の「ざわざわ」が合唱すれば、その瞬間に『観客のざわめき』として成立して、最高のリアリティを演出する。

 さあ、いよいよ。

 ブーン、と、お飾りのスピーカーからの起動音が合図。


 本日四十七回目のライブが、今始まる。




 この世界がサービス開始したのは、今から2年前の何でもない日。

 事前登録期間を挟み、登録者数に応じて貰えるアイテムに釣られた未来のプロデューサーに扉を開いたその日、何でもない日はこの世界に無数に存在するダンスも歌のすっかり出来上がった『アイドル』達のデビュー記念日となった。

 俺たちの仕事は、その記念すべき日から変わることはない。

 親愛なる『プロデューサー』に選ばれた曲と衣装を身にまとい、口パクまで込みのプログラミングされたダンスを踊る少女達に向かってサイリウムを振り、歓声を上げる。ただそれだけ。

 あくまで噂に過ぎないが、ここでサイリウムを振り続けていれば、いつの日か『ファンA』と名前を付けられ、流用の立ち絵とテキストが与えられるらしい。けれども、生憎と俺にはそんな出世欲はないもので。当分はこの客席でサイリウムを降ってコールをしていれば充分。まあ、その打診が来てから言えよという話だけれども。



 「ハイ!ハイ!」



 基本的に、この仕事に『出勤』という物は存在しない。

 少女達によるステージのエントリーが完了すると同時に、俺たちの意識が観客席にある簡易なモデルにインストールされて、事前にプログラミング済みのサイリウムとコールを寸部の狂いもないタイミングで行えばいいだけ。給料は勿論出ない。

 けれどもこの仕事をこなすだけで、無数の『プロデューサー』達は演出神、オタクに優しいと褒めたたえ金を落としてくれるので、結果的にゲームと命を同じくする俺達や少女達の寿命も伸びる。なんだかんだと欠かせない仕事なのだ。



 パン、パパン、パン!

 「ヒュー!」



 先程から『少女達』と、性別を限定するような事ばかり言っているけれども、何もライブに立つ人間は少女に限らない。

 二十や三十を超えた大人の女性も『アイドル』という肩書きを背負って少女達と全く同じ、一分の狂いもない、癖まで全く同じ振りをこなす事もあるし、もちろん男性のアイドルによるステージパフォーマンスだって存在する。まあ、俺が配属されているこのサーバー内のホールは女性アイドルゲーム専門のホールなので、俺は着飾った少女達によるパフォーマンスしか知らない。(まあ、男性アイドルゲームのサービスにはどうやら女性が配属されるらしいので、そもそも俺には関係のない話だ)



 「フー!!」

 


 そのような事をぼんやりと考えているうちに、遠く離れたステージではステージとの相性を考えられた末に、使い古しの初期衣装を身にまとった、長い黒髪のアイドルが一生懸命にダンスをこなす。

 一応この曲は音源とボイスデータが別になっている歌い分け曲なので、俺たちの耳に入る声は彼女にあてがわれた『声帯』の歌に違いない。それでも、あらかじめプログラミングされているダンスは口パク前提な事もあり、このホールで行われるライブは全て口パクなのだけれども。

 少女達の歌の数々は、当たり前だが『音源』が無いと歌えない。ここで言う音源と言うのは、インスト、の意味では無く、そのままの意味の声、曲があらかじめ一体となっているまさに読んで字のごとく、音の源、『音源』のことだ。

 だから、俺たちがいくらこうしてサイリウムを降ったとしても、彼女達の握るマイクから歌声を聞ける日は、永遠にやって来ない。



 「ワー!!!!」


 

 さて、ワンハーフのライブが終わり。

 お見事。自分の喉から発せられている声の熱量から察するに、見事フルコンボ、といった所だろうか。それなりに難しい曲だったはずではあるが、回数をこなしてだいぶ慣れてきた、という事だろう。努力の成果がうかがえる。

 …………歌が終わったら直ぐに舞台袖にはけて行ったアイドルである彼女の努力、ではなく。


 ステージからアイドルの姿が消え、新たにこのホールにでライブをする事になっている別の『プロデューサー』がライブの用意をしている間、先程までアイドルを引き立てる背景として色とりどりの映像を流していたステージのモニターには、次にライブをする予定のプロデューサー名が大きく表示されている。……あ。たった今、プロデューサーに決定されたらしい。ライブをするアイドルの名前が表示された。ナナホシユーコ。先程ライブをしていたサユキの後に実装されたアイドルだ。


 「またユーコ?今日三十回くらいライブやってねえ?」

 「あー、今イベントでボーナスキャラになってるかららしいよ。なけなしの単発でスカウトされたらしいけど、無課金プロデューサーだからそれ以上ガシャ引けないから無凸で使い倒されてんだよ」

 「無課金でイベ走ってんの?よーやるわ」

 「この間の生放送でプロデューサーの担当アイドルのミカの限定SSR発表されたから、石集めのために走ってんだとよ」

 「日頃から石貯めとけば今イベそんな走らなくてもいいのにな」

 「この間の七夕ガシャで限定SRのミホにフラフラしてたからだろ、ざまあねえわ」


 そんな会話を耳にしているうちに、先程と同じように、プチッ。と、どこからかウィンドウの切り替わる音が響く。

 という事は、どこからかは知らないけれども、この会話もライブ開演前のざわめきとして処理されているのだろう。


 そこにはもちろん意味なんて、存在しない。




 「フー!!!」



 ステージでは、件のユーコによる三十四回目のステージが披露されている。

 ステージと衣装のマッチ度は星一、少しでもプレイの負担を減らすためにゲーム内で最も短い曲。アイドルの向こう側にプロデューサーの疲れた顔が透けて見えるライブパフォーマンスだ。

 甘く幸せな初恋を歌うユーコ。

 彼女はこのステージを降りたら、リザルト画面でどのような言葉をプロデューサーに向けるのか。

 

 「プロデューサーさんのおかげです」……?

 「あなたのために頑張りました」……?


 彼女は、自分が一生懸命こなすライブが、すべて自分と同時に実装されたミカの為のライブだと知っているのだろうか。

 まあ、俺には知る由もない。だって、俺たちはアイドルのステージを全身全霊で盛り上げる『ファン』。

 それ以上でも、それ以下になる事もできない。

 アイドルの気持ちを想ったところで何が出来よう。


 ……まあ、どうせ。

 ユーコは何も考えちゃいないんだろうけれども。



 ……ああ、サビが終わる。そろそろこの曲も終わる頃だ。ユーコが人差し指を立て、ゆっくりと上に突き上げる。

 俺はユーコの動きに合わせてゆっくりと高く掲げたサイリウムを立てたまま静止して、大きく息を吸った。

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