林檎飴

夏北 豪太

林檎飴

 祭に来ていた。妻子と一緒だったが、彼女らは花火を見ると言って別れて行ったため、一人でイカ焼きを求めて屋台に並んでいる。前方が騒がしい。列の秩序を乱す者がいたらしく、方々から不満が聞こえる。彼らは夜祭を存分に楽しみたいから早く買い物を済ませたいと考えるが、順番を抜かす輩が現れてもしかし罵ることで時は過ぎてゆく。対して私は、妻子に半ば強引に連れてこられたのであり、この場に頓着はなく、言い合いに参加せずとも時を無駄にした感じはない。ああ、世はなんと美しい。神は合理主義である。

 しかし、こう論争している人達を見ていると、どうしても髪というものがそこにそぐわないように思えてならない。彼らの声は野太い。首には青筋が立っており、その全体が血管のような弾力と太さを表している。そして顔。眉をひそめたそれも「硬」そのものである。ここで少し視線を上げると髪があるのである。そこだけがさらさらして、夜風になびいている。あれはもしかすると人間の心を表しているのだろうか。罵られる相手を哀れみ、自己の美に陶酔するあの心を。

 ここで眼前の論争に飽いてきたので、近くの屋台を見回してみた。すると、林檎飴の屋台の前に少年と少女があった。林檎飴を買った少女は、屋台の側で飴をなめている。それを少年がじっと見ている。おもむろに、

「ぼくのおよめさんにならないか。」

と言った。少女は目を丸々と開き、つやつやとした飴を口から一旦出して、

「まあ、うれしい。おかあさまにしらせなきゃ。」

と言った。すると少年は、日々大人が見せる姿勢に幼いながらものっとり、少し威厳を込めて、

「そんなよわいこはいやだよ。じぶんできめるのだよ。」

と言った。

「わかったわ。わたしがきめる。だったら、およめさんになるわ。」

「ほんとうかい。」

「ほんとうよ。」

「なら、ショウコをみせて。あめをすべてたべてみせて。」

「ショウコってなに。」

「そんなことはしらなくていいの。いいから、はやく。」

「はーい。」

少女はまた飴をなめ始めた。少年はそれをじっと見つめる。彼からは、飴のつやのある赤と、それよりも少し濃い赤の彼女の舌と、飴にうつった自らの姿が見えるだろう。それらは全て少女の口に入る。

 少女は飴をなめ終えた。残った棒きれは少年が持ち、もう一方の手で少女の手を握る。少女の髪がふわっと浮かび、その顔に少しの喜びと、それに等しい程度の驚きを浮かばせるぐらいの強さで少年が手を引く。

「いこう。」

 この先少年は夜祭に行く毎、林檎飴を食べる少女を思い出すであろう。自分の姿が彼女の口に覆われたあの瞬間を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

林檎飴 夏北 豪太 @CH4

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る