第59話 未来の詩
半年と少しぶりの館は以前とはまるで違っていた。壁が凍りついていることはもちろん、窓ガラスは全て抜け落ちるように無くなっている。庭の草木は凍りつき、元気を失ってしまっているようだ。俺たちがいつも出入りしてきたドアは風に揺られてギィギィと音を立てている。極め付けに屋根が虫食い状態だ。
「……本当にこれがあの館なんだよな」
「信じたくはないが……そうだろうな」
俺は頭を振った。これがあの館?信じたくない。俺が詩を何度も歌い、人の心を動かすことに成功していた館だというのか。
一方でカナメは霜を踏み鳴らし、ゆっくりと庭の草木はの方へと向かっていった。そして花壇や植え込みに、そっと触れるとつぶやいた。
「可哀想……」
彼女の悲痛なつぶやきは俺たちの心を一層重くした。いつも元気でやかましいとさえ感じるドルカでさえ押し黙っていた。
しばらく俺たちはその場から動けず、館の入り口近くに呆然としていた。しかしその静寂は霜を大きく踏み鳴らす音で断絶された。足音が近づいてきている。
それを聞いてキールは木剣を、ドルカはナイフを抜いた。何かが近づいてきている。これだけで警戒するようになってしまったのは俺たちが各々体験した半年の過酷な旅のおかげだろう。
段々と足音が近づいてくる。おそらく足音の主は館を取り囲む壁の近くを歩いている。そしてすぐに門から姿が見えるはずだ。
しかし俺たちが足音の主を確認する前に声が聞こえてきた。
「キール達か?」
聞き覚えのある声だ。俺が地上で一番強いのではないかと考えている大柄な男の姿が思い浮かんだ。その男が門から入ってきた時、俺は不思議な安堵に包まれた。
「ゲイルさん。お久しぶりです」
「うむ。よく帰ってきたな、皆」
ゲイルさんは固そうな頬をグイッと上げて笑った。しかしすぐに険しい顔に戻ってしまう。
「……皆ネスト様の下に戻ってきたのだろう?吾輩も先刻着いたところだ。しかしこの街の光景は予想外であるな……」
ゲイルさんもこの光景には驚きを隠せないでいるようだ。
「ネスト様はどこにいらっしゃるのか、ゲイルさんなら気配を感じ取れますか?」
「無論やってみた。おそらくは……」
ゲイルさんは俺たちの後方を指差した。彼の指差す方向にあるのはただ一つ。館だ。俺は目を見開いた。お陰で冷気が眼球にぶつかってきた。それほど驚きだったのだ。
「もうボロボロですよ?館でどうやってネスト様は暮らしてるんです?」
「この気温で食べ物も多少持つようになっているだろう。おそらく食糧庫から少しずつ食べておられるだろう……無事とは言い難い状態だろうがな」
ゲイルさんを先頭に俺たちは館の中へと足を踏み入れることに決めた。ゲイルさんがそっとドアに手をかけると、ドアは根本から外れてしまった。それほどまでに館はダメージを受けているのだ。ゲイルさんはドアをの板をそっと脇に置くと、屋敷へと踏み入った。俺たちも続く。
中は風が吹き抜ける状態だった。壁に穴が開いている。その穴から割れた窓に向かって冷風が流れていた。
「ネスト様!戻りました!」
俺が叫んでも返事はない。館の中を吹き抜ける風の音が聞こえるばかりだ。
だが、しばらくした後大広間のドアが軋みながら開いた。そこには痩せこけたネスト様が立っていた。
「……ゲイル、トルバトル、キール、カナメ、ドルカ……お前たち……帰ってきてくれたのか?」
ネスト様の装いは領主だと言われても信じられないほどのボロボロだった。おそらく半年前氷のドラゴンと戦ったのだろう。そしてその影響で街が壊れ、限界の生活を強いられていたのだ。
ボロボロなのに俺たちとて同じこと、しかし俺たちはまた会うことができた。それだけは嬉しかった。
ネスト様は枯れたような姿になってしまっていたが、その目から涙が溢れていた。そしてその場に崩れ込んだ。
「……幸せになっていいって……言ったろう?だからワープさせて……みんなを逃したのに」
「俺たちの幸せが貴方の下にあったというだけです。ネスト様」
端的に俺はそう言った。そしてまだ言うべきことがある。
「帰りました。また俺たちがお仕えしても構いませんか?」
これを言うために俺たちは半年の間グリンの街を目指してきた。俺たちは彼と共に在りたいのだ。
ネスト様は「ふふっ」と声を漏らした。そして泣きながら笑った。ネスト様もドラゴンとの戦いの後半年間様々なことがあったのだろう。しかしただ一言これを言いたいがためだけに頑張ってきたのかもしれない。
「勿論だ。お帰り、みんな」
ネスト様は立ち上がり、ふらふらとこちらに近づいてきた。そして正面方向に頭突きするように頭を下げた。
「そして申し訳ない。逃すためとはいえ……皆を勝手にワープさせて……君たちの幸せが何処にあるかを見誤った」
「謝る必要はありません。この半年で俺たちはいろんな経験を積めたんです」
「そうです。離れたことでより一層大事なものを理解できました」
俺とキールは頭を下げるネスト様を前にそう言った。自信を持ってそう言える。なぜなら俺たちは半年の間で練度が上がったのだ。そして仲間の大切さをより一層理解できたのだ。苦しくもあり、宝物のような時間だったのだ。
ネスト様はゆっくりと頭を上げた。そうして見えた彼の顔は大粒の涙で濡れていた。気がつくと俺の頬にも涙を感じた。冷風によって冷たく感じられた。しかし胸の内は暖かい。そんな感じだった。
吹き荒び、流れ込んでくる冷気も俺たちの再会を邪魔するには至らなかった。
ネスト様やゲイルさんと共に俺たちは館の片付けを始めることにした。またここで働き始めることを想定してなかったらしく、館の中は吹き込む風により物がごった返していた。カーテンが天井に走る柱に引っ掛かっている。窓ガラスの破片が食堂の入り口に落ちている。
一気に片付けるような魔法は持ち合わせていない。少しずつ片付けるしかないのだ。ガラスの破片を手袋をはめて片付けている最中、キールが呟いた。
「また……皆戻ってくるかな」
キールらしくない弱気な発言だ。皆使用人はネスト様が大好きなのだ。だから戻ってくると俺は信じている。
「戻ってきたらさ……再会の詩を俺が歌うよ。とびっきりのやつをな!」
俺は歯を見せて笑った。俺の声は皆に聞こえていたらしく、皆「期待している」や「楽しみだな」などの声が聞こえてきた。俺はそんな皆の声が懐かしく感じられた。
まだこの館はダメージから回復していない。それに使用人も全員揃っていない。しかし今ここに一筋の希望の風が確かに吹いている。皆で大きな風にするのだ。
ストームテル 竜巻の詩人の物語 キューイ @Yut2201Ag
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