第50話 再会のうた

 半年ぶりの街並みといっても初めてくる街なわけだが、喧騒そのものが懐かしかった。石畳を鳴らして歩く。右に首を振れば値引き交渉に精を出す人、左に首を振れば自分の店へ客を呼び込むために威勢よく声を出す人、さまざまいる。


 この喧騒は剣の装飾のついた門をくぐった瞬間から飛び込んできた。商店ごとにそれぞれの賑わいがあるが、ふとあることに気づく。やたらと武器や鎧を売っている店が多いのだ。八百屋を挟んで隣同士、なんて武器屋もある。ここは武器屋激戦区なのだろうか。


 お陰でカチャカチャと武器同士が当たる音が多い。小銭の授受と合わさって金属音が喧騒の中でも顕著だ。


 小銭のことを考えていたら団長から渡された小袋のことを思い出した。俺は道の端に寄って袋の紐を解いた。案の定だ。中には銀貨が複数枚入っていた。

 

 聞こえはしないだろう。だが一言呟く。


「ありがとうございます」


 自分の今の手持ちであればこの国を抜けるぐらいは保つだろう。


 それよりも俺は街に来たらやりたいことがあった。せっかくアーツリングとの帯同を経て新しい詩のスキルを得たのだから試したいのだ。俺は人通りの多そうなところを探した。


 どこをみても商店街には人が多いが、商店街のど真ん中でパフォーマンスを行ったら流石に店の人に怒られてしまう。だから俺は少し開けた広場を目指した。


 噴水が陽光を反射してキラキラと輝いているのが特徴的な広場だ。人々はベンチに腰掛けて思い思いに過ごしている。


 そんな中目立つのは薄着で木剣を振る集団だ。団長から聞くとポタスの街では兵士の育成が盛んであるらしい。その一部だろうか。


 彼らの癒しにでもなったら良い。そんなことを考えながら俺は詩のパフォーマンスを行う準備をした。銀のチョーカーはしっかりと首に収まっている。師匠からもらった帽子はネスト様の館に置きっぱなしだ。喉の調子は絶好調。歌うテーマも定まった。


 周囲の人も詩人がパフォーマンスを始めようとしているのに気づいているようだ。珍しい魔獣や動物を見つけた時のような視線をこちらに向けている。


 俺は息を思い切り吸う。広場全体に挨拶するのだ。


「皆さんこんにちは!俺は竜巻の……どわっ!」


 さっきまで俺は意気揚々とパフォーマンスを始めようとしていたはずだ。しかし今となっては地面に頭突きしかけるという状態だ。後ろから誰かがぶつかってきたらしい。


「あ、危なかった……」


「申し訳ない……!」


 フードを被った人物が手を差し伸ばしてきた。しかし俺はその手を取れなかった。俺はパフォーマンスの出鼻をくじかれたからではない。そのフードの下の顔に見覚えがあったからだ。


「……キール?」


「トルバトル?!なぜここに……」


 キールの疑問も、俺の疑問も解決せぬまま事は起こった。怒号がどこからともなく飛んできて、広場の市民たちが震え上がった。


「キール!どこに行った!!自分のやるべきこともわからん奴めが!」


 広場に入ってきてあたりを見渡すその大柄な男。そんな彼から隠れるようにキールはフードの端っこを下に引っ張った。俺は何が何だかわからなかった。キールは追われているのだろうか。


 大柄な男はダイナミックに体を振り回すようにあたりを見渡す。そしてフードの少女に気づくや否や石畳を鳴らし、大股で近づいてきた。


「キール!逃げるな!お前のやるべきことをやれ!!お前の幸せは何か教えてやっただろう!」


 キールが震えているのを背中で感じた。あの勇敢なキールを震え上がらせるこの男は誰なのか。そんなことはどうでもよかった。俺はキールとその男の前に立ち塞がった。


「何だ小僧。どけ」


「で、できません。友達が怖がっているんだ。引き渡せるわけないでしょう」


「……友達だと?キールにそんなものはいない。良い加減に……」


「……根源を為す   雫の意思

 一石投じ    広がる波紋

 紅蓮に燃ゆる  意思の炎

 紅の風     巻き起こる」


「何を言っている?」


 俺は無視して続けた。キールを追っている男がいる。しかしキールはその男に対して恐怖しているように見える。ならばやることは一つ。逃走である。俺はキールを守って戦えるほど強くはない。


 「雲を裂く    風の意思

 渦巻き切り裂き 敵を薙ぐ

 三筋絡まり   形をなす……!」


 魔法詩は久々だが、無事に発動できてよかった。言葉をつむぎ終わるや否や蒸気が巻き起こる。竜巻をかたどるソレはどんどんと広場の透明な空気を侵食していった。

  

 大柄な男は突如発生した蒸気を手で掻き乱すものの、塞がるように蒸気はすぐに男にまとわりつく。


 俺はキールの手を取った。


「行くぞ!」


 一目散に蒸気の中を駆け抜けた。西も北もわからない。霧を抜け、初めて来た街の中を俺は走った。後ろから怒号が飛んでくる。しかし気に留めず、俺はキールを連れて走った。


 アーツリングと一緒に草原を抜けた経験から得られた体力をも使い切るほどに俺は走った。しばらくして何も店が入っていない建物や石畳も欠けているような区域に入ると、俺たちはやっと止まった。


「はぁ……はぁ……ここまで来れば平気だろ」


 キールの方を見ると息切れ一つしていないひ、汗一粒すら見られない。むしろキール一人で逃げた方が速かった可能性すらある。しかし彼女はあの男を前に震えていた。俺が手を引っ張る理由はそれだけで良かったのだ。


「ありがとう……トルバトル」


「とりあえず逃げちゃったけど……これでよかったんだよな?」


「あぁ……良かった」


「キール?」


 館で働いていた時、彼女は辛そうな顔をほとんど見せなかった。しかし今はどうだろうか。彼女の目線はほとんど上に上がらず、よく見ると涙の跡さえ見えた。


「キール……何があったんだ?」


 俺はキールの状況を何も知らない。半年ほど前にネスト様のワープで皆バラバラになったのだ。俺が半年間色々あったように、キールにも何かあったに違いない。


 キールは少し手を胸に当てて唇を真一文字に結んだ。そして少ししてから口を開く。


「ここは私の母国なんだ。ネスト様は善意でここにワープさせてくれたのだろう」


「母国……」


「でも私はそもそも家出していた身……そしてその原因は……」


「結婚させられそうになってた……だっけか」


 キールは何も言わずにコクリと頷いた。

 そうするとキールは彼女自身が望まない結婚をせまる家の近くに不幸にも再び戻ってしまったということだ。ならばあの男の正体も想像がつく。


「あの男は親戚でな。こちらの家と相手の家にとって重要な結婚を私にさせたいらしい。でも私は……したくない。相手が嫌いというわけじゃない。ただ私は……まだネスト様と領民のために剣を振りたい」


 キールは噛み締めるように言った。





 


 



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