第49話 半年ぶりのうた

 草原に道が伸びる。踏まれた草が倒れて道が形成されている。それは俺たちが確かに歩いたという証でもある。

 

 半年近く、歩いてきた。後ろには一部が倒れた草原が見え、眼前には石でできた城壁が見えた。半年ぶりの人の営みがそこにはあった。


 俺はそれを見て唇を噛んだ。色々な思いが胸の内に渦巻いていた。


「さてトルバトル。お主とはここまでじゃの」


 半年近く、俺は団長に鍛えられた。詩を悪いとは彼は決して言わなかったが、もっとこうしたら、というようなことを散々言われた。本来なら嫌になるような頻度で注意もされた。しかし俺はそれが心地よかった。


 俺はそんな半年の思い出を感じながら呟く。


「ここで……終わりか」


「終わりじゃない。お主はまだネストのもとに戻っておらなんだ」


「……はい」


 俺は言わねばならなかった。さよなら、ありがとうございました、と。しかしどうもうまく言葉が出てこない。言えないのか、言いたくないのかが分からない。


 俺は肝心な時に言葉に詰まる。師匠が見たら怒るだろう。団長も怒るかもしれない。でも形容し難いこの胸の内を吐き出すことができなかった。


 しばらく静寂が続く。アーツリングの団員たちは皆俺の方を見ている。皆見ず知らずの俺に良くしてくれた。詩の感想も言ってくれた。彼らに言うべきことが沢山ある。でも感情がごちゃ混ぜになってしまう。感謝、寂しさ、決意、どれをピックアップするべきだろう。


 俺が別れの言葉に悩んでいることは皆わかっているだろう。だが、皆ににも言わない。唯一口を開いたのはアーツリングで一番小さな女の子だった。


「もートルバトルったら。団長にこの前言われたことをもう忘れてる!」


「え?」


「こねくり回すだけじゃダメなんだよ?シンプルに、シュバっと言うの!」


「シンプルに……」


 そうだ、団長に言われた表現のコツだ。無理に言葉を飾る必要はない。時にはシンプルにそのまま吐き出してしまうのがいいのだ。ならば俺はここでごちゃ混ぜの感情をそのまま吐き出そう。


「ありがとう、ヴィー」


 俺はヴィーの頭に手を置いた。よく見ると彼女の目はうるうると湿っていた。悲しいのは彼女も同じだ。それなのに俺にアドバイスをくれるとは。この子は大物になるだろう。


 俺は息を吸った。正直に気持ちを丸ごと吐き出すために。


「アーツリングの皆さん!ありがとうございました!別れるのはすごいすごい寂しいです!一緒にいたいけど……俺は主君のところに戻りたいです!本当にありがとう!」


 俺は眼前の空気に頭突きをかますように頭を下げた。視界は足元のみになったが、視界の外から声がかけられ始めた。


「こちらこそありがとな!」


「しっかりやるのよ!」


 団員たちの声は暖かい。俺が顔を上げると皆が俺の周りに集まってきていた。そして口々に俺へのメッセージを語り出す。正直ほとんど彼らが何を言っているのかわからない。皆がバラバラに喋っているためだ。しかし感情はしっかりと伝わってくる。俺は目元が熱くなった。


 突如俺の腰あたりが小突かれる。こんな位置から俺に触れられるのはアーツリングの中では一人だけだ。


 ヴィーは俺の顔を見上げ、ポツリと呟くように言う。


「また会える?トルバトル」


「ぜひ会おう。たのしみにしてるよ」


「わかった。あと私詩人になるから!」


 この発言には俺と団員全員が眉を吊り上げた。5歳にして身の振り方を決めてしまうのは早すぎる気がしたのだ。


「き、決めるのが早すぎないか?」


「いいの!私いっぱいトルバトルの詩を半年聞いて……とっても楽しかったの!だから今度は私が楽しませたい!」


 彼女の発言の後、しばらくの静寂が続いたが、もう耐えられない。俺の気持ちは滴をかたどって目から溢れ出した。


「そうか……そう言ってくれて嬉しいよ……!また会おう……絶対!」


「ほほほ、お主はワシらの希望に色をつけてくれたのう」


「団長も……お世話になりました」


「良いんじゃよ。ほれ、これを持っていけ」


 団長は「最寄りの街に着くまで絶対に開けるな」と言って小袋を俺の手に押し付けた。感触から何か分かってしまったが、俺はただ感謝を述べた。


 アーツリングと行動を共にした半年、俺は詩の力を広げることができたように思う。それだけでなく、一人の女の子に詩の素晴らしさを伝えられたことが嬉しかった。


 気持ちいっぱいの感謝と寂しさを吐き出した俺は皆に手を振りながらその場を去った。また会いたい、そんな人たちだった。

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