第48話 場のうた

 アーツリングの夕食はもっぱら鍋である。デザートなどは訪れた街でたまに食べる程度だと言う。ほとんどの夕食は屋外で皆で鍋を囲む。肉や野菜など食べられそうなものを放り込んで煮込むのだ。そのためその場の土壌や自然環境によって鍋の味が変わると言う。


 俺はテントの設営を手伝った後、夕食の席に着いた。席と言っても館などのように椅子があるわけではなく、木片や岩など近くにあるものに腰掛けるのだ。


 俺は座っていながら浮き足立っていた。早く、早く詩の歌唱をしてみたい。俺は興奮していた。身体中の血肉が歌いたがっているかのようだ。


 自信過剰というわけでは無い。新たな技術だから当然怖い。だからこそ試したいのだ。


「さて長い移動、お疲れじゃ。今すぐ目の前の食事にガッつきたい気持ちはわかる。しかし見届けようじゃないか、ワシらの仲間の新しい技と成長を」


 皆目の下にクマを作ったり、お腹を鳴らしたりしている。誰の目にも彼らの疲労は明らかだ。俺は詩でお腹を満たすことはできないが、心を満たすことはできる。食事の前に彼らの心をいっぱいにしてやろう。


 隣に座るヴィーの小声の応援を俺は背中に聞きながら皆の前へと歩いた。


 歌う。コレしかできない。俺は詩を歌うことで働き、詩を歌うことでここに帯同させてもらってる。だから歌うのだ。思いっきり。


「どうも!竜巻の詩人トルバトルです」


 皆そんなことは知っているだろう。もうすでに一回歌っているのだから。本来なら挨拶は必要ない。しかし俺は師匠からもらったこの二つ名を大事にしたいのだ。


「今晩はスープについて歌いたいと思います」


 皆の眉が吊り上がった。「スープ?」と口に出す者もいた。いきなりスープという料理について歌い出す詩人はあまりいないだろう。しかし俺は目の前でぐつぐつ煮えるスープについて歌うのだ。


 俺は場を利用する。


「煌々ゆらめく赤い火

 一切れ二切れ薪をくべ

 カタカタカタカタ

 鍋が揺れる 

 上る煙に誘われる 心も体も誘われる

 君はチョウ 鍋は花 なんら変わりはしない

 ゆらめき泳げよ

 肉たちよ

 ゆらめき泳げよ

 葉物たち

 ぐっぐつぐつ

 具がゆらめく

 溶け出し溶け出し 滲み出す

 味覚に幸せ運ぶため

 銀のスプーンを持ってきて

 白い皿を準備して

 疲れを忘れるために 疲れよう

 すくえよ 運べよ 恵の味

 待てない待たない 二度はない

 感謝払えば 食べるだけ」


 俺の声は闇に包まれた草原に響いた。焚き火に当てられて暖かい周辺に響いた。そしてアーツリングの団員たちへ響いた。あとは心に響いたかどうかだ。


 俺は最後の一言まで細心の注意を払って声を伸ばした。そして言葉を切った後、やっと空気をまともに吸った。


「はぁ……はぁ……ありがとうござ」


「もう待てねぇ!」


「やってくれたわね!」


 アーツリングの団員たちは聞いたこともない速さで「いただきます」と言って、取り皿にスープをとりわけ始めた。そしてスープなのにガツガツという音が聞こえてきそうなほどに夢中で食べ始めた。


「ふむ。トルバトル。場所を利用したの」


 団長はいつの間にか取り皿なみなみにスープを持って俺の隣に立っていた。


「はい団長。本音としては七文字五文字なしというのは自信はなかったです」


「だから夕食前、スープの入った鍋の前という環境をも巻き込み、心を刺激したわけじゃな」


「バレましたか」


 自分の作戦をここまで見事に看破されると笑えてきてしまう。俺ははじめての技術から来る拙さを環境を利用して埋め合わせたのだ。


 団長はニヤリと笑った。そして俺の頭をガシガシと撫でつける。


「環境を利用するのはいいことじゃ。心を動かす方法は一つじゃない。なんでも巻き込んで使ってこその竜巻の詩人じゃ」


 団長がやたらと誉めてくるので俺は逆に怖かったが、ここは素直に賞賛を受け止めておいた。しばらくするとピタリと撫でるのをやめ、今度は団長は真顔になった。


「ここからは注意を述べる」


「えぇ!?」


「味や香りに焦点を当てるならもっとそこを深掘りした方がいい気がするの。最初の火や鍋の語りの後にソレを入れた方が良い。テーマに固執しすぎるのも良くないが、逸れると伝わるもんも伝わらん」

 

「うぅ……はい」


「まぁ、比喩は悪くはないと思うの。頭を柔らかーくして考えた感じの詩じゃな。食器に焦点を当てたあたりとか」


「それは私が教えたの!」


 ヴィーが横から甲高い声で会話に入ってきた。団長は目を丸くした。


「ヴィーや。トルバトルにアドバイスをしたのかい?」


「うん!柔らかーく考えろって言った!」


 口元に食べかすをくっつけながらヴィーは元気いっぱいに答えた。


 俺は彼女のアドバイスのおかげで七文字五文字に頼らない詩を歌えた。もしかしたらヴィーはすごい文化人になるかもしれない。


「ヴィー。ありがとう。君のおかげで新しい一歩が踏み出せたよ」


「ふふーん!すごいでしょ」


 ヴィーはぴょんぴょん跳ねながら俺の周りを駆けた。その顔は欲しいものを手に入れた時のように満足そうだった。


 そんな彼女を見ていると俺は気になってくる。10個近く上の俺にアドバイスをしてくれるこの女の子はどんな人になりたいのか。


「ヴィーは何になりたいの?詩人?画家?」


「全部!私みんなを笑顔にできるならね、何だってチャレンジするの!」


 眉を吊り上げたのは俺ばかりではない。それを聞いた団長も同じだった。しかしすぐに俺は頬が緩んだ。この子には敵わない、そう思ったのだ。剣と盾を持ってたって人を笑顔しようとする人よりは弱いのかもしれない。そんなことを感じられるほどだった。


「きっとヴィーはすごい人になると思う。お礼に俺からもアドバイスいいかな?」


 与えられっぱなしではいけない。師匠に怒られてしまう。俺は一応の文化の道の先輩としてヴィーがどの道に進んでも役立つようなアドバイスを送らねばならない気がしたのだ。


「ヴィー。君は人を助けられる人だ。でも助けてもらうことも忘れないでくれよ」


 コレは受け売りでもなんでもない。師匠と別れた後、館で詩人とし働く上で学んだことだ。


「助けてもらう?それっていいの?」


「いいと思う。俺は館で働いてた時リュート引きの人と一緒にパフォーマンスしてた。それだけじゃない。他の庭師とか私兵の人たちにも助けられた。だから今があると思ってる」


「うん……なるほど」


「ヴィーが俺を助けてくれたみたいに、困ったら誰かに助けてもらってくれ。俺でもいい」


 まだ完全に理解し切っていないような顔のヴィーの頭に俺は手を置いた。そして優しく擦るように撫でつける。彼女は嬉しそうだ。そんな彼女の笑顔が壊れて欲しくない。そして彼女は人のためになることに抵抗が一切ないように感じた。だから俺は助けてもらうことを教えたかった。


「ほっほっ。ヴィー、トルバトルの言葉を忘れてはならぬぞ」


 団長のアシストもあり、ヴィーの心にも俺の言葉は届いたはずだ。


 俺は少し安心した。アーツリングにはもらってばかりだ。食事も移動も技術も全てもらっている。だからアーツリングの未来を担うかもしれない彼女に何か与えて、恩返しがしたかったのだ。


 低い音が響く。俺の腹からだ。その音を聞いて団長もヴィーも笑った。俺も笑った。俺たちはすでに半分くらいになった鍋をいただこうと腰掛けた。





 

 

 



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