第51話 試合のうた

「やっぱりネスト様のとこに戻りたいよな」


「あぁ、勿論だ。しかしこの町は領主である父の手の上だ」


「キールなら強引に突破……剣どうした?」


 キールは剣を使う兵士である。そして半年前、ワープの瞬間まで剣を携えていたはずだ。剣があれば多少強引でもこの街から出られるはずだ。


「ワープした後に父の配下に見つかってな。この国の特に兵士は強いんだ。囲まれて剣も奪われ……部屋に閉じ込められてたんだ」


「それで今日逃げてきたわけか……」


 これは大問題である。キールでさえも捕まる相手から剣なしで逃げるというのは困難だ。まだ水の中で息をする方が簡単だと思える。


 俺は顎に手を当てて考えた。キールを連れてこの国から出るのが困難だからと言って諦めてしまうわけにもいかない。ネスト様の「幸せになれ」という命令が生きている以上、キールは望まない結婚はできないし、俺も友達を見捨てていくことはできない。そもそも命令がなくとも俺は彼女の状況をなんとかしてやりたかった。


 一通り考慮すべきことをかんがえ、俺は結論を出した。


「よし、とりあえず暗くなったら……」


「動くな」


 俺は首元に冷たいものを感じた。一ミリたりとも動けなかった。まるで石になったかのように。刃物を突きつけられたのは初めてだった。


「……いつの間に!」


 今日俺とキールは完全に囲まれていた。沸くように現れた武装した兵士たち、その数は二十人ほどだ。剣を持っていればキールはだけでも逃げられただろうが、それも叶わない。キールは後ろから二人に剣を突きつけられていた。


 俺は自分でもわかるぐらい動揺していた。魔獣を圧倒するキールが簡単に背後を取られてしまうなんて思いもしなかった。それに二十人の兵士が接近していたのに気づかないとは思えなかった。キールの今の心の状態は非常に良くないに違いない。半年近く軟禁されていたのだから当然だ。


「連れて行け。娘はあの方のもとへ、そっちの男は牢屋だ」


 兵士の一人がそう告げる。そうするや否や俺の視界は一瞬で黒に包まれた。手ぬぐいのようなもので強くは目元を縛られたのを感じる。そして荷物を扱うかのように乱雑に担がれた。


「やめろ!離せ!」


 俺は暴れてみる。無駄だった。俺を担ぐ兵士の腕は俺を縄のように締め上げて、一切の抵抗を許さない。ただ俺たちは担がれて運ばれることしかできなかった。


 視界が戻った時、俺は地べたに転がされていた。あたりを見渡すと岩でできた壁と鉄格子が見える。そして鉄格子越しに大柄な男が一人立っていた。広場で最初にキールを追いかけていた男だ。


「さて小僧。調子に乗りすぎたな」


「……キールは?」


「あの娘はここで結婚し、暮らすのが一番幸せなんだよ。それを邪魔しやがって」


 俺は立ち上がり、鉄格子越しに男と対峙した。キールも心配だが、俺はこの男の言動に違和感を感じずにはいられなかった。


「キールが言ったんですか?」


「は?」


「今のキールが幸せが結婚であると、言葉にして、キール自身が言ったのか聞いているんです」


「はぁ……綺麗事ばかり抜かすガキだな。いいぜ?正直に言ってやる。アイツは物心ついてから屋敷に家出するまで閉じこめられてたんだ。アイツが剣を扱えるわけねぇだろ!だから平穏に結婚して暮らすのが良いんだよ。戦いなんぞアイツには出来ねぇ」


「それをキールが言ったのかって聞いてるんだ!」


「言わなくてもわかる!アイツの幸せは戦いの中にはない!」


「言わなくちゃ分からないから、言葉があるんだ!」


 詩人として歌う時とは対照的にな声を出した。むやみやたらに大声で、がなるように俺は言葉を吐き出した。


 大柄な男はキールの幸せを聞いてもないのに決めつけている。俺はそれが許せなかった。いつの間にか俺は拳を握りしめていることに気づいた。それは目の前のキールの親戚である大柄な男も同じだった。


「……いいだろう。こうしようじゃないか!」


 男はニヤリと笑い、手を広げた。


「キールの婚約者はこの国でいちばんの剣士だ。キールが奴に勝てばアイツが戦うことに幸せを見出していると認めてやろうじゃないか」


 「そんな勝手に」と思ったが、そこからはことはすぐに進んだ。まるで展開の早い紙芝居のように展開が変わり、すぐさまキールと婚約者の試合が組まれることになった。


 一時間もする頃には俺はこの街の領主の有する修練場の脇に立たされていた。俺はあたりをキョロキョロとしていることしかできなかった。しかしそんな俺に突如キールが声をかけてきた。彼女は捕まった後に俺とは別のところに閉じ込められていたらしい。


「トルバトル。すまないな。巻き込んでしまって」


「こっちこそごめん。俺がムキになったから……キールが戦う羽目に……」


「いや、それは好都合だ。力を示せば結婚を見送ってもらえるのだからな」


 キールはグッと拳を作って俺の胸に当ててきた。彼女の手は相変わらず固い。並大抵ではない修練の結果、ダイヤモンドのように固くなっている。


「待っててくれ。一緒に帰ろう」


「わかった。見てる」


 修練場を多くの人が取り囲んでいた。あちらこちらからむせかえるような香水の匂いが漂ってくる。彼らの身を包む衣服はやたらと派手であるか、武装しているかのどちらかだった。


 そんな観衆の視線を受けながらキールは修練場の中央へと歩み出た。


 そして少し胸を張り、叫んだ。


「父様!」


 そう叫んだキールに反応する人物が一人。俺はそちらに視線を向けた。目元に傷があり、岩塊の巨躯をもつ男がそこにはいた。彼がキールの父であろう。男はゆっくりと口を開いた。


「なんだ。我が娘よ」


「私が力を示せば……結婚は見送っていただく」


「……いいだろう。娘よ。自分の身の程と自分の幸せというものをその身で思い知れ」


 キールの父からの言葉はそれだけだった。俺は彼らの関係はわからないが、ドライに感じた。しかしキールはほとんど気にしていないかのようだ。ただ俺にできることはキールを応援することだ。ただ俺は彼女を見つめた。


 キールは修練場の視線を一手に引き受けて、その場で深呼吸をし始めた。しかしその視線は修練場に入ってきたたった一人の剣士にすぐさま移った。


「来たな。我が国随一の剣士だ」


 俺の横にいつのまにか陣取っていたキールの親戚の男は不敵に笑う。まるでキールの敗北を確信しているかのようだった。しかしそれも無理はない。キールの相手の男の雰囲気は異常だった。前に立つもの全てを薙ぎ払って来たことがわかるような出立だ。一方見た目は快活そのもので、好青年といった感じだ。


「久しぶりだな。ワード」


「やぁ、キール。久しぶりだね。どうやら僕たちは戦うらしいけど……一つ聞いていいかい?」


「何か?」


「結婚に関してゴチャゴチャ言う気はないけど……拒否ということは僕が嫌いなのかな?」


「まさか。あなたのように素晴らしい人は希少だ」


「では何故結婚を拒否するのか聞いてもいいかな」


「私は戦い守ることに生きたい。それだけだ。剣を捧げる相手はもう選んである」


「そうか。なら僕は君の剣をへし折ればいいわけだね」


 二人の間にもう言葉はなかった。瞬きの一つもせず、両者は剣を構えて向かい合った。俺含めて観衆は誰も動けなかった。二人の気迫は凄まじかった。


 


 




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