第13話 紹介のうた

 最後の詩は武勇を語る詩である。しかし俺オリジナルの武勇詩は以前まで一つもなかった。なにせ師匠と行動を共にしていたのだから、その目で見た勇者や偉大なる魔法使いは師匠も目撃し、詩にしているのだ。しかし最近になって俺にとって素晴らしいと思える人物と出会えた。彼女の言動や振る舞いは武勇と言っても過言ではないだろう。だから、ここで歌うのだ。


「銀の閃光   ふりかざす

 風の乙女   走りゆく 

 その身一振り 握りしめ

 己の光    掴みゆく

 雨が降ろうが かまわない

 身が削れても かまわない

 遥か先へと  登るため

 今日も今日とて走りゆく

 立ちはだかりし鉄の壁

 剣の錆へと  変わるだろう

 乙女の音色  心打ち

 闇の魔物は  砕け散る

 空気震わせ  胸揺する

 乙女の知恵は 青の海

 知を盾として 説き伏せよ」


 ベルアさんのリュートに乗せられて俺の尊敬する少女であるキールの歌が歌われる。娯楽に飢えた人々は誰かの武勇を聞きたくなるものだ。そして異郷の地に、異人に憧れを抱き興奮するのだ。


 俺が詩を歌い終え、ベルアさんの美しいリュートも鳴り終わる。


「これにて詩の歌唱を終わらせていただきます」


 俺は羽根つき帽子をとって、ベルアさんと共に頭を下げる。そうするや否や他の街の領主たちやその部下が手を叩き始めた。それにつれて喝采の波は皆に波及していった。百人の大歓声を暖かく受けて俺は何か込み上げるものを感じた。


 ネスト様は最後まで拍手をしてくれていた。そして全員の拍手が終わると俺とベルアさんの元へと歩み寄ってきた。


「まずはベルア、流石の演奏だ。踊り出したくなったよ」


「いやいや、光栄ですね」


 ベルアさんは緊張もせずに飄々と答える。

 ネスト様は俺の方にくるりと体の向きを変えるとにこりと笑った。


「君を拾ったのはやはり間違っていなかった。トルバトル、良い詩だった。楽しかったよ」


「こ、こ、光栄です!」


 俺は目の前の空気に頭突きするような勢いで頭を下げる。こんなにも褒められるとは思っても見なかった。光栄の極みである。拾ってくれたネスト様に恩返しができたのなら恐悦至極だ。


 俺とベルアさんは宴会の会場を後にした。大広間から出て、ドアが閉まり、喧騒が聞こえづらくなった時、俺はやっと力を抜いた。というより抜けた。


「はぁ……疲れた……」 


「おやおや、お疲れのようだね」


「ベルアさんは平気なんですか?」


「ネスト様の前での演奏は君よりは慣れてるからね。でも君があれだけやれるとは思っても見なかった」


 ベルアさんは優しい目線こちらに向けた。そして拳を突き出した。俺はそれに弱々しく応じた。

 コツンと拳を交わし合う俺たちを深く感じ入っているように見つめるものが一人いた。ゲイルさんである。ゲイルさんは超人的に耳がいいらしく、ドアの向こうで俺たちの詩の歌唱を警備の傍ら聞いていたのだという。ながら警備というわけである。


「トルバトル、先の素晴らしい武勇詩だが……誰のことを言っているのだ?とても良い戦士のことを言っているのは分かったが……」


「そうそう。私も気になってたんだよね?風の乙女って誰なのさ?」


 ゲイルさんとベルアさんの視線が俺に刺さる。実を言うと俺が知る中で一番すごいと思うキールという戦士を題材に取り上げただけなのだ。まぁ、あわよくば領主様たちの耳にキールの武勇が入ればいいな、と思ったのも確かだ。


「実はキールという友達がいまして……」


「ほう……戦士の友人がいるのか。それを題材にしたというわけか……ぜひ手合わせ願いたいものだな」


 ゲイルさんは俺の返答を聞くと満足そうに聞くと警備の持ち場へと戻っていった。しかしベルアさんはまだ俺へ視線を向けっぱなしである。


「なんです?顔になんか付いてます?」


「そのお友達多分ネスト様に館へと呼ばれると思うよ」


「ええ?そんな都合よく……」


 俺はキールへの恩返しの意味も込めて有力者たちの前でキールの詩をうたったのだ。しかしそれは真剣に彼女が領主様たちに拾ってもらえるという算段よりも、俺が尊敬する戦士だから詩の題材にさせてもらったというだけだ。それがぽんぽんとキールの出世に繋がるとはとても思えなかった。


「ネスト様今、兵をゲイルしか持ってないからね」


「ええっ?!領主なのに?」


「そうそう。だから他の役職まで戦闘訓練させられるんだ。疲れるよー?君もそのうち戦闘訓練に参加させられるさ」


 私兵がゲイルさん一人なのであれば確かにネスト様がキールを欲しがる可能性がある。俺は希望が見えたような気がした。しかし嫌なことも聞いた気がする。


「キールの出世の道が見えたのはいいですねど……戦闘訓練って……俺戦えませんよ?」


 俺は師匠のように強くないのである。強い足腰を生かして逃げ回るのが得意だ。師匠から譲り受けたナイフだって最低限の自衛にしか使えない。盗賊や魔獣に襲われたらナイフをブンブン振り回して逃げるのがオチだ。


 落ち込む俺を見てベルアさんはぽんぽんと背中を叩く。


「うんうん。私だって戦うの得意じゃない、でも兵士が一人しかいないんじゃ、しょうがないじゃないか。だからこそだよ。君が今回みたいに強い人を詩で伝えてくれるとネスト様だけじゃなくて私たちも大助かりなのだよ」


 なるほど、ベルアさんはちゃっかりしている。戦闘訓練が嫌なら他から兵士を引っ張ってくるべきだというのは頷ける話だ。


 そしてベルアさんの予想通り、俺は宴会が終わった後に呼び出された。向かう先はネスト様の執務室である。


 俺は執務室を前に深呼吸を始めた。この館に来てからというもの緊張しっぱなしである。少しでも平常心を取り戻すのがいいだろう。

 しかし二、三回吸って吐いてを繰り返して準備をしていると、勝手に執務室のドアが開いた。お陰で深呼吸中の姿をネスト様に目撃されてしまった。


「ははは、そんなに緊張しないでくれよ」


「は、はい」


 俺は招かれるままにネスト様の執務室に入った。羊皮紙が何ロールもそこらじゅうに転がっている。よほど忙しいのだろう。それもそのそのはず、領主は領地の各地から来るさまざまな報告を聞いて判断を下すのだ。そりゃ忙しいと思う。


 しかしネスト様は忙しさを微塵も見せずに話し始めた。


「君が今日歌っていた武勇詩は……この娘のものだね?」


 ネスト様はこちらに羊皮紙一ロールを投げてよこす。キャッチしてして開いてみると、それは魔法宝玉採掘の参加者のリストだった。俺の名前ももちろんある。そして一際目立つように一つの名前ペンで丸く囲まれている。


「キール……それが君の歌った少女の名かな?」


「そうです。彼女は採掘では剛腕を奮って岩を砕き、馬車の中ではその知識の泉の広さを見せてくれたのです」


「なるほど……君にとっては彼女の行動が武勇である訳か」


「そうです。もしかしてキールに興味がおありですか?」


 ここはチャンスだ。キールへの恩返しのために出世の道を手助けしてやろうじゃないか。


 ネスト様は少し顎に手を当てて考え込んだ。人間コレクターであるこの方を納得させるにはちょっと情報が弱かったのだろうか。


「よし、決めた」


「キールは……」


「キールという少女をここに呼び、ゲイルと手合わせをさせる。俺が彼女を面白いと思ったら雇おうと思う」


 俺は冷や汗が流れた。ゲイルさんと手合わせ?それは無茶なのではないだろうか。ゲイルさんの体躯は岩塊の如くで、彼の腕がちょうどキールの体躯ぐらいだ。パワーの差がありすぎるのではないのだろうか。それをネスト様のに言ってみると彼の返答は彼の性格をそのまま言葉にしたものだった。


「ゲイルとやりあえるなら……その少女は面白いじゃないか……ね?」


 



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