第14話 戦いのうた

 ネスト様の館の訓練場で線の細い少女が岩塊の如き体躯の男と対峙している。両者は手に木剣を持ち、今にも打ち合わんとしている。俺はハラハラしながらその様子を見守っていた。


 ネスト様は両者の中間に立ち、訓練場にいるすべての部下を見渡した。と言っても訓練場に来ているのは五人のみだ。まずは岩塊のような体躯を持つゲイルさん、そして俺、庭の管理人であるカナメ、ネスト様、最後にキールだ。


「キール。よく来てくれた。君の活躍はうちの詩人から聞き及んでいる。俺が君を面白い、と判断したら……私兵になってくれるか?」


「無論です。人々の笑顔が私の望み……領主様に仕えられるのなら本望!」


「わかった。ではルールを説明する。使用するのは木剣。両者十メートル離れたところからスタートだ。キールがゲイルに実力を示せたら……あるいは面白かったら合格としよう」


 ネスト様は相変わらず部下には個性を求める人だ。つまりは部下は全員ネスト様に認められるだけの何かを持っている。例えば俺の隣にいるカナメは初めはネスト様に斬りかかるような性格だった。そして腕利きの庭師でもある。そんなふうに個性を求めているのだ。


 そして何よりゲイルさんは強さという個性を買われてここにいる。そんなゲイルさんにキールがどう立ち回るのか、全くわからなかった。


「それでは二人とも、位置についてくれ……よし、ついたな。始めっ!!」


 ネスト様の鬨の声。

 それを聞いてもゲイルさんもキールも微動だにしなかった。まるで時が止まったかのようだ。俺は剣士ではないので彼らの意図が全く読めない。


「ねぇ、カナメ。これ今どういう状態?」


「……探り合い……キールは……ゲイルさんのパワーに……ゲイルさんは……キールの得体のしれなさ……警戒してる」


「なるほど……」


 カナメがそう言うや否や、キールが動き出した。ジリジリと半歩ずつゲイルさんに近づき始めたのである。すなわちそれは警戒すること段階は終わったことを意味する。ここから本当の戦いが始まるのだ。


 その時は突然訪れた。キールの姿が砲弾のような音とともに見えなくなったのである。次に彼女が現れたのはゲイルさんの真後ろだ。彼女の移動速度は凄まじいものだった。目に見えない程の速さなんてどうやったら実現できるのだろうか。


 キールはそのまま真後ろからゲイルさんへと剣を振り抜いた。

 しかし乾いた音とともにその剣は受け止められてしまう。ゲイルさんは後ろを振り向くことなく、剣を背中に回しただけでキールの剣を受け止めて見せたのだ。

 キールは苦々しげに距離をとった。


「速いな……キールと言ったか」 


「ゲイルさん、貴方の反応速度も凄まじい。まさか受け止められるとは思ってなかった」


 両者はニヤリと笑う。戦いの最中に笑うとか何を考えているのだ、という感じであるが剣士にしかわからないものがあるのだろう。俺は固唾を飲んで彼らを見守っていた。一方でカナメは懐からチョコレートを取り出してぼりぼり食っていた。やはり個性的である。


 キールは次の攻撃を仕掛けるべく、ジグザグに移動し始めた。驚いたことに彼女は速度を落とすことなくジグザグに走行している。そうして翻弄するかのように進んだ後、キールは突きを繰り出した。


 風を切るような音を立てて繰り出される突きであるが、ソレは虚空を突いた。


「なっ?!」


 先ほどまでいたはずの場所にゲイルさんがいない。それは驚愕ものだ。


 次にゲイルさんが現れたのはキールの真後ろ。意趣返しである。ゲイルさんの剛腕によって振り抜かれた剣は易々とキールのガードごと体を吹き飛ばした。背中に土をつけるギリギリでキールは体勢を立て直すが、その表情には焦りが見えた。それもそうだろう。馬車並みの体躯を持つゲイルさんが目に見えぬ程の速度で移動したのだ。


 ゲイルさんは剣をキールに向けつつ笑う。


「今ので直撃したと思ったが……ガードが間に合ったようだな」


「それで吹き飛ばされていては意味がないのです」


 キールは諦めずにゲイルさんに攻撃を繰り出していく。体のあちこちをランダムに狙うが、まるで未来を予測しているかのようにゲイルさんはそれを全てはたき落としてしまう。


 キールの表情は苦しげだが、ゲイルさんは楽しそうに笑っている。実力の差は歴然だった。キールが弱いわけではないのだろう。ゲイルさんが規格外すぎるのだ。パワーとスピードを併せ持ち、それを使いこなす頭もある。隙が全くと言っていいほど見つからない。これにはカナメもチョコレートを食べる手が止まっていた。


「ふむ……キールの攻撃はわかった。昂ってきたので今度は吾輩から行こう」


 ゲイルさんはそういうと、力強く地を踏んだ。そして深く沈み込むように構える。

 キールが目を見開いた。俺にもわかる。あの攻撃は異常だ。俺とカナメにもビリビリと危険信号が伝わってくる。ネスト様もかなり警戒しているようだ。俺はゲイルさんが何をするのかわからないが、とりあえず猛虎を前にした獲物のような恐怖感を感じた。その爪は俺に向いているわけでもないのに。


「……無謬の剣線過ぎし後、チリひとつ残らぬと知るがいい」


 その瞬間ゲイルさんは砲弾のような音を立ててその場から駆けた。そのスピードは目に追えぬ程速い。キールは慌てて防御体制を取る。


 ゲイルさんは大きく剣を振りかぶるとそのままキールの脳天目掛けて振り下ろした。キールもそれに合わせて剣を横にしてガードしようと試みる。


「喰らえ……シタタリウガチ!!」


 ズン、という音と一緒にこの館の敷地全てが数メートル沈み込んだように感じた。その原因はゲイルさんのシタタリウガチであろう。


 ネスト様が言うにはシタタリウガチとは剣を垂直に二十回振り下ろす技だと言う。ゲイルさんの並外れた腕力を持ってすれば、その二十回はほとんど一発に感じられる程にまとまって打ち込まれるのだと言う。そしてその衝撃で城は倒壊し、砂漠からは水が湧くらしい。


 そんな化け物じみた技をくらってキールが無事なわけはなかった。空気を塗りつぶすかのような土煙がはれて見えたのは庭に蜘蛛の巣のように入ったクレーター。そしてその中心に倒れるのはキールだ。彼女のポニーテールは解けて髪が地面にバラけ、服は所々裂かれるように破けていた。服の下の傷も相当なものに違いない。


「……やりすぎだぞゲイル」


 冷たい声が響いた。ネスト様は呆れたようにゲイルさんを見る。ここで俺は合点がいった。ネスト様はゲイルさんは以外に兵士を持っていないと聞いていたが、それは間違いだったのだ。ゲイルさんは以外に要らないのだ。ゲイルさんは兵器のような力を一人で持っている。他の兵士など本来いらないのだろう。


 しかしネスト様はキールを呼んだ。それは少なからずキールに期待していたからだろう。しかし結果はキールの今の姿が物語っている。彼女には意識があるかどうかすら怪しい。剣は辛うじて形を留めているに過ぎない。


「……終わったね……トルバトル……残念だけど……君の友達は……」


 嘘だと思いたかった。ツルハシをおもちゃを扱うかのように扱い、凄まじい速度で岩肌を削る彼女が一撃で敗北するとは思っても見なかった。

 否、それよりも悔しかった。ゲイルさんのことは尊敬しているがキールの実力を認めていただけに悔しいのだ。



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