第12話 発表のうた

 宴会の日はあっという間にやってきた。いままさにドアの向こうの大広間でネスト様の領主就任記念の宴会が開かれつつあるのだ。まるでドアを透過するかのようにザワザワとした声が聞こえてきている。


 俺はそんなドアを前に緊張の色を隠せずにいた。宴会の警備をしているゲイルさんがドア近くに立っているのだが、彼は何回も俺の背中を叩いてくれた。


「平気だ。宴会にいるのはたった百人だ。戦いであれば我輩の剣一振りでカタがつくぞ」


「そ、それは……ゲイルさんだからじゃないんですか?」


「そんなことはない。我輩はトルバトルを信頼している」


 ゲイルさんはこんな調子で俺を励まし続けてくれているが、いかんせん励まし方が下手だと思う。そもそも宴会と戦をごっちゃ混ぜにしてはいけないだろう。しかし彼の気持ちは受け取っておいた。


「ありがとうございます。やれるだけやってみます」


 宴会に参加しているのはネスト様を含めたこの国の五人の領主、そしてその部下たちだ。その証拠にゲイルさんに限らずさまざまな外部からの護衛らしき人物がこの館をうろつている。彼らは剣をさげてうろちょろしてるので、こちらの気が休まらない。


「やぁやぁ。緊張しとるねトルバトルくん」


 いまかいまかと出番を待っていると、ふと後ろから声がかかる。俺が後ろを振り向くとそこにはネスト様のような金髪を腰まで伸ばした美女が立っていた。


「ベルアさん……だって貴女と会ったの一時間前ですよ?それでちょっと打ち合わせしただけじゃないですか」


「まぁまぁ。やれるだけのことをやるだけさ。人間はやれることしかできないんだ」

   

 ベルアさんとの打ち合わせでは彼女のリュートの腕前を見せてもらった。何も技術的なことは俺にはわからないのだが、たしかに心に響く演奏だった。鳥の囀りのように可愛らしく、空にかかる虹のように美しかった。聞いている間心地が良すぎて寝かけたほどだ。彼女がいれば心強いことは確かだ。しかしそれ以上にお偉いさん百人の前で詩を歌うと言うのは俺にとって前代未聞だ。そりゃ緊張だってする。


 俺は頬を引っ叩いた。ここまできたら緊張も全て押し込めてベルアさんと共に歌うしかない。相変わらず鼓動は早いし、体も震えている。だけどそれはやらない理由にはならない。俺は今までたくさん詩を作り、歌ってきた。ベルアさんの言う通りやれることをやるだけだ。


「おやおや、いい顔だね。トルバトル君。そういえばカナメから伝言を預かっているよ」


「カナメから?」


 カナメはネスト様の部下として今宴会に参加している。酒が飲める年齢ではないのだが、ネスト様が若き優秀な庭師をほかの領主に自慢したいらしい。


「トルバトルの詩で笑顔にならない奴がいたらネスト様以外切るから安心して……だってさ」


 あいつは宴会の席にまでハサミを持ち込んでいるのか。相変わらず怖い奴だ。しかしふと笑みが溢れた。


「なんだよそれ……」


「うんうん、年下の子に応援されちゃぁ……成功させなきゃね」


「……はい」


 しばらくすると大広間の中からネスト様の執事の声が聞こえてきた。彼の声ばドアなどないのかのように聞こえて来る。やたらデカいのだ。


「さぁ、皆様……ここで余興を一つ……吟遊詩人の詩が披露されます!」

  

 時はきた。俺はベルアさんと共にドアの前にたった。師匠からもらった羽根つきの帽子を被り、襟を正す。俺とベルアさんは銀のバッジを胸に輝かせてドアが開くのを待った。


 ドアが開かれるとそこは商店街のような喧騒と豪華な肉やアルコール、フルーツが並んだ宴会の会場。


 俺はそこにいるお偉いさん方の前を通りすぎ、ネスト様の近くまで移動する。


「トルバトル、ベルア。君たちは数少ない芸術系の部下だ。期待しているよ」

 

 ネスト様の言葉を受けて俺とベルアさんは深々とお辞儀をした。そして頭を上げると百人の観衆の目線が俺たちに向けられているのを感じた。俺は唾を飲んだ。


 まずは挨拶。主役である俺が先だ。


「詩人のトルバトルと申します」


「はいはーい。ベルアと申しまーす」


 俺はベルアさんのあっけらかんとした挨拶に拍子抜けした。しかし全国公演をしている彼女の挨拶が間違っているとと思えなかった。おそらくは親しみやすさが大事なのだろう。


 俺は深く息を吸った。そして言葉と共に吐き出す。


「今宵歌わせていただくのは三つの詩です。まずは一つ目……氷にちなんだ詩でございます」


 俺が数ある自然の産物から氷を選んだのは単純にグリンの街が暑いからだ。気候的なものもあるが、魔法道具があちこちで動いているために暑いのだという。そんなグリンの街に集まった人を詩で癒すのならばひんやりとした氷の詩がふさわしいのだと考えたのだ。


 俺はベルアさんに目線をやった。彼女はすでにリュートに手をかけており、準備万端という風だ。彼女は全国公演をしているだけあって百人程度の前では緊張しないのだろう。その座った肝を少し分けて欲しいものだ。


「いきましょう、ベルアさん」


 小声でそういうとベルアさんはリュートの弦を弾き始める。とろけるような旋律で、頭に蜂蜜を流されているように甘く優しい音だ。やはり彼女なら俺の詩を十二分に強化してくれる。俺は安心して歌い始めた。


「閉じ込められた 人の時

 閉じ込められた 人の時

 過去に縋って  醜かろう

 未来に幕が   掛かってる

 今の手札で   もがく人

 冷たい指で   取る一枚

 次の一手で   幕を裂く

 そんな未来を  夢見てる」


 人々の反応は上々だ。ネスト様は体を揺らして笑顔で楽しんでくれているようだ。やはり師匠から教えられた七文字、五文字のリズムは人に馴染みやすいようだ。俺はさらに笑顔を生むべく歌を続ける。


「冷たい眼光   浴びせられ

 凍てつく視線  ツララのよう

 冷へと晒す   我が身体

 分厚い氷    その先に

 望む未来    あるだろう

 張り付く氷   引っぺがし

 氷片振りまき  動き出す

 青より蒼い   我が炎」


 俺は歌い終えるとグッと目を瞑った。やれるだけのことはやった。

 途中まではみんな笑顔だった。しかし詩が終わった今、観衆の顔を見るのが怖かった。グラスやカトラリーを投げつけらるかもしれない。そんな俺の思いを読み取ったかのようにベルアさんは俺の頭を小突いた。


「ほらほら、みんなを見なよ。皆笑顔さ」


 俺が目を開けると観衆には笑顔の花が咲いていた。皆食事の手を止めて思い思いに詩の余韻に浸っているように見えた。俺はこのことで調子づいた。調子に乗ったわけではない。あくまで慎重に、しかし勢いに乗ることにしたのだ。


「皆さん、ありがとうございます!次は領主ネスト様の詩を歌わせていただきます!」


 この勢いのまま俺はベルアさんと共に駆け抜けるのみだ。俺はベルアさんと頷き合って次なる詩へと意識を向けた。


「差し伸べる手  暖かく

 成し遂げる手  力強く 

 その手その足  貪欲に

 領地のために  人集め

 その御心は   海の如し

 深き青に    魅せられて

 集い留まる   戦士たち

 彼ら守る    魔の結界

 鉄の如し    その技に

 全ての仇    ひれ伏さん」

 

 響くリュートが俺の詩を一層美しく飾り立てる。そして観客からは拍手が巻き起こった。歓声の圧に飲まれてしまいそうだが、俺は謙虚にペコリと頭を下げた。


 思えば幸運かもしれない。ネスト様の就任記念で歌った詩であるから好評だというのもあるだろう。


 さぁ、次は最後の詩だ。



 

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