第3話
廃墟ビルの裏口から出てきた男はそのまま裏路地を通り何食わぬ顔で表通りに出て歩いて行く。
「どうだった兄貴?」
そんな男に近づいて話しかけてきた女に一瞥し今回の成果を話し始めた。
「ハズレだ、めぼしい情報は持っていなかった」
「最後の男は?」
「いつも通り見た目での区別がつかないように処理した、死体も同様に処理済みだ」
「痕跡は?」
「突入前から周囲を硬化している、指紋も靴跡も髪の毛1本すら残していない」
「了解、口頭確認終了〜お疲れ兄貴」
「周辺警戒ご苦労だった」
そう言うと女の頭にポンと手を置いた。
「髪型崩れるから撫でないでね」
笑顔を浮かべていてもその瞳は一切笑っていないのを見て言葉を受けた男は粛々と手を引っ込めた。
「それにしても今回もハズレか〜、こうもハズレばかり引かされると気が滅入るよ」
女は項垂れて路上の石を蹴飛ばした。
「ここ最近派手に荒らしたからな、警戒されて当然だ」
「でもどうするの?次も何も見つからなかったら振り出しに戻っちゃうよ?」
「そうなればまた一から調べるしかないな」男の返答に女は嫌そうな顔を浮かべ、諦めるようにため息をつき一区切りつけると、頬を軽く叩いて気合いを入れ直した。
「今は情報があることを祈るしかないか。そうだ兄貴、今日部活で兄貴が早く帰った理由を聞かれたんだけど、予約したゲームをするためって答えといた」
女は周りに人が増え始めたため話題を部活のことへと移した。
「ゲームの内容は?」
「言ってない」
「そうか、ならゲームショップに寄ってから帰るか」
「ならおすすめのゲームがあるんだけど!」
先程人を殺めたとは思えない2人の会話はこれが1度や2度ではないことが伺える、2人にとって今夜の出来事は秘密であっても特別なことではないのだろう。
「そう言えば今日のは何人だった?」
女は人通りが増えてきたのを気にしつつ言葉を濁して問いかけた。
「あの男が言うには2人が1人ずつチームを組んでから4人、合計6人だ」
男は濁した質問を正確に捉え答えた、それは今夜殺した3人組によって殺害された被害人数だった。
「そっか...ねぇ、明日ちょっと付き合って」
「あぁ、プランターと土の用意をして行う」
「ありがと兄貴」
2人のやりとりは被害者の人数分の花を植える約束、女にとっての冥福を祈る儀式のようなものであり習慣でもあった、それを知る男はただ女の誘いに応えるだけだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日も今日とて眠気に争い黒板との睨めっこを終えた僕は、刑期を終え釈放でもされた気分で部室へ向かっていると後ろから声がかけられた。
「後輩君、君にちょっと頼みたいことがあるんだ、どうか私の願いを聞いてはくれないだろうか?」
「どうかしまし...」
また漫画かゲームの影響でも受けたんだろうな、と思いつつ妙な言い回しでこちらに呼びかけてきた部長に要件を尋ねようとした言葉が途中で止まった、どこからどう見ても部長の体格では無理のある大荷物を抱えていたからだ。
「これらの品を部室へ運ぶ手伝いをしていただけないでしょうか?」
そう語りかけてくる声はいつも通りであり顔も隠れているが、荷物を抱える手は今も小刻みに震えていることから相当無理をしていることが伺える、震えが伝わり上に積んである物が今にも落ちそうになっていた、まさかこの量を朝から運んできたのか⁉︎
「後輩君できれば返答は早めにお願いできますか?いかに私が凄腕の部長だからといってこの量を抱えるのには負担が大きいからね」
「あっはい、今手伝います」
いつから凄腕になったんだとか、凄腕の意味が違うとかは一旦置いといて部長の持つ荷物の一部を受け取り部室へ向かった。
「あの部長、これってもしかして昨日の会議で調査に持って行くって言ってた奴ですか?」
それにしては明らかに量が多い。
「そうですよ、他にもめぼしい物も入ってますが」
「まさかこれを全部持っていくつもりですか?」
1人で持ち歩けないものを持って調査に向かう気なのかこの人?
「私はそのつもりなんですけど、副部長にも確認してもらってどれが必要そうか改めて決めるつもりですよ」
持っていくつもりはあったのか、一体どうやって持ってくつもりだったんだ、むしろあんな状態でどうやって持ってきたんだ。
「調査は今度の土日以外にもやるんですよね?なら1回で終わらせなくても数回に分けて行ったらどうですか?」
流石にこの量を毎回持ち歩くのは骨が折れる、僕が持ってる荷物だけでもかなりきつい、それをここまで運んできたというのだからあながち凄腕というのも間違いじゃない気がしてきた。
「それもそうなんだけど、あれもしたいこれもしたいって考えながら詰め込んでいたらこんなことになちゃって、積み上げられた荷物を前にして私は悟ったのです、自分で考えるよりも副部長に考えてもらったほうがいいってね」
部長は幼い容姿に似合う無邪気な笑顔で思考放棄宣言をし副部長に全てを押し付けると言い放った、部室に着いたら僕も手伝う羽目になりそうだ。これから待ち受ける苦難に憂鬱になりながら部室にたどり着いた僕たちは先に来ていた副部長に紅茶をいただき一息ついた、副部長の淹れてくれる紅茶は素人の僕でも美味しく感じる、普段は全然飲みたいと思わないのに副部長が淹れてくれる紅茶は毎日飲みたいくらいだ、そういえばこの前部長が「毎日私のために紅茶を淹れてください」ってプロポーズみたいなこと言ってたけど今ならその気持ちもわかる気がする、尚副部長はすげなく断っていたが。
「ところでその荷物はなんだ?」
紅茶に思いを馳せていると、副部長がソファで寝っ転がり怠ける体勢に移行した部長へと問いかける。
「今度の小旅行で持って行く物とその候補、現物があった方が判断しやすいと思って持ってきたの」
部長はソファに寝た体勢で器用に紅茶を飲みながら答えた、その言葉を受け副部長は荷物へ向かう傍ら部長の近くにタオルを置き中身を漁りだした、こういうさりげない気遣いがモテる秘訣なのだろうか?副部長人気あるからな〜、などとくだらないことを考えていると荷物の中身が並べられていった、バトミントン、サッカーボール、バレーボール、野球ボールとグローブとバット、フリスビー、ピクニックで持っていく遊び道具のオンパレードである、おまけにコートに設置するネットまで出てきた、遊び倒すセットである。
「こんなものまで持ってきたのか」
そう言って取り出したのはライト内蔵望遠機能付き暗視ゴーグル、一目で高いのがわかる代物だ。
「あ〜それね〜、試したことなかったから持ってきたんですよ〜」
体全体が蕩けきった状態の部長が間延びした声で答えた、スカートが捲れて際どいことになっていたが割といつものことなのでそんなことでは誰も動揺しない、もちろん僕も一切の動揺なく冷静にチラ見する、いいぞその調子だもうちょっとで見えるぞ。
「鏡も持ってきたんですけど使えるかな〜?」
その言葉を受け副部長は荷物の中から手鏡を数枚取り出し1枚を後ろに向かって床にスライドさせて設置し、もう一枚を後ろに放物線を描くように投げ、最後に先程並べたフリスビーをノールックで後ろに飛ばした、すると投げられた鏡が空中で止まりその横を通り過ぎようとしたフリスビーも空中で停止した、副部長の方を見ると鏡越しに床の鏡を覗いていた、この人が唐突に行動するのには慣れてきたが今のはちょっと驚いた、おかげで鏡を取ろうとして中腰になってしまった。
「鏡越しでも異能って発動するんですね」
中腰の体勢から姿勢を戻し訪ねた、人目につかないようにあまり使ってこなかったから試したことがない。
「鏡越しに発動できるかどうかは個人差がある、それに鏡での発動となると普段と勝手が違う分異能の精度が求められる」
言い終わると異能が切れないように素早く振り向きフリスビーと鏡を回収していった、回収が終わると僕の前まで来て折り畳み式の手鏡を置いた。
「最初は安定する場所に置いて試すといい」
「僕にもできるんですか?」
「おそらくな」
副部長は短く答えまた荷物の整理に向かった、僕はその背中を見送りつつ言われた通り鏡を机に固定し異能を発動してみる、すると僕の背後のカーテンに火の粉が飛び焦げ跡を残した。
「後輩君がカーテン焦がしてる〜、悪い子だ〜」
その一部始終を傍観していた部長に間延びした声で叱られた...叱られたんだよな?
「すみません、いまいち距離感が掴めなくて」
「まぁいいよ、前々からカーテン変えようと思っていましたし、じゃんじゃん焦がしちゃっていいですよ〜」
そう言うと部長は紅茶のお代わりを頼みまたいっそう蕩けていった、部長の許可を受け再び鏡と向き合い練習を始めた、じゃんじゃん焦がす気はないが、異能を使うのは楽しいので心置きなくやらせてもらう。
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