0-7 種族的な価値観の違い

(彼、顔をしかめてばかりだわ)


 綺麗な顔をしているのだから、にこりとでも微笑めば女性などイチコロだろうに。

 そう思い、ルシフェルが女性たちに笑いかける様を想像して、胸がもやりとする。


 どうやら初恋は、完全になくなっていないようだった。


 恋心って厄介ね、と思いつつ、織雅はピンク色の団子をぱくりと口にする。店によって味が違うことが多い三色団子だが、ここのは桜の塩漬けが練り込まれていた。噛むと塩気の後に桜の香りがふわりと広がり、春の訪れを感じる。

 続いて口にした白は、普通の団子の味だ。もちもちしていてほのかに甘くて、安心感のある味。

 最後の緑はよもぎだ。独特のみずみずしい、ほのかな苦味が口いっぱいに広がる。


(そういえば三色団子って、それ以外にも意味があるって言われてるのよね)


 水杜では、紅白は元々縁起の良い色とされている。そして緑というのは、生命力を感じさせ邪気を払う色だとされているのだ。

 雪解けと共に色々なものが噴き出してくる春の菓子にぴったりだと思う。


 そんなふうに団子を味わっていたら、近くに座っていたおじさんが声をかけてきた。


「お、なんだい、お嬢ちゃん。さっきちょいと聞こえたが、そろそろ結婚するんか?」


 ルシフェルが一気に警戒を強めたのが、雰囲気から察せられる。

 それを目で制してから、織雅はにこりと微笑んだ。


「ええ、そうなのおじさん。彼は婚約者」

「へえ! そいつはめでてえな! 女将さん! この二人に持ち帰り用の団子を渡してやってくれ! おじさんがおごったる!」

「あら本当? ありがとうおじさん!」


 すると、周りに座っていた客たちも話を聞きつけたらしく、やんややんやと集まってくる。


「お、この時期に結婚とはめでたい!」

「あらあら、次期女王様と同じだねぇ。縁起がいい」

「女将さん! オレからは桜餅を渡してやってくれ!」

「じゃああたしからは蓬餅を」


 そうして気がつけば、織雅とルシフェルは大量の祝いの品をもらっていた。

 それを持ち甘味処を出た二人は、昼頃よりも人が減った道を横並びで歩く。


「ふふふ、たくさんもらっちゃったわねー。女将さんも気前が良くて、半額にしてたし。役得だわ」


 スキップをしながらそう言うと、そのすべてを両手に抱えたルシフェルがため息をこぼす。


「見ず知らずの他人からこんなにもらって……」

「……やっぱり重い? 私も持つわよ?」

「このくらい、問題ありません」


 そう言い、織雅には絶対にものを持たせないという意思を見せたルシフェルの姿に、織雅は笑うと同時に愛しさを感じる。

 従者のようなものだと自分自身で言っていたのでその通りに行動しているのだと思うが、当たり前のように荷物を持ってもらうのはなんというか、こそばゆい。


 こういう部分でどきりとしてしまうところが、織雅がいまだに子どものままで、そして初恋を諦めきれていない点なのだろう。そう思い、内心苦笑する。


 そのこそばゆさを隠す意味で、織雅はくるりと振り返り首を傾げた。そうすると、ルシフェルが織雅をじっと見つめる。


「……ではなく。俺が言いたいのは、毒でも入っていたらどうするのかという点です。もう少し警戒心を持ってください」

「毒はほら、私、華王陛下の加護持ちだから効かないし。そのときはそのときでしょう。私は水杜民のこういう、他人の幸せをみんなで祝うところ好きよ」

「……天使族にはない価値観ですね」


 それを聞いた織雅は、お、と思った。


(初めて、自分のことを話してくれた)


 こんな機会は滅多にない! と内心喜んだ織雅は、ルシフェルに警戒されないよう声の調子に気をつけながら問う。


「天使族って、どういう感じなの?」

「……天使族にはそもそも、国を愛するという感覚がありません。天神に造られたということもあり、地界における帰属意識が低いんです。その代わりに、自身が認めた主に尽くす。それが、天使族における最大の特徴でしょう。なのであなたの感覚はなんと言いますか……とても新鮮、でした」

「へえ。でも天使族って、自国を侵略しようとした種族に対しては容赦ないことで有名よね? 国際新聞でもよく取り上げられているし。それはどうして?」

「……それは、天使族の多くが主と崇める天使が皇帝をやっていて、その皇帝が国に執着しているからです」

「……知らなかった。ならルゥも、エーデルフューレン帝国の皇帝の命令があったから私と結婚するわけね」


 思わずそう言えば、ルシフェルがぴたりと足を止めた。振り返り、彼が今までにないくらい嫌そうな顔をしているのを見て、織雅は「やってしまった」と青ざめる。


(これは、振ってはいけない話題だったみたい……)


 せっかく、ルシフェルが初めて少し心を開いてくれたのに、その扉が音を立てて閉まっていくような気がする。

 そう思い上がっていた気持ちが一気に下がったのだが、どうやら織雅が想像していたこととは少し違っていたらしい。


「あんなやつの命令を、俺が聞く? 冗談でもやめてください、吐き気がします」

「……え」

「俺が主と仰いでいるのは、別の方です。あいつとは腐れ縁なだけですから。ですから二度と、そのようなことは言わないでください」

「あ、はい……」


 とりあえず、ルシフェルの機嫌を損ねた理由が織雅の想定していることとは別のことだったので、安心する。


「となると、ルゥの主はエーデルフューレン帝国の神様?」


 そう聞くと、ルシフェルはますます眉をひそめる。


「……他国ではそうかもしれませんが、天使族における主と神は、全くの別物です」

「………………というと」

「神とは、その国、ひいてはその国の民の象徴を指します。国民性というものですね。なのでエーデルフューレン帝国の神は、誰よりも天使族らしい特性を持っている生き物を指すのです」

「へえ……興味深いわ。水杜では、神と王は同じものだから」


 だから、咲良家はあくまで臨時の王族だ。本来であれば、王を名乗っていいのは華王のみなのだから。


 また一つ、天使族のことを知れた。国民性というのがこういうところで出るとは、なかなか面白いものだと思う。


 しかしルシフェルに他の主がいるということ。そしてその主に命令されて、織雅と結婚することになったのか? という点が宙ぶらりんになってしまい、もやもやした感覚は消えなかった。

 かと言って、再度それに言及できるような雰囲気ではない。


 しかも織雅はそこでさらに、気づいてしまった。


(水杜製の髪紐とピアス……もしかしてその主人からもらったものなんじゃ……)


 明らかにルシフェルの趣味ではないがひどく大切にしているのを見る限り、この予想は当たっているような気がする。

 しかしそこに踏み込めば、困るのは織雅だ。だってその片方を壊した張本人なのだから。


 考えれば考えるほどそれが当たっている気がして、さぁっと体温が下がっていく。なんとか笑みを浮かべてはいるが、引き攣っているかもしれない。


 同時に、織雅の恋という名の春が強風にさらされて消えていくのが分かる。

 そもそもが不毛な恋だったのだ。いや、ただの一目惚れ、幼い頃の初恋、と言われてしまえば、それまでなのだが。こう、言葉では表し難い何かがあった。


(色々な意味で……き、気まずい……)


 そう、内心ダラダラと冷や汗をかく。

 何か、別の話題を。そう思っていたときだった。


 高く高く鳴る鐘の音が響いたのは。

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