0-6 初の町内デート
翌日。
織雅は普段よりラフな、紅白梅の花が咲く白地着物に紺のロングラッフルスカート、黒の編み上げブーツを合わせたものを着て、町へくり出した。
御社から城下町までは、そこそこ遠い。
それは純粋に、御社が山を切り拓いたところにあるからだ。
そのため、町へ向かうには千段以上ある階段を降りなければならない。
しかし織雅の足取りはひどく軽快だった。
その理由はひどく明白だ。
(だって、初恋の人とのお出かけだもの!)
そんなシチュエーションで、気分が上がらないというほうがおかしい。
髪型も着物の柄に合わせて、梅を使った簪をメインにかさねが可愛く仕上げてくれている。
一方のルシフェルは、黒シャツに黒のズボン、黒ジャケット、黒手袋、黒ブーツと黒一色だ。正直、軍服時とあまり雰囲気が変わらない。普段の軍服よりかは軽装だったが、それでも人を選ぶコーデだ。しかし顔がいいからだろうか、普通に似合っているのがすごいと思う。
「こういう、自国の文化と他国の文化を取り入れた折衷コーデの中でも、今はフェミニンなものと合わせるのが世間で流行ってるんですって。可愛いわよね」
なんて自分の服装を引き合いに出して話しかけてみたものの、ルシフェルは顔をしかめるだけで外出に乗り気ではない様子だった。
しかし織雅が作った紅い髪紐を付けてくれているようなので、そこはよしとする。
(でも改めて思うけど、髪紐とピアスだけ水杜っぽいモチーフだからか、そこだけ浮いて見えるわね……)
ただ、つけている本人が気にしていないし、普通に似合っているので問題ないだろうという結論に織雅は達した。
そんなルシフェルを伴って町へ降りれば、木造建築が立ち並ぶ風景に出会う。道や屋根には未だに雪もちらついているが、それでもだいぶ溶けていた。
町のあちこちには桜の木が植えられており、多くの木々が蕾をつけ、今か今かと春を待っているのが窺える。
ここが都、
他国の商人たちが多く集まることもあり、城下は活気に満ちていた。少し歩くだけで、どこからともなく美味しそうな匂いや売り買いする声、子どもたちがはしゃぐ足音が聞こえてくる。
他国は割と自国文化を大事にするが、水杜では古から続く自国文化を大事にしつつ、他国文化も率先して取り入れていくことが多かった。
それは水杜という国が成立する前、ここが他の国から何らかの理由で逃げてきたり、追いやられた者たちが集まる最果ての孤島だったかららしい。そのため、領地によっても取り入れている文化がだいぶ違うのだ。
織雅はそれを、王族として誇りに思っているし、純粋に好いている。
(だって。この価値観は、九国を旅して回る華王陛下そのものだもの)
それを誇りに思わない水杜民など、決していないだろう。
そう思いながら、織雅は後ろを歩くルシフェルに向かって視線を向けた。
「
「………………ッ、ル、ゥ?」
「あら、町で本名なんて呼べないでしょ。だから愛称よ、愛称。ルゥもここではミヤと呼ぶこと。いい?」
ちなみに「ルゥ」という愛称は、織雅がパッと思いついただけのものだ。特に理由はない。ただルシフェルに似合わず可愛らしいのがなんとなくしっくりきたので、我ながら良い愛称を思いついたものだと思った。
その一方で、ルシフェルはひどく嫌そうな顔をしている。
「それならもっと別の愛称が……」
「呼・ぶ・こ・と」
「……はい……」
ぴしゃりと言い切ってしまえば、ルシフェルは不満そうな顔をしつつも渋々頷いた。
この反応を見るに、いちいち確認を取るよりも、こちらから「そうして」と言い切ってしまうほうが、ルシフェルは言うことを聞いてくれるようだ。
(まあ代わりに、態度で表してくるみたいだけれど……こういうことなら、そのまま流してしまえばよいかしら)
文句を言わないということはおそらく、ルシフェル自身もこの場では愛称で呼ぶ必要性があると分かっているからだろう。
というわけで織雅は改めて、ルシフェルに確認を取る。
「それで。ルゥは櫻庭は初めて?」
「……そうですね。見て回ったことはありません」
「そっか。なら私が色々と案内するわね」
そう言ってから、織雅はルシフェルの手を取る。彼が数歩下がってついてくることもあり、気づいたらいなくなっていそうで怖かったからだ。この人通りの中ではぐれれば、探すのは正直言って面倒臭い。
ルシフェルが文句を言わないことをいいことに、織雅はぐいぐい彼の手を引っ張った。
そうして二人は、店を順々に回る。
呉服屋、甘味処、居酒屋、異国菓子店。
小間物屋、骨董屋、反物屋、などなど。
織雅は、自分が知る限りの知識をルシフェルに言って聞かせた。
本当ならば中に入って物色したいところだったのだが、それをやり始めると夕方になってしまうし、あまり店を回れない。
というわけで本当に案内といった感じだったが、会話はおろか相槌すらほとんどなく、ルシフェルがまともに聞いていたかは分からないので完全なる自己満足になってしまった。
「ひとまずは、こんな感じかしら」
休憩も兼ねて甘味処に入った織雅は、
お茶菓子は三色団子、春の訪れを感じさせる水杜菓子だ。
(まだ桜は咲いてないけれど、沈丁花はもう咲いてるもの。春はすぐそこまできてる)
甘くて香り高く、遠くにいても香ってくる沈丁花は、桜よりも先に春の到来を教えてくれる花だ。庭先によく咲いている草木なので、道を歩いているときも漂っていた。
その香りの中、三色団子を食べる。まさしく春の先取りだ。
「三色団子って、上から順にピンク、白、緑じゃない? これって、ちゃんと意味があるんですって。ピンクは桜の花を、白は残雪を、緑は春を待つ草木を表現してるらしいわ。面白いわよね」
自身が手にした三色団子を太陽にかざしながら、織雅はルシフェルに語る。すると彼は口に含んだピンクの団子を咀嚼し切ってから、口を開いた。
「……よく、そのようなことを知っていますね」
「こういう、一見するとどうでもいい雑学、好きなの。知ると面白いし、それに」
「……それに?」
「とっても、平和って感じがするじゃない?」
にっこり笑ってそう言えば、ルシフェルは少し間を空けて「そうですね。必要不可欠ではありませんから」と言った。
「そうそう。必要なものを必要な分だけ摂取する人生なんて、つまらないもの」
「……城下によく降りているようなのも、それが理由ですか?」
「それに関しては、どちらかというと『守る民』を意識したいからという理由ね。やっぱり実感がなくなると、自分の存在理由も忘れてしまいそうになるから」
認識阻害の術式をかけていれば、民にも案外バレないものだ。今回もかけている。ちなみにルシフェルにも勝手にかけた。でないと絶対に目立つからだ。
「あと、町で出回る商品とか、島民たちの話を聞くだけでも、情報は色々入ってくるもの。特に水杜は他国からの商人もいるから、鮮度の高い情報が入ってくる。王族たる者、そういうものには敏感になっておかないとね」
歴代の神様代行者も同じことをしてたわよ? と言うと、ルシフェルが顔をしかめた。
「……それでは、デートという名目で降りてきたのは」
「まあ、そうね。ルゥにも、自身が守る民の姿や生活を、知って欲しかったからかしら」
「………………」
「あ、デートというのは間違いではないわよ? だってこれから結婚するのだし。結婚前に男女がお出かけするなんて、デート以外のなにものでもないじゃない?」
「……まあ、そうですね」
納得したようなことを言いながら、ルシフェルはますます顔をしかめる。
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