0-5 失態はその日のうちに挽回を
*
場所は変わり、織雅の私室にて。
かったん、かったん。
「はぁぁぁ…………。早々に、一番やってはいけないことをしてしまった…………」
そうぼやきながら、織雅は倉庫から引っ張り出してきた組み台を使って組紐を編んでいた。
慣れた手つきで絹糸が巻かれたおもり玉と呼ばれる糸巻きを、軽快な音と共に動かす。どんよりした表情とは打って変わり、その動作は正確かつ洗練されたものだった。
織雅のその姿を見て、かさねは感心したように呟く。
「ミヤ様は相変わらず、行動がお早いですね。普通、その日のうちに切ってしまった組紐の代わりを作ろうとは思わないかと思いますが」
「即決即行動が我が咲良家のモットーだもの。……じゃなくて。仲良くなりたいのに相手の大切なものを壊すとか、最悪だわ……」
「ミヤ様も、わざとではないんですから、そこまで落ち込まずとも……」
かさねがたしなめようとしてくれたが、織雅としてはそれどころではなかった。
(だってそれが故意であろうとなかろうと、彼にとって大切なものだという事実に変わりはないわ……)
見た目にそぐわぬ、組紐の髪紐をしていたということ。また、切れた髪紐を大切そうにしまったこと。それらのことから、あれがルシフェルにとって大切なものだったことはよく分かった。
となれば、謝りに行くのは当然だろう。
(でもただ謝りにいくのはあれだし、組紐を作って渡そうと思ったのだけれど…………今思えば、これ逆効果なんじゃ)
一体どこの誰が、大切なものを壊した張本人が作ったものを渡して、喜ぶのだろう。
というより、これを作ったのは織雅自身の精神安定、もしくは現実逃避のためなのでは。
そう思ったが、気づけば組紐が三本ほどできていた。しかもすべて色が違っていて、自分の仕事の早さに今回ばかりは引いてしまう。
が、このまま現実逃避を続けても事態がまったく良くならないことは、誰の目から見ても明らかだ。特に謝罪はずるずる先延ばしにすると、よくない。永遠に先延ばしになってしまう可能性すらある。
そう思った織雅は、出来上がった組紐を握り締めルシフェルの私室に向かった。
扉の前で一度深呼吸をしてから、織雅は意を決して扉を叩き「織雅よ、開けてもらってもいいかしら?」と言う。
それから少しして、軍服の上着を脱いだラフな格好をしたルシフェルが姿を現した。
(へえ。見えなかったけれど、シャツまで黒いのね……そして上着は脱ぐのに、手袋は取らないのね……)
変なところで感心していたが、ルシフェルがハサミを片手に持って現れたことにぎょっとする。
まさかそれで織雅を殺そうとしている、なんてことはないはずなので、考えられる理由は一つだ。
「……えっと。もしかして、髪を切ろうとしていた、り……」
「ええ、はい。邪魔ですので」
「……もしものときの非常時に伸ばしていたわけでは、ない、の……?」
「特にこれといったこだわりはありませんでした。髪紐もなくなった今、いらないかなと思いまして」
それを聞いた織雅は、思わず遠い目をしてしまった。
(私も大概行動的だけれど、この人もなかなか極端じゃないかしら……?)
織雅を含めた術者が髪を伸ばすのは、自身の内包魔力が枯渇した際、非常時に使えるからだ。髪には魔力を溜め込む性質があり、内包魔力とは別の器官として扱われる。
しかしこれで、彼にとって大事なのが髪ではなく髪紐だったということが改めてよく分かった。
ますます渡しにくくなってしまったが、言うだけ言ってみようと思い、織雅は口を開く。
「あ、の。その件なのだけれど。まず、頭を勢い良く打ってしまって、ごめんなさい」
「……いえ、特に問題はありません。天使族は丈夫ですから」
(そうね! 頭痛いって言って抜け出したのに、ぴんぴんしてるものねあなた!)
と思わず言いたくなるのをぐっと堪え、話を進める。
「そして、髪紐を切ってしまってごめんなさい」
そう頭を下げれば、ピクリとルシフェルの眉が震えた。やはり、気にしていたらしい。
しかし彼は直ぐに無表情になると、「もともとだいぶ傷んでいましたから、仕方ありません」と自嘲気味に言った。
織雅を責めている、というよりは、自身の不注意を責めているかのような口振りだった。
それに違和感を覚えつつ、織雅は持ってきた組紐を差し出す。
「……えっと。その代わりには、ならないと思うのだけれど。これ、さっき作ったの。もし必要なら、使って?」
「……え?」
「あなたが大切にしていた髪紐の代わりにはならないけれど……綺麗な黒髪なんだもの。切ってしまうのはもったいないわ」
そう言って勢いでルシフェルに髪紐を押し付けた織雅だったが、ルシフェルはもらった髪紐と織雅の顔を交互に見比べている。まるで、戸惑い驚いているようだった。
「……これを、あなたがお作りに?」
「え、そうよ。道具さえあれば簡単に作れるもの」
「……買ったほうが早いのでは?」
「まあ確かに労力は少なくて済むけれど。組紐は『人と人との縁を結ぶ』という意味がある物だから、できるなら『仲良くなりたい』っていう願いを込めながら作りたいなと思って……」
しかしそれも一瞬だ。
それから少しして、ルシフェルは大きくため息をこぼした。
「……髪紐、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
それを聞いた織雅は、ほっと胸を撫で下ろす。
もとの髪紐の代わりには決してならないが、ルシフェルが髪を切るのを止めることはできたからだ。
(だって本当に、綺麗な黒髪だもの)
それをあっさり切ってしまうのは、とてももったいないと思うのだ。
そんな織雅の心境など知らずに、ルシフェルは感情を映さない瞳で織雅を見る。
「それと。俺が敗者ですから、条件通りあなたの相棒になりますよ」
「……あ、そうだったわね」
「はい。これは契約。ですのでこれより先は、あなたの仰せのままに」
恭しくこうべを垂れるルシフェルを見て、織雅は「求めていたのと少し違うのだけれど……」と思いつつも、気を取り直す。
(うん、ひとまず一歩前進したのだもの! その辺りは、これからどうにかしていけばいいわ)
となると、次にやることは。
そう瞬時に切り替えた織雅は、腰に手を当てた。
「じゃあまず、様付けはやめて頂戴。呼ぶときは織雅と呼んで?」
「………………」
「呼・ん・で。いい?」
「………………御意に」
とてもとても不本意だという顔をされつつ、なんとか了承を得ることに成功した。
(呼び捨てだけでこうも抗われるとは。先が思いやられるわね……)
そう思いつつも、織雅はもう一歩踏み込むことにする。そのために、ルシフェルの手を両手で掴んだ。
「じゃあ、早速なのだけれど。明日、何か予定はある?」
「いいえ、特には」
「そう。なら明日、私と一緒に町へおでかけ……そう、デートをしに行きましょう!」
「………………は、い?」
困惑気味なルシフェルに、織雅は笑みを返したのだった。
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