0-4 二人の攻防戦
織雅の得物は太刀。
対するルシフェルは、長剣だ。
(さて。どう戦うか)
何パターンかの脳内シミュレーションはしてきたが、その中から最善を選び出すのは大抵目前である。織雅は開始を言い渡されるわずかな時間を使って熟考する。
武器のリーチの長さに関しては、互角。身長に関しては織雅のほうが、ルシフェルの頭ひとつ分低い。つまりその分足の長さがあり、向こうが有利ということだ。
純粋な筋力に関しても向こうが上だが、そこは身体強化の術式を使えばどうとでも補える。実際、自分の二倍以上ある男と戦い勝ったことがある人を知っていた。織雅の母親だ。
つまりここで一番、勝敗の差をつけそうなものは。
(……経験値の、差)
織雅は、対人戦の経験が少ない。それは彼女がどちらかというと魔物を相手にすることが多いからだ。
その一方で戦争を頻繁に起こしているのは、好戦的な魔族、天使族、獣人族である。
つまり目の前にいる相対者は、対人戦のプロフェッショナルだ。そんな相手に長期戦や防衛戦は不利。
だから織雅が取るべき行動は――
そう判断した織雅は、抜き身の剣を構えるルシフェルと違い、鞘に入ったままの状態の刀を構えた。左手で鞘を掴んで鍔に親指を押し付け、逆の手で柄を握り込むスタイルだ。
そして足を開いてぐぐぐ、と体勢を低める。
準備万全。合図がくれば瞬時に飛び出せる状態だ。
互いの準備が整ったのを確認した審判役の紬は、片手を挙げて宣言する。
「それではこれより、決闘を始めます。敗退条件は膝をついたとき。使用術式は身体強化のみとさせていただきます」
「ええ」
「問題ありません」
互いに視線を外さないまま、二人は紬の言葉に頷く。
決闘開始の合図は、コイントスだ。投げたコインが地面に落ちた瞬間から、ここは戦場になる。
紬が宙に投げたコインが、くるくると回りながら放物線を描いていく。
ルシフェルがコインを注視しているのを見つつ、織雅は耳を澄ませた。
(ほんと、紬ったら……少しでも私に有利な環境を作ろうとするんだから)
織雅の耳は、とても良い。普段生活していても、室内に針が落ちた程度の音も聞こえるし、集中していれば尚更遠くの方まで聞こえる。
目を瞑っていても、音さえあれば戦える。それが、織雅が考える自身の最大の長所だった。
くわんくわん、とコインが回る音がする。
一定ラインまで上がったコインがやがて止まり、上がるより早く落ちて――
――チャリーン。
その音が鼓膜を揺さぶると同時に、織雅は溜め込んでいた力を一気に解放して、ルシフェルの懐にまで移動した。
その間、三歩。
そして身長の高いルシフェルが気を抜きがちな足元目掛けて、居合いを放つ。
完全なる不意打ちからの、一撃必殺だ。文字通り、勝つつもりでいった。今回の勝利条件は膝をつかせることなので、足を狙ったほうが有利だと考えたためである。
しかし。
「ッ、!」
まるでそこを狙うことが分かっていたかのように。ルシフェルが後ろに下がる。結果、居合いは不発に終わった。
それでも、織雅が攻撃の手を緩めることはない。
(やっぱり、いなされちゃったか)
そう勝手に納得しつつ、自分の方がさらに踏み込み一閃。ルシフェルと刃を交える。
織雅はそこから間髪入れずに斬撃を繰り返し、ルシフェルに対して果敢に攻めていった。
(長期戦は私に不利。となると短期決戦になる。かといって防戦一辺倒で勝てる相手じゃないもの)
だから織雅は身体強化の術式を惜しみなく使いながら、ルシフェルを斬りつけた。そのすべてを後ろに下がりながら流し、幾度となくいなしているルシフェルの表情は、いつもと変わらない。
それが腹立たしくて、せめてその表情が一瞬でもいいから変われと思いながら、織雅は機会を窺う。
チャンスは一瞬。でもそれが、織雅に与えられた唯一の勝機だ。そこだけは絶対に逃さない。
そんな思いを込めて、織雅は体を大きく動かしながら刃を交え続ける。
――それから、どれくらい時間が経っただろうか。
楽しくて仕方なくて、時間を忘れてしまっていた。
だって強者と戦うのは、とても心地好い。胸が躍る。
しかし織雅はそれをぐっと押さえて、ずっとルシフェルの隙を狙っていた。
そんな彼に隙が生まれたのは、本当に偶然だった。
織雅が突き出した刀、その切っ先が、ルシフェルの髪紐にかすったのだ。
髪紐が切れたのだろう。ルシフェルの長い黒髪が広がり、髪紐と共に切れたであろう数本が宙に舞う。
ルシフェルが大きく目を見開き、体勢を崩したのはそのときだった。
(ここしかない)
織雅は突き出した刀の柄を、ルシフェルの頭に勢い良く当てた。
ごん。
鈍い音を立て、柄がルシフェルの頭にもろに当たる。
「あ」
織雅が声を上げるのと、ルシフェルが床に倒れ込むのは、ほぼ同時だった。
しぃんと、辺りが静まり返る。それは織雅も例外ではない。
(え、なんであんな、簡単に当たって……)
今までのルシフェルの動きを見ても、あれは避けられない一撃ではなかったはずだ。少なくとも、頭を庇うなりなんなりできたはず。
それすらしなかったということは、ルシフェルが完全に気を抜いていたということになる。
それは何故?
考えられる原因は、一つしかない。
それは。
(私が、髪紐を切ってしまったから……)
なら何故、そこまで動揺したのか。
そんなの、髪紐がとても大切なものだったからに決まっている。
それを裏付けるかのように、ルシフェルはふらふらと立ち上がると切れた髪紐を拾いに行った。それを大切そうに持ち上げ、ポケットにしまう。
「あ、ルシ、」
「勝敗は、決まりましたね。……申し訳ありません。頭が痛むので、俺はこれで失礼します」
「あ」
呼び止める間すら与えず。
ルシフェルは風のように、その場を後にした。
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