0-3 果たし状

 翌日の朝。織雅は御社内にある訓練場にいた。

 服装は、普段着ている軍装風にアレンジした女性用の着物姿ではなく、白小袖に赤袴。襷掛けもして、腰には愛刀の太刀『緋啼莉煤目ヒナキリススメ』が吊り下げている。普段下ろしている髪も、高い位置でひとつ結びにして動きやすさを重視していた。見るからに準備万端、といったていだ。

 その傍らには紬が控えているが、表情はどことなく固い。


「あのーミヤ様?」

「なぁに、紬」

「……本気です?」

「本気に決まってるじゃない」


 じゃなければ、昨日のうちに果たし状をしたためて、ルシフェルに送ったりはしない。

 即決即行動は、我が咲良家のモットーだ。


「というより何故、その思考に?」

「あれ、言ってなかったかしら」

「聞いてません」

「なのに果たし状、渡しに行ってくれたのね……」


 こういうところでプロ意識が高いのが、この双子の面白いところだと思う。

 そう少し驚きつつ、織雅は語る。


「昨日調べた書物に書いてあったじゃない? 天使族は、強い人間を認めるのだって」

「はい」

「つまりルシフェルは、私のことをまだ認めていないから、あんなにも冷たい対応を取るのだと思うの」

「……その考えから決闘という結論に辿り着くのって、かなり横暴じゃありません……?」


 暴力的と言いたいのだろうか。この補佐官も裏で色々やってるので、彼が言えた口ではないと思うが。


 という気持ちをぐっと飲み込んでから、織雅はにっこり微笑んだ。


「もちろん、相手の実力を測りたいっていうのもあるわ。だってこれから、一緒に戦場へ赴くことが増えるもの」


 水杜は桜の神キルヘミリナによる恩恵もあり、古くから資源が豊富にそろっている。

 湧き出る水を煮沸することなく飲めるし、緑も多く鉱山を含めた山々も多かった。とにかく自然豊かなのだ。

 それは水杜全体に魔力の管を通す地脈が多く、太いから。しかしその代わりに、地脈から溢れた魔力が魔素となって噴出し、それを主食とする魔物が多く集まる。だから次期女王となる織雅は、その魔物たちと幼い頃から対峙してきた。


 そして女王となる今後は、今よりももっと強力な魔物が現れた際に、戦場に赴くことになるだろう。それも、ルシフェルと一緒にだ。

 だから織雅としては、彼の実力を見ておきたかった。


 そう。なので決して、ルシフェルという強者と戦ってみたかったからとか。そういう私的な理由ではない。断じてない。


(……まぁ、小指の先くらいは考えたけれど!)


 決して、建前が嘘なわけではないのだ。ただ本当のことをすべて言っていないだけ。つまり、言わなければこっちのものだ。


 そう自分に言い聞かせていると、かさねがルシフェルと彼の副官を連れて現れた。

 静かな殺意を溢れさせているかさねを見て、織雅はここに来るまでの間に一悶着あったな、と直感する。


 肝心のルシフェルはというと、いつも通り無表情ポーカーフェイスのまま目を伏せ、右斜め下を見つめていた。まったくぶれない態度に、逆に感心してしまう。


織雅様・・・。ルシフェル様をお連れいたしました」

「ご苦労様。下がっていて頂戴」


 かさねのよそ行き用の呼び方に頷きつつ、織雅はルシフェルに近づく。

 副官は本当についてきただけらしく、壁際に寄って成り行きを見守る形のようだ。


 ちょうど三歩分空けてルシフェルと対峙した織雅は、腕を組みながら微笑む。


「さてルシフェル。決闘しましょう」

「……何故でしょう? 別段、決闘する必要性を感じないのですが……」

「あなたにはないかもしれないけど、私にはあるのよ。あなたの実力をこの目で見たことはないもの。部下の実力を確認して実力を最大限発揮できるような環境を作るのは、私のような指揮官の仕事です」


 きっぱり言い切れば、ルシフェルはその答えに納得したのか「なるほど」と頷いた。


(納得して認めるということは、こういった話なら打ち切らずに聞く気がある……ということかしら?)


 つまりルシフェルには普通に思考能力があり、対話ができるということだ。

 より「ルシフェルが織雅のことを主人として認めていない」可能性が高くなってきて、織雅は内心拳を握り締めた。


(私が舐められるのはいいけど、それが水杜にとって不利益になるのは避けたいもの。戦って勝てなかったのだとしても、せめてルシフェルに主人だと認めさせるだけの何かが私にあると、示したい)


 そんな気持ちを込めて、織雅は自分の胸元に手を当てる。


「それに。天使族の方は、強き者を認めるのだと聞きました。でもルシフェルは多分、私のことを認めていないでしょう?」

「……なぜそうお思いに?」

「だって、距離を感じるもの」

「……別に、そのようなつもりはありませんが」


 淡々とした口調でそう言われたが、織雅としては納得いかない。これから女王になる身としても、彼女の性格としても、だ。


「政略結婚だから、別に恋愛なんてしなくていいの。でも、なら。この国を守っていく相棒として、腹を割って話せる仲になりたいなって」


 戦地を共に駆ける相棒というのは、男女の夫婦、否それ以上の関係にある。互いを信じ、互いを頼れる関係だ。

 両親がそのような関係で、挙句本当の意味で心を通わせて子どもを成したからだろうか。織雅の中には、両親のようにありたいという気持ちが強かった。


 だから。


「だからルシフェル。今回の決闘で私が勝ったら、この国を守るために私の相棒になって頂戴。あなたが勝ったら、好きなようにしてくれて構わないわ。私ももう付き纏わない」


 そうきっぱりと言えば、ルシフェルは納得したのだろう。少しだけ目を閉じてから、こちらを真っ直ぐ見つめ返してくる。


「……分かりました。その挑戦、受けて立ちます」

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