0-2 敵を知るにはまず種族性から
水杜最大規模になる中央図書館は、織雅たちが住む
御社の迷路のような廊下を歩き、両開きの木扉を開ければ――そこには異世界が広がっていた。
一面が本棚で満ちており、どこまでも際限がない。上も下も無限に続いていて、終わりが見えないのだ。明らかに、水杜の御社より高く広い。実際ここは水杜の御社内というよりは、空間転移をした先というのが正しかった。
『睡蓮書庫』。
そう呼ばれるここは、空間を圧縮して作り出した異次元だ。そのため、空間が外部から見た許容範囲より明らかに広くなっている。こういった造りの部屋は膨大な魔力を必要とするため、水杜内でもさほど多くなかった。
しかしそのような造りになっていることもあり、内部蔵書はかなりのものになっている。各国から集めた書物ももちろん揃っており、調べ物をするにはもってこいの場所だった。
司書にエーデルフューレン帝国関係の本がある区画を確認した織雅は、双子を連れて移動用の魔導具に乗る。
昇降だけでなく横移動も可能なこれは浮遊する造りになっていて、どんなに高い位置にある書物でも楽々取れる乗り物だった。
それに乗って移動しながら、織雅は図書館内部を見渡す。
(本当にすごい貯蔵よね……)
そんな図書館にどうして『睡蓮』の名がついているのかというと、二番目に生まれた神――通称
その記憶力は凄まじく、見たものを一瞬で記録できる脳を持つと言われている。そのため、この世界で起きたことをすべて書物としてまとめ、蔵書しているのだとか。
刊行されたすべての書物を蔵書してもおり、それは大切に保管されていた。
そんな神が持つ独自の記録書庫を『
この世界における華の神様は、身近であり縁遠い。
そんなことを思いながら、織雅は目的地に到着する。
美しく整えられた本棚にはチリ一つなく、司書たちの仕事ぶりがうかがえた。
それをありがたく思いつつ、織雅は背表紙に目を走らせる。
(天使族……天使族について、と)
探してみて思ったが、そもそもエーデルフューレン帝国に関する書物はさほど多くなかった。この世界の歴史は新旧合わせて八千年以上続いているのに、本棚五つ分しかないのは意外だ。
(記録にあまり残さない種族なのかしら?)
そういう織雅も、エーデルフューレン帝国についてはあまり詳しくない。それはこの世界の歴史が長く幅広いため、すべてを網羅するのが難しいということもあるが、天使族が自国から出ることがほとんどないからでもあった。
それくらい、祖国を愛している種族なのだろう。
そんなことを思いながらも天使族に関しての記載がされていそうな本を選りすぐってから、双子に持ってもらう。それから織雅は乗り物を降ろして、読書スペースへ向かった。
共同の長方形のテーブルの一角に陣取った彼女は、早速書物に目を通していく。当たり前だがどの書物も翻訳はされておらず、エーデルフューレン帝国語で記載されていた。
(こういうとき、自分が水杜の姫でよかったって思うわ)
最近は
ゆえに各地を回ることになる水杜の神様代行者は、語学堪能でなければならない。そのため織雅は幼い頃から、何十ヶ国語にもなる言語を教わっていた。
幸い好奇心旺盛な性格をしていたため勉学が苦でなく、特に言語関係に一番興味関心があったため、言語はすんなり習得した。エーデルフューレン帝国語もそのときに覚えたものだ。水杜のものとは全く違う字体が踊るページを見ていると、不思議と心が弾む。
といっても、最初から自分が欲しい情報は拾えない。
何冊か速読をして、織雅はようやくお目当ての『天使族』に関する記載を見つけた。
『天使族とは、天神より賜りし羽根を持ち空を自由に駆け巡る有翼種である。
羽根は生えているのではなく〝発生〟しているため、自由に出し入れが可能。枚数によって天使族内での地位が決まる。最大十二枚六翼。最低二枚一翼となっている。ただし、十二枚六翼を所有しているのは、二人しかいない。
十枚五翼以上の高位種は総じて見目が整っており、
その記載を見て、織雅はルシフェルの姿を思い出した。
(そうなのよね。ぱっと見は、人間族と変わらない見た目をしているもの)
この書物によると、天使族にとって翼とは己が種族の象徴であり称号、また賜り物なのだという。なので魔力を解放する戦闘時や飛翔時以外は、おいそれと見せびらかさないのだそうだ。
そしてルシフェルは
それも、十二枚六翼を所有している二人のうちの一人だった。その実力は織雅の耳にも入ってくるくらいで、天使族の中でも負けなしの最強だと言われていた。
なのでそんな人材を軽いノリで渡してきた天使族の感性は、ちょっと織雅には理解できない。
というより水杜側も連絡を受けたときは騒然となり、一悶着起きたくらいだった。
(配偶者が決まるタイミングがギリギリなのも、その一員よね……)
配偶者は、代行者が移行する少し前に関係国が開く会議によって決まる。水杜側の意向は基本的に認められない。なので水杜側に伝わったのも、つい先日なのだ。
織雅が今になって調べ物に繰り出したのも、婚礼の準備に時間が取られてそれどころではなかったせいだ。
そのときのことを思い出して遠い目をしつつ、織雅は続きを読む。
『基本的に温厚。そのため、自国を侵略してこない限りは他国に戦争を仕掛けたりはしない。しかしひとたび侵略を行おうとすれば、再起不能になるまで戦闘を行使する好戦的な面もある。
戦争において負け無しとされ、現状では地界最強の種族とされる。』
そんな
同時に、思う。
(……それは決して、温厚とは言わないのでは……)
どちらかというと、他国侵略に興味がないだけなように思える。つまり、過干渉したがらないのだ。なのに帝国と呼ばれているのは、攻めてこられれば攻め返すという姿勢を貫いているため、なんだかんだ領地が増えているからだったりする。
この辺りの姿勢には、強者ゆえの驕りなどもあるのかもしれない。そう考えると、ルシフェルの態度も頷けるような気がする。
(そっか。そもそも、私のことを護衛するに足る主君だと認めていないのね)
ふむふむ、と頷きながら読み進めていくと、さらに気になる記載が。
『天使族は厳格な階級社会を作り上げている。基準となるのは個々人の強さであり、強者には絶対服従を誓う。また強者と認めた相手には心を開き、
「…………これじゃない!?」
思わず声を上げてしまった織雅は、しまったと思い口を手で覆った。幸い周囲に利用者はいなかったので迷惑にはならなかったが、双子の補佐官たちは目を丸くしている。
「どうかなさいましたか? ミヤ様」
「何か見つけました?」
妹、兄の順で覗き込んでくる二人に、織雅はにやりと笑みを浮かべながら言う。
「私ね」
『はい』
「ルシフェルと、決闘をしようと思うのよ」
『……………………何故??』
双子の疑問が重なり合う声が、睡蓮書庫に高く響いた。
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